海上都市ノア、到着
「指定の海岸に到着! ステルスモードを解除して、積み荷を降ろすですます!!」
早朝、サルファン村の住人たちは度肝を抜かれていた。
起きたら巨大で異質な構造物――海上都市ノアが海からやってきていたのだ。
人間はそういうものを見ると警戒や撃退という行動よりも先に、唖然としてしてしまうらしい。
村人たちは、ただポカンとして見ている。
海上都市ノアからは海賊や獣人、果ては一般人のような人々までが統率の取れた動きをして物資を運び出していた。
サルファン村の村長は意を決して、それを指揮するドワーフの少女に話しかけようとしたのだが――。
「心配ない、アレは救世の方舟だ」
「アルヴァ様!?」
普段から村を助けてくれていた王国軍を指揮する、アルヴァが背後から声をかけてきたのだ。
村長や他の村人は驚き、急いで頭を下げていた。
さらにその後ろから少し前に流れ着いた漂流者――ノアクルがやってきた。
「お、懐かしの我が家がご到着か。ああ、サルファン村のみんな、驚かせてすまない」
「ノアクル王子……あなたはアルケイン王国を出てからいったい何を……」
「ただゴミ集めをしていたら、こうなっただけだ。わはは!」
その言葉の意味が理解できなくて呆然とする村人たちであった。
***
「ノアクルさん様、お久しぶりですます!!」
「日数にするとそれほどでもないが、体感時間はかなりあったな……。元気だったか、ピュグ」
こちらを見ると駆け寄ってきたピュグだったのだが、よく見るとゲッソリとしている。
「メチャクチャ大変だったですます……。急ピッチのエンジン修理、それにローズさん様や、船長さん様がいない中での海上都市ノアの運用……。それに加えて例の特別な装備や簡易的な王国軍用の武具を作るという……」
聞いているだけで頭が痛くなりそうな仕事量だ。
「そういえば、王国軍用の武具はノアクルさん様がスキル【リサイクル】で修理すればいいのでは?」
「俺もそう思ったのだが、ローズの奴が『決戦の前に殿下を疲れさせてはダメですわー! 殿下にゴミいじりをさせないように嫌がらせですわー!』と言ってきてな……」
「ノアクルさん様、誇張しすぎですますって……あっ」
「そうか? ローズの奴はいつもこんなことを言う鬼のような奴だと思うのだが」
「え、えーっと……」
なぜかピュグが震え上がっている。
焦点の合わない眼、指差すのはノアクルの背後だ。
「ん? なんだ?」
「う、後ろですます……」
「殿下ぁ……?」
ピュグの奴、ローズの声マネが上手いなと思ってしまった。
いや、背後から聞こえてきた。
まずい。
「わたくしが鬼のようだと仰いましたわね? ええ、なるほど。つまり座学も鬼のような量をご所望と? そのようにしますわ」
振り返るとそこに奴がいた。
「ローズ様、このノアクルがすべて悪かったです」
「へぇ……わたくしはあんな口調で喋っていると思っているのに?」
「いや、口調自体は大体『ですわ』だし似て――。あ、眼が怖い。ローズ様の口調は世界一素晴らしいです」
「それに後半は言っていないことまで追加されていて……」
誰かタスケテ。
――と、そのとき村の外から悲鳴が聞こえた。
「だ、ダスト兵の集団がやってきたぞー!!」
ノアクルは死にそうだった表情をキリッとさせて、勇者の如く叫ぶ。
「ダスト兵の奴め!! なんてタイミングでやってくるんだ!! よし、倒すためにもう行かなければならない!! さらばだ、ロー……」
「殿下は体力を温存するために、ここで見ていてくださいな」
「えっ、逃げられ……じゃなくて、俺じゃないとダスト兵は倒せないんじゃ……」
焦るノアクル、冷静すぎるローズ。
「ピュグさん、例のブツは用意できてますわね?」
「はい、ローズさん様! ちゃんと、人数分を作っておきましたですます!」
背後に控えていたドワーフたちは、ドヤ顔で積み荷の一つを開けた。
そこには黒い装備がいくつか入っていた。
村に迫るダスト兵たちは、ステルスモードを解除した巨大な海上都市ノアを発見したために移動しているだけだ。
このままだと間にある村もついでに破壊されて、海上都市ノアまで乗り込まれてしまうだろう。
そこに黒い装備の集団が現れて、ダスト兵たちの行く道を塞いだ。
それはノアクル――……以外の仲間たちだ。
「殴る、壊す」
最初に前に出たのはスパルタクスだった。
闇鉱石を使った、肘まで覆う金属質な〝闇手甲〟が輝いている。
神気を微量に発生させるそれで、ダスト兵を単純豪快に殴りつける。
吹き飛び、破砕されたダスト兵は二度と動かなかった。
「それじゃあ、アタシも!」
