鉄鍋サソリのアヒージョ
何かに揺られながら、ノアクルは家族のことを思い出していた。
「アレはまだ俺もジウスも幼かった頃……。たまに母上が自分で料理を作ってくれるときがあったんだ……」
「……!! ……!!」
何か誰かが言葉をかけてきている気がするが、もう身体の感覚がほとんどなく、目もかすんで、耳鳴りで音も聞こえない。
嗅覚だけはあって、フワッとした女性の香りがするくらいだろうか。
その中で意味も無く話し続けてしまう。
「普通の家庭なら違うだろうけど、母上は王女でもあるから、料理をしようとすると周囲に止められていたな……。それでも家族のために作りたいと無理を言って、たまに厨房を借りていた……」
「……!!」
「父上は部屋に籠もっていることが多かったのに、きっちりと四人前を作るんだ。そんなことしても無駄なのに……って俺は思っていた」
意識が霞のように霧散しそうになっても、過去の強い印象に残った記憶は浮かび続けてくる。
走馬灯というやつだろうか。
「でも、その日は奇蹟的に父上がテーブルを囲んでくれたんだ。アイツはいつものように厳しい顔をしながら、すぐに皿を空っぽにしてしまった。きっと口に合わなかったから一瞬で処理してしまおうって魂胆だったんだろうな……」
暗かった意識が、何か光の方へと吸い込まれていく気がする。
「あのときの料理……なんだったかな……。たしかオリーブオイルがたっぷり使われていて……遠い遠い記憶で思い出せないな……」
これが臨死体験をした人々が言う、死ぬ直前に見る光の世界なのだろうか。
ああ、母上……今そちらへ……。
――と、そのとき強烈なニンニクとオリーブオイルの香りが魂を引き戻した。
「こ、この香りは……!!」
止まりかけていた心臓がビクンッと動きだし、最低限の感覚を取り戻していく。
「く、食い物……!!」
あとは本能に従うだけだ。
かすんだ目で見えるのは皿、フォーク、スプーン。
フォークで皿の何かを突き刺し、口の中に入れる。
プリッとしたエビの食感と、さらに濃厚に感じられるニンニクとオリーブオイルという暴力的でジャンキーな組み合わせ。
脳に電撃が走る、それが言葉として出る。
「美味い……!!」
たった一言ですべてを表現できてしまう。
他の言葉は不要だ、食べる事に時間を使う。
ひたすらエビらしきものをフォークで口に運び、濃厚なうま味が溶け出したオリーブオイルをスプーンで飲む。
カロリーの爆弾が身体に取り込まれ、全身を駆け巡り、死者でも蘇生したかのようになる。
「最高だ!! このエビの料理!! 昔、母上が作ってくれたエビ料理に似ている!!」
「具材をニンニクとオリーブオイルで煮込んだ、アヒージョという料理でさぁ。隠し味に唐辛子と塩を少々入れるとやみつきの味に――」
そこで気が付いた。
いつの間にか知らない小屋の中にいて、周囲にはダイギンジョーと、泣きそうな表情のステラがいたのだ。
「あれ、俺はいったい……。たしか鬼牙のスキルを受けて……」
「何度呼びかけても反応しないし、走馬灯みたいなうわごとを言ってたであります……。心配させるな、バカ!! バカ王子!!」
「ふはは! ゴミ王子と呼べ!!」
どうやらステラがここまで背負って運んできてくれていたらしい。
「ステラ、深く感謝をするぞ。この借りはいつか返そう」
「べ、別にステラも助けられてきたでありますし……」
「じゃあ、いいか。ダイギンジョー、お代わりをくれ」
「切り替えはやっ!?」
まだ腹が減っていて、鍋の方にたっぷりとアヒージョが残っているのだから仕方がない。
「ところで、このエビすごく美味いな。どこにこんな食材を持ち歩いていたんだ? 陸にエビはいないだろうし」
ダイギンジョーは鉄鍋からアヒージョをよそっていたのだが、その手がピタッと止まってしまった。
「何かその鉄鍋も大きい割りに造形が凝っていてオシャレだし。尖った部分もまるで尻尾のようで掴みやすそうだな」
「の、ノアクルの旦那は好き嫌いってありやすか……?」
「いや、特にないが? って、なんでただのエビのアヒージョなのにそんなことを聞くんだ?」
「な、何というか思い出を穢しちゃいけねぇというか……まぁ大物だったんで、まだまだありやす! どんどん平らげてくだせぇ!!」
ダイギンジョーは苦笑い、ステラは何とも言えない表情をしていたが、エビのアヒージョは美味いので気にしないことにした。
「エビのアヒージョうっま!!」





