ノアクルVS白髭キリィ・カウント
ノアクルたちは幸せの街ガンダーへやってきて、手分けしてジーニャスを探していた。
偶然にも――いや、天才ジーニャスの放つ目印のゴールデン・リンクスを発見して駆け付けたというわけである。
ダイギンジョーとステラも遅れてやってくるはずだ。
「それにしてもどういう状況だ、これ……」
知らない屋敷にゴールデン・リンクスが空中から突っ込んでいて、トレジャンとジュエリンが倒れている状態だ。
知らない白い髭の男がこちらを以上に警戒しているのも見て取れる。
「ノアクル様、受け入れてくださいですにゃ。〝神気同調指揮〟」
こちらの頭に触れられるような感覚があり、ジーニャスの言うとおりに魔力防御で抵抗せずに受け入れた。
これは以前見たことがある神術だ。
ジーニャスが十三機の古代兵器を同時に操るために使ったもので、視覚聴覚触覚などを共有して指揮をする。
どうやら今回はそれを応用したもののようで、ジーニャスの簡易的な記憶が流れてきた。
「……!?」
瞬時に警戒すべき相手がわかり、そちらへ身構えた。
白髭キリィカウントは、すでに構えていた銃を諦めたように下ろした。
「説明しているところを狙い撃つつもりでしたが……無理でしたか」
ジーニャスが機転を利かさず、普通に説明していたらどうなっていたかわからない。
実に抜け目のない、海賊らしい海賊だ。
そして今までの立ち振る舞いからして、ここから先は楽しむための殺しではないのだろう。
楽しむ余裕がない相手、そうノアクルを認識しているのだと伝わってくる。
(ノアクル様、白髭キリィカウントは非常に厄介な相手ですにゃ。手の内を見せることなく、一撃で決めてくださいですにゃ)
頭の中に直接ジーニャスの声が響いてくる。
ノアクルも同じように返事をする。
(ああ、わかった。だが、その前に一つだけさせてくれ)
(にゃ……?)
満足げな表情で横たわっているジュエリンの亡骸の前に立ち、ノアクルは〝死と再生の海神ディロスリブ〟の敬礼を捧げた。
「結果的にお前がジーニャスを助けてくれたんだな、ジュエリン。お前は最高のゴミ……いや、トレジャン海賊団風に言うと〝最高の宝〟だ」
ノアクルは悲しみと尊敬の言葉を告げたあと、静かな怒りの表情を見せた。
「キリィカウント。俺は今、親友の家族を殺された気分だ」
「ふふ……噂のノアクル王子……。どうやら貴方は特別なようだ……。この私が震えを覚えている……! この私が個人を殺す存在なら、貴方はいつか世界を殺す器……! 私の幸せを遠ざける、とても危険な存在です……!」
ノアクルの怒りを込めた宝石のような蒼い眼と、キリィの殺しを求める闇の眼が睨み合う。
(ノアクル様……。ジュエリンのためのお言葉、感謝します)
(――で、天才ジーニャス。今のお前ならどうやってあのクソ野郎を一撃でぶちのめすか考えがあるんだろう?)
