俺を過大評価しすぎだろ……!?
「は? 約十万のダスト兵が王都フィロストンの周辺に現れたと……?」
ノアクル一行が砦に戻って、アルヴァとローズに幸せの街ガンダーの出来事を報告した直後だった。
ノアクルはいきなり意味不明なことを言われて、思わず聞き返してしまった。
「ノアクル殿下、信じられないでしょうが……これが〝ランドフォル〟なのです」
アルヴァが冗談を言っているようには見えない。
常識的に考えてみよう。
それまでいなかった場所に、ダスト兵が十万体も出てきたのだ。
王都から出撃したのか?
いや、それにしては多すぎる。
王都に兵舎はあるが、十万体を置いておけるようなものではない。
人間の兵士の場合は陸軍が各所の砦、海軍は港近くなどに分散して配置されていたが、その線から考えてみる。
「うーむ、それじゃあアルケイン王国各所に分散させていたダスト兵が集まってきたのか?」
「各所に置いている王国軍の兵士たちからは報告はなかったので、それも違うかと」
常識的に考えるのならこれくらいしか可能性はなかったのだが、それも否定されてしまった。
さすがに布をかけてカモフラージュしていたとかは、夜ならともかく、朝になれば見分けぐらい付くだろう。
「これもランドフォル――父上のスキルなのか」
「ノアクル殿下……心中お察し致します」
アルヴァが心苦しそうに言ってくる。
どうやらこちらの表情に出てしまっていたらしい。
周囲にいるローズやジーニャスを怖がらせてしまったので反省する。
「さてと、父上をぶん殴りに行くには王都フィロストンへ行かなければならないのだが……」
「ダスト兵相手となると、王国軍では時間稼ぎができても直接倒すのは難しいですね……」
ダスト兵は特殊で、魔力を込めた攻撃でもダメージを通すのが難しい。
ノアクルの師匠でもあったアルヴァくらいのパワーともなれば強引に戦闘不能に追い込めるかもしれないが、普通の兵士では不可能だ。
ダイギンジョーも遭遇したらしいが異常に硬くてキリが無いので、相手にはしなかったらしい。
ただ例外があった。
ノアクルだ。
ノアクルがダスト兵を攻撃すると、普通にダメージを与えられるのだ。
これだけでは理由がよくわからなかったのだが、実は幸せの街ガンダーの直後にダスト兵に遭遇していて確証を得ることがあった。
それは〝神気〟だ。
なぜかダイギンジョーとステラの攻撃がダスト兵に通るようになっていて、ノアクルもさらに大ダメージを与えられるようになったのだ。
この前後での違いと言えば、ジーニャスの神気を与える範囲バフである〝一騎当百〟を受けたかどうかだ。
ダイギンジョーとステラは発動直後はいなかったが、効果時間が続いているタイミングで到着したのだからバフで神気を得ていた。
その神気でダイギンジョーとステラがダスト兵にダメージが通るようになり、ノアクルはさらに大ダメージを与えられるようになったと考えられる。
では、なぜノアクルが最初からダメージを与えられていたのか?
それは闇鉱石で作ったベストによるものだろう。
この闇鉱石はディロスリヴと縁深い死者の島の力が込められていて、微力ながら神気を発生させているのだ。
ノアクル自体も特定のワザのタイミングで神気を生み出す場合もあり、相性が良かったと推測される。
――もっとも、ジーニャスの天才モードは消えて船も置きっぱなしで再召喚不可能、神気のバフも時間切れとなっているのでダスト兵を倒せるのは実質ノアクル一人となっている。
「今、ダスト兵を倒せるのは俺一人か……」
そう呟く。
では、一人で十万体を相手にできるかどうか。
ノアクルが考えた答えはノーだ。
一体や十体くらいなら軽く倒せるだろう。
百体や千体でも死ぬほど頑張れば倒せそうではある。
これはイキリなどでははなく、ダスト兵は倒すとゴミとして認識されるので無限にスキル【リサイクル】の材料が補充されるような形になるからだ。
ようするにノアクルがダスト兵へ特攻を持っている。
では、それ以上の数である一万体、十万体となるとどうなるか?