まるでバレリーナのようにクルッと回転しながら現れたのはレティアリウスだ。
足に装備されているのは黒いガラスの靴のような闇鉱石装備〝ミッドナイト〟で、脚をスラッと長く見せている。
その動きに見取れているか、翻弄されているのかわからないがダスト兵は一歩も動けずに蹴り上げられていく。
腕よりも筋力がある脚による攻撃は、恐ろしく鋭い一撃を放ち続ける。
「お、オレ様も戦わないといけないのかぁ……」
続いて出てきたトラキアは、真っ正面からの戦闘に関しては自信なさげだった。
彼の装備は闇鉱石で作られた、バグナウと呼ばれる爪〝ジェニファーちゃん〟だ。
武器名は初恋の人が忘れられずに付けたらしい。
性能的には毒を滴らせる注入口もあるのだが、ダスト兵にそんなものは効かない。
不満げな顔をしつつ爪で攻撃をしてみたら、以外と呆気なく倒せてしまう。
いつの間にか海上都市ノアの環境で鍛え上げられ、戦えるようになっていたようだ。
「皆様方、ペースが遅うござんすよ。料理は時間が勝負でさぁ」
風のように現れたダイギンジョーは、ダスト兵たちの中心部に入り込んだ。
黒く巨大な戦闘用包丁〝般若刀〟は闇鉱石で作られているのだが、その重さを感じさせない素早さだ。
一瞬で、通り過ぎたあとのダスト兵たちはみじん切りにされていた。
「よし、闇鉱石装備は大成功ですます!」
「うん、さすがピュグたちドワーフの装備ですわ」
それを村の入り口で見ていたピュグとローズは満足げだった。
ノアクルもその横にいたのだが、非常に居心地が悪い。
何とかしてローズから先ほどのことを忘れさせなければ座学が地獄になる。
そのとき、不謹慎だが助け船とばかりにダスト兵が前衛たちを通り抜けてやってきた。
一世一代のチャンスだと目を見開く。
「やった! ……じゃなくて、しまった!! ダスト兵がやってきてしまったぞ!! さすがにこれは俺が倒すしかない!! ローズ、見ていてくれよ……この戦いはお前を守るために――」
「ピュグ、わたくしたちも闇鉱石装備を試しますわよ」
「はいですます!」
「えっ」
張り切って戦闘体勢を取ったノアクルの横で、ローズとピュグは闇鉱石装備を装備していた。
「てぇーい! ヴァンダイクお爺ちゃん直伝のハンマー捌きを見るですます!!」
闇鉱石を使ったハンマー〝試作折り畳み式神気付与型機械鎚〟は、コンパクトな姿から巨大な武器へと展開される。
それでも重さはそれなりにあるはずなのに、まるで指揮棒か何かのように軽々と振るっていく。
よく見ると腕の筋肉がムキムキに盛り上がっているので、ドワーフの血というのは恐ろしいのだなと感じた。
「では、わたくしも……。威力がないから戦えないと言われた魔術……これがその答えですわ!」
ローズは杖の代わりに、薔薇をあしらったカチューシャ〝黒薔薇〟を魔術触媒としている。
今回は闇鉱石を使っているので、その名の通り黒い薔薇のようだ。
そこへ薔薇があしらわれた四角い箱がカチッと後ハメされた。
「そ、それはいったい何なんだ……?」
「殿下が無駄に実験で取り出しまくった魔大砲用の術式を、カートリッジ式の消耗品にしてみましたわ!」
「……は?」
一瞬、何が何だかわからなかったのだが思い出した。
壊れた杖などを見つけると、スキル【リサイクル】で様々な種類の術式を取り出して遊んでいたのだ。
魔大砲に使えるかなと思ったが、そこまで頻繁に魔大砲を撃たないので有り余っていた。
そこに目を付けたのが、装備のリクエストを受けたピュグだ。
ローズの魔術の威力が足りないなら、触媒を使い捨て方式にして底上げすればいいと。
力ある言葉を詠唱して、炎の魔術を放つ。
「――ディバインカートリッジ・イグナイト!!」
それは巨大な炎をフイゴで吹いたかの如く、ダスト兵を炎が包み込む。
硬質なダスト兵は燃えないと思いきや、全身がブーストされた超高熱に耐えきれずドロドロに溶けていく。
「……うわ、一番えっぐぃ……」
「どうです、殿下! これでわたくしも守られるだけではないですわ!!」
「そ、そうだな! さすがだ! ローズ、すごいぞ! 文武両道だ! ……だから俺への座学も……もうちょっと減ら――」
「それとこれとは話が別ですわ。逃げたらカートリッジで強化した魔術をぶち込みますわ!」
ローズは使い終わったカートリッジを捨てた。
薔薇の部分が散って使用済みとわかるようになっている。
すぐに新しい物をガチャッと装填して次の魔術を放ってダスト兵を倒した。
「わ、わ~い……ローズの座学楽しみだな~……」
ノアクルの眼からハイライトが消えていた。





