海賊の娘
ジーニャスは父から譲り受けたサーベルを抜き、倒れているキリィの前に立った。
「あなたがランドフォルなのですかにゃ?」
「ふふ……私を倒した貴方たちに敬意を表して何でも話しましょう。ランドフォル――あの方は王都にいます」
「王都に?」
つまり、キリィ伯爵はランドフォルではなかったということだ。
ランドフォルという何者かが、海賊キリィへ伯爵の地位やスキルなどを与えられたのだろう。
「国王、レメク・ズィーガ・アルケイン。その正体こそがランドフォルですよ」
その言葉を聞いた瞬間、ノアクルはキリィの襟首を掴み上げた。
「父上がランドフォルで元凶だと……!? なぜ父上がそんなことを……」
「詳細はわかりかねます。私はあの方からすれば、観賞用のモルモットにも均しい存在でしたからね」
考えることは色々あるが、事実だとすれば今まで父親が、その妻や息子たちを騙していたことになる。
ノアクルは歯がみしながら、キリィの首元から手を離した。
ジーニャスは尋問を続ける。
「まだ私から個人的な質問がありますにゃ」
「何なりと」
「どうして血の繋がらないドロシーを育てたのですかにゃ……?」
キリィは父親の笑顔を見せた。
「おお、ジーニャスさん。やはりドロシーに相応しいご友人だ。彼女を愛してくれてありがとう!」
「どうして……どうして……お前のような思想に染め上げたんですにゃ……!!」
ジーニャスは怒りの声をあげ、サーベルをキリィの鼻先に突き付けた。
キリィはそれを気にせず笑顔で、狂気的に語り続ける。
「それは意図したことではありません。ただ私は、自分の娘のように愛した存在が、一番幸せなときに殺された時の表情というものが気になってしまったのですよ。ああ、そう考えると友人ができた今殺せば良かったのかもしれない……残念でなりません」
「ッこの外道が……!!」
ジーニャスはサーベルを高く振り上げた。
「おや、貴女のようなお嬢さんが人殺しをするというのですか? 止めておいた方が良い。一度その手を血で染めると、どこまでも呪いのように取り憑かれてしまいますよ。この私のようにね」
キリィの狂気を秘めた闇の眼。
ジーニャスは、海の意志を込めた瞳でにらみ返す。
「私は海賊王フランシスが娘、ジーニャス・ジニアス。母と……父の元部下を殺された。カタキを取らなければならないのが海賊の流儀」
「なるほど、それは確かに。海賊の最後は縛り首か斬首と決まっています。どうぞ。……私も、ついに死の味を確かめることができるだなんて……歓喜の極みです」
それまで呆気にとられていたノアクルだったが、さすがに止めに入ろうとした。
そこへトレジャンが声をかけてきた。
「アイツは海賊の娘を名乗ったんだ、止めるな」
言葉の重み、覚悟、決意。
ノアクルは黙って見ているしかなかった。
無音――のちに振り下ろされるサーベル、転がる首。
キリィは魔力防御をせず、完全に受け入れていたようだ。
「カタキは取りました」
ジーニャスは、空の上にいる者たちに対して小さく呟いた。
そのとき、少し離れた場所から物音が聞こえてきた。
「ど、ドロシー……!?」
実は少し前から傷だらけのドロシーが、フラつきながらやってきていたのだ。
ノアクルとトレジャンは気が付いていたのだが、ジーニャスはキリィに集中しすぎていたようだ。
「ドロシー……。キリィカウントは、娘のあなたも殺すつもりで育てていて……」
「聞いてたっしょ……。でも、それでも……私は海賊の娘……かわちぃパパの娘……。大丈夫だよ、パパ、すぐまた一緒にお茶会しながら話せるようになるから……」
ドロシーは完全に壊れた泣き笑いの表情を浮かべていて、キリィに近づき、お供に胴体を持たせ、自分は首を抱き締めていた。
ジーニャスはそれに声をかけることができない。
「ねぇ、パパ……。今度のお出かけはどこへ行こっか……。お揃いのアクセをまた買って……」
ドロシーは首に話しかけながら、どこかへ去ってしまった。
ジーニャスは、人を殺すということの意味を少しだけわかった気がする。
だが、後悔はしていない。
ドロシーとペアのイヤーカフスに触れたあと、決意の表情を見せた。
――私たち二人は海賊の娘なのだから。