ノアクルが機械や神の身体なら疲れ知らずで問題はなかっただろうが、残念ながら人間だ。
そんな膨大な数と戦えば体力と集中力が落ちるし、怪我をしたら動きも制限されていく。
時間をかければ水や食糧の補給も必要になるだろう。
十体や百体を無傷で倒せるからといって、それを何百回も繰り返せるという机上の空論は存在しない。
さすがに頭のおかしいノアクルでも、自分の実力というモノはわきまえているのだ。
最後の手段として海上都市ノアの〝万物灰塵砲〟でもあれば何とかなりそうだが、エンジン修理中のノアの到着時間的にきつそうだ。
「他に何か手は――」
「ノアクル様なら楽勝ですにゃー!」
「は?」
別の手段を模索しようとしたのだが、脳天気なジーニャスの声が遮ってきた。
楽勝なわけねぇだろとツッコミを入れたい。
あの天才ジーニャスがなぜ……いや、思い出した。
今は船の上ではないのでポンコツジーニャスだ。
助けを求めるようにローズへ視線を向ける。
ローズはコクリと頷いてくれて一安心だ。
「ええ、殿下なら余裕ですわ」
「えっ」
やばい、何を言っているのだコイツは。
ローズの表情は『こう言うのは当然』とでも言いたげだ。
もしかして座学以外はバカなのか……?
どこを見て一VS十万が可能だと思っているのだ。
謎の信頼感が怖い。
そこでゴミ王子と罵ってくれて、信頼を構築できてないであろうステラをチラリと見る。
何かハッと気が付いたようで、サムズアップをしてきた。
よし、これで止めてくれるだろう。
「王国軍見習い騎士の第三者のステラから見ても、ノアクル王子なら大丈夫であります!」
「ちょっ」
なぜ、どうして、こんなときだけ信頼度が爆上がりになっているのだ。
いつものようにゴミ王子と呼んで罵ってくれればよかったのに……。
女性三人からの期待のキラキラした視線が痛い。
どう考えても十万のダスト兵と戦ったら無駄死にする。
しかし、このタイミングで期待を裏切って、そんなことを説明したらさすがに格好悪くないか……?
言い出しにくい……。
いや、無理なモノは無理だ。
勇気を出して言わなければならない。
意を決して口を開いた瞬間――。
「実は国民を中に捕らえた鎧型のダスト兵が混じっていてな……範囲攻撃を封じるためだろう。これではいくらノアクル殿下とて……」
アルヴァが残念そうに言ってきた。
ナイス……! ナイスじゃないけど……!
「そ、それなら仕方がないな……。俺のスキル【リサイクル】で大量のダスト兵を相手にする場合、国民を人質に取っている相手まで倒してしまいかねないからな……いやぁ、残念だ!! 本当に残念!!」
「殿下、若干嬉しそうじゃありませんか?」
「……気のせいだ、ローズ」
こういうときだけ長年の付き合いで勘が良いのは止めてくれませんか。
それはともかく、現状を一言で言い表すと。
「手詰まりか」
「範囲攻撃を許さないダスト兵が十万体……。こうなったら、鎧に捕まっている国民ごと……」
「お父様!! なんてことを!!」
「よせ、ローズ」
怒りを露わにするローズを手で遮った。
「なぜ止めるのです!?」
「よく見てみろ」
冷酷非道なことを言ったアルヴァだが、その表情は歯を食いしばった苦悶に満ちていて、力みすぎて握っている手は爪がめり込んで流血していたからだ。
「お父様……」
「まぁ、それでも俺は実行できない」
「理由をうかがっても……?」
「たぶん、俺の身体に宿るスキル【リサイクル】は、俺が信念を曲げたりすると精神を侵食してきて、死者の島で大暴れした緑色の巨人のようになってしまうだろう。そのときは俺が世界を滅ぼしてしまうことになる」
「なんと……」
「この世界の偉大な存在である海神の加護……禁忌スキルというものは、一歩間違えばそういうことができる終末の舞台装置だ。まったく、存在しないはずの〝アルケインの海神〟とやらは、きっとディロスリヴ並に頭がおかしい奴なんだろうな」
それを聞いたステラは、なぜか目線を合わせないようにしながら小さく言ってきた。
「き、きっとアルケインの海神も一生懸命、世界を良くしようとした……かもしれないでありますな~」
「そうだといいんだけどな。さすがに存在しないとされてる奴では話して確認もできん」
生まれてから一度も話を聞いたことの無かったアルケインの海神。
他の国はそれぞれの海神を崇めたりしているのだが、このアルケイン王国は特殊でそれがなかった。
