宝石の散り際
「ジュエリン……お前……」
「トレジャン船長、無事でよかったわ……」
トレジャンがジュエリンの元へ駆け付けるが、心臓に銃弾を受けていて助かりそうになかった。
息も絶え絶えで声を出すのが精一杯らしい。
キリィはというと、特に追撃を仕掛けるでもなく満足そうな笑顔を向けてきている。
鑑賞してるのでどうぞ続けてください、と言わんばかりだ。
「アタイはずっと心配だったわ……。ジニコちゃんを失ってから、表情にも口にも出さないけど本当に辛そうだったもの……。だから、フランシス海賊団を抜けたときも一緒について行ったの」
「ああ、それくらいは知っている」
「ふふ、素っ気ない人ね。そういうところも好きだったわよ。アタイは愛されるより、愛したいんだもの。あなたの部下でよかった」
ジーニャスは涙をボロボロと流していた。
「ジュエリン……お姉ちゃん……」
「あら、また昔みたいにそう呼んでくれるの? 最後くらいはあなたの姉みたいな存在でいられたかしらね……。あなたも死ぬまでには愛する人くらい見つけるのよ、海賊の一生は短いんだから……先輩女海賊の最後の……アドバイスよ……」
ジュエリンは最期にその言葉を遺して、フッと全身の力が抜けた。
その顔にトレジャンが手をやって、目をつむらせてやっていた。
「ブラボー!!」
目を見開いたキリィは力強い拍手をする。
「とても良いモノを見せて頂きました!! 素晴らしい死です!! そうかぁ、こういう死の演出もいいなぁ……!! ああ、やはりトレジャン君は新しい可能性を見せてくれる!! ありがとう!! 感謝しても、しきれません!!」
「クソ野郎が……!」
いつも感情を抑え気味のトレジャンだったが、今だけは怒り狂った表情をしていた。
しかし、致命傷ではないが身体に神の弾丸を受けた直後だ。
まともに戦える状態ではない。
「さて、私としてはとても楽しませて頂きました。ここで幕引きとして、綺麗にフィナーレを飾るのが相応しいと思います」
キリィは最後の銃を手に取った。
銃口は弱っているトレジャンに向けられていた。
引き金にかけられる指。
「これでお別れです、私のための最高のショーをありがとうございます」
「……こんなので終わりじゃないです」
「おや?」
それまで動けなかったジーニャスが、俯きながら立ち上がった。
その表情は見えない。
「今回はシープ・ビューティーに動けなくなる時間を指定しておいたのに、予定より早い。おかしいですねぇ……」
「ジュエリンお姉ちゃんが渡してくれていた、体調管理の力を持つ宝石……そのおかげですよ……」
「なるほど~。今後の参考になります」
「テメェのような外道に今後は必要ありません。海賊として決闘を申し込みます」
それを聞いたキリィは笑い出してしまった。
「ははは、失礼ながらジーニャスさんは戦えるような人ではないでしょう。この街のゴロツキ相手にも負け、ドロシーに助けられたと聞いていますよ」
「動けるようになった今、覚悟は決まりました。ここでやらないと海賊として地獄に行ったとき、ジュエリンお姉ちゃんに顔向けできないですから!!」
顔を上げたジーニャスの表情を見たキリィは警戒を強めた。
それは今までの少女の顔ではなく、一人の海賊の気迫があったからだ。
「Ahoy,matey! 神術〝百機招来〟!」
ジーニャスは叫んだ。
しかし、何も起きない。
キリィはキョロキョロと見回すも、室内に何も変化がないのだ。
一瞬だけ、銃の神ほどではないが神気を感じたので違和感はある。
「警戒してガードだけは意識しておきましょうかね」
その直後、揺れを感じた。
地響きかと思ったが、それは違った。
大気が振動しているのだ。
段々と近付き、大きくなってくる。
キリィは前後左右のどこから、壁を突き破ってくる可能性があると考えて意識を巡らせていた。
だが――。
「こ、これはぁぁぁあああ!?」
爆発したかのような音が響いたのは、天井だった。
何か巨大なモノが突き破って屋敷を押し潰す。
「上空にゴールデン・リンクスを召喚しました。海賊の覚悟の〝重さ〟を感じながら潰れてください」
「フランシスの船!? ぐわぁぁぁ潰れるぅぅぅ…………とは、なりませんね。多少、年甲斐もなく焦りはしましたが」
キリィは巨大な船体を両手で押し返していた。
そのままゴールデン・リンクスはキリィから少し離れたところに落下していた。
ジーニャスはすぐに船体に飛び乗ってから、キリィを観察し始める。
頭が冴える、船の上の天才モードに入った。
(今までの記憶から分析、そして先ほどの船体を受け止めた。受け止めたことの多少のダメージはある。なるほど、白髭キリィカウントのスキルの正体は――)
「さて、ジーニャスさんの攻撃は不意打ちをしても私には通じませんでした。次はどうするのですか?」
「私は船に乗ると頭が冴えるので説明してあげます。まず、白髭キリィカウントは私のスキルや、次の一手を知りたいというわけですね」
「ご名答、万が一もありますからね。警戒しておくに越したことは――」
「私の能力は基本的にサポート系です。ゴールデンリンクスの召喚は、私の能力を底上げするため。そこから他者へのバフなどを使います。本来なら搭載していた古代兵器を指揮したりもするのですが、今回はあいにく持ってきていません」
「ほう、珍しい力ですね。非常に興味深い。ですが――」
「はい、お察しの通り直接戦闘には向きません。頼りの黒髭のトレジャンもまともに戦えない状態です」
「では、どうやって戦うというのですか?」
ジーニャスはニヤリと笑みを浮かべた。
それは絶対の勝利を確信したものだ。
「最高の新しい家族がいますにゃ」
その声に対して、返事をする者がいた。
「そこは最高のゴミと呼んでくれ」