(はいですにゃ。お二人とも、作戦はこうですにゃ――)
この状態のジーニャスが確信を持って作戦を告げてきたのだ。
これ以上に心強いことはない。
「キリィカウント、さすがの俺でもお前のような〝使えないゴミ〟はどうにもできない。だから一発殴らせてもらうぞ」
「ええ、どうぞ。そこのトレジャン君の拳ですら、私には通用しな――」
「スキル【コラボリサイクル】――対象は屋敷すべて」
「なっ!?」
この屋敷は戦闘によって半壊している。
つまり、ゴミだ。
もしジーニャスが攻撃+天才モード発動+発見してもらうための目印+屋敷を壊してゴミと認識してもらうためのすべてを兼ね備えたゴールデン・リンクス召喚だったとしたら、本当に底の知れない天才だ。
陸ではポンコツだが、逆に船の上では頼もしすぎる味方である。
「ノアクル様、これも受け取ってくださいですにゃ! 〝一騎当百〟!!」
ノアクルの右腕には、屋敷すべてで作ったような巨大なゴミの拳ができていた。
物理法則を無視できるような禁忌スキルと、ジーニャスの神術が組み合わさって初めて可能なチートワザだ。
「うおおおお!!」
屋敷一件分の質量が、キリィへと向かって行く。
巨大すぎて遠近感が狂い、風が吹き荒れる。
ジーニャスが声高らかに叫ぶ。
「白髭キリィカウント、お前のスキルはお見通しですにゃ!」
「なんですと!?」
「魔力の放射である烽宝砲は無傷でその場で動かず防ぎ、義手による重いパンチは回避していましたにゃ! さらに確証を得るためにゴールデン・リンクスをぶつけたところ、避けずに受け止め、多少のダメージを受けていた。そこから導き出される答えは――攻撃の勢いを〝殺す〟スキルですにゃ!」
「正解です」
魔力の放射である烽宝砲は魔力自体が軽いので、その魔力に運動エネルギーの性質を与えるスキルならば、簡単に裂くことが可能だろう。水流をイメージすればわかりやすい。
一方で、重く、小さく、常にトレジャンが運動エネルギーを与え続けているパンチは勢いを殺すことはできても、完全に止めることは難しかったのだろう。
そして最後に、範囲の広い巨大なゴールデン・リンクスをぶつけて、その仮説を証明した。
「これまでの欲望に関連するスキル名、それと白髭の特性を考えるとスキル名は【殺傷欲】と言ったところですにゃ!」
「うんうん、ジーニャスさん。大正解です。本当に頭がいい。まるで神から与えられた叡智のようですよ。だが、実際の海賊の泥臭い戦いというものを知らないようですね!」
キリィは向かってくる巨大なゴミ拳の方へ〝ザ・ワールド・ラストガンズ〟を向けていた。
いや、正確にはその拳の元であるノアクルだ。
軽い破裂音と共に弾丸が発射されてしまった。
ノアクルは巨大な拳と繋がっているために回避することができない。
「どんなに強かろうと、人は殺せば死ぬのですよ」
迫る弾丸、ノアクルの眉間に吸い込まれ――。
「もう二度とオレの目の前で殺させやしねぇよ……!」
直前、鋼鉄の義手が弾丸を握り潰していた。
それは事前に準備していたトレジャンだった。
「なんですと!?」
「テメェの神様の銃とやらは対人特化のイカサマ武器だが、逆に言えばそれだけだ。ジュエリンの身体の中で弾丸が止まっちまう程度の威力だったし、オレの義手は貫通できねぇだろう」
魔力防御を完全に無視して、銃としての攻撃事象を強制的に発生させる〝ザ・ワールド・ラストガンズ〟の権能。
しかし、魔力防御とは関係ない鋼鉄の義手に関しては、貫くことは疎か弾かれてしまう程度の威力しか持っていないのだ。
幻想を消し去り、人間を殺し、装甲に弾かれる。
それが銃という歴史の概念なのかもしれない。
「白髭キリィカウント、お母さんを殺したあなたならそのくらいやると思ってましたにゃ。女海賊ジニコ・ドラの娘を舐めるな」
「まったく。この黒髭すら顎で使うたぁ、アイツらの娘らしいな!」
「くっ、だが、この一撃さえ耐えきれば――」
そのとき、キリィは迫ってくる拳の先端に輝く宝石を見てしまった。
それはジュエリンの遺品だ。
「海賊たちの誇りを込めた一撃を受けよ――〝宝石式・|完璧を切り拓く輝きの手〟!!」
「こ、殺す側のはずの私が……ぐぉぉああああぁぁあああ!?」
避けられないほどに巨大な拳、同時に宝石による多重爆破。
凄まじい轟爆音が鳴り響き、勢いを殺しきれないキリィは戦闘不能になった。