生まれながらのことなので特に不思議とは思わなかったのだが、死と再生の海神ディロスリヴと話したとき、アルケイン王国の海神のことをほのめかしてからは多少気になっていた。
なぜアルケインの海神は存在しないとされているのか、そのスキルがなぜノアクルに宿っているのか。
「さてと、そんなことより」
「そんなことでありますか!?」
「何か急にステラがうるさいな……。まぁ、今は王都をどうするかだ。あと一日で王都にいるらしいランドフォルをどうにかしなければ、世界が滅ぼされるらしいからな……。十万体のダスト兵の正面突破は難しい……うーむ……」
「にゃー、ノアクル様。そもそも実際にランドフォルが世界を滅ぼせるかどうか怪しいんじゃないですかにゃ?」
ジーニャスがそう言ってきたが、たしかにそう思うところもある。
「ランドフォルが言っているのがハッタリ……という可能性もあるが、俺は世界を滅ぼせるかもしれないとも思っている」
「どうしてですかにゃ?」
「最初にゴールデンリンクスでやってきたとき、王都の方から強烈な攻撃が飛んできただろう」
「アレは間一髪でしたにゃー、アスピ様が逸らしてくれなければ全滅コースでしたにゃ」
あの黒い魔術――いや、その上位である魔法の領域にも達したエネルギーの奔流は今思い出しても身震いしてしまう。
「アスピも『なぜか相手の攻撃の特性を理解できて、紙一重で逸らせたんじゃがー!?』と言っていた」
「モノマネで再現……しかも地味に上手いですにゃ」
「本当に生き残れたのは運が良かったのだろう。そして、俺はあの攻撃に近いものに見覚えがある」
「見覚え……にゃー……? あっ、死者の島で暴走したノアクル様と、トレジャンのおじちゃん!」
「おじちゃん呼びがデフォになったのか?」
聞き返したらジーニャスは恥ずかしそうにしてしまった。
「まぁ、当たりだ。海神の力とは若干違うが、それに近いモノを感じた。つまり、世界を本当に滅ぼせる可能性もあるかもしれない」
「殿下、少しいいでしょうか?」
ローズが話の流れを遮るように挙手をしてきた。
コクリと頷いて発言を促す。
「仮に世界を本当に滅ぼせる力をランドフォルが持っていたとしますわ。なぜ、いちいち宣言をしたのでしょうか?」
「たしかに……それもそうだな。七日後に世界を滅ぼすなんて宣言せずにおけば、それを止めようとする者たちもやってこない」
「それなのに王都フィロストンへの侵入を阻止するように急遽、十万体のダスト兵を配置する……おかしな話ですわ」
「そもそも、ジウスが俺たちを追い返そうとしたのもあるな。最初は穏便に交渉をしようとしていた」
「そうですわ、つまり――」
「一枚岩では無いということか?」
「ええ、その通り」
ローズは座学の先生のときのように、花丸をくれたようだ。
「そして、実はごく少数しか知らないのですが、向こう側には内通者がいますわ。もうそろそろ情報を持ってやってくると思うのですが――」
そのとき、部屋のドアがバンッと開かれた。
全員の注目を集めたのだが、そこにいたのは――。
「ようやく到着じゃわい」
「みんな、守り切った」
「酷い目に遭ったわね……」
「い、生きて辿り着いたぜぇ~、よう兄弟!」
そこにいたのは獣人三人組とアスピだった。
「アスピ、スパルタクス、レティアリウス、トラキア! 大丈夫か……? どうしたんだ、その怪我は……」
命に別状は無さそうだが、怪我や汚れが目立つ。
疲労からか、全員がへたり込んでしまっている。
「あら、お話の最中でしたの?」
その後ろからヒョコッと、見知らぬ少女が現れた。
身長はステラと同じくらいで、肌の褐色具合も顔立ちも似ている。
ただ、髪は白く、身体は薄い。
「ツァラスト!! 最愛の妹よー!! 無事だったかー!!」
「妹……? そうか、君がステラの双子の妹か。たしかジウスの許嫁でもあるとか」
ステラは目に涙を浮かべながら走り出し、見知らぬ少女――ツァラストに抱きついた。
ツァラストは優しげな笑みを浮かべ、抱き締め返す。
よしよしと姉の頭を撫でたあと、ノアクルの方へ歩いてきた。
「あなたがノアクルさんですね」
「あ、ああ。ジウスの奴がお世話になっているようで――って、おいぃ!?」
急にツァラストが抱きついてきたのだ。
それも親愛の抱擁などではなく、身体を密着させて強く抱き締める方の愛の抱擁だ。
「愛してます、ノアクルさん」
「ジウスがいるだろー!?」
次回から一週間に一話投稿のペースとなります。





