ステラマーチ
二人は行動不能になっているので、ステラがどうにかしなければならない。
パシッと頬を叩いて気合いを入れる。
「よし、やるであります!!」
可及的速やかに手に入れなければならないのは食料だ。
鬼牙も言っていた通り、この魔力汚染された土地は不毛地帯だ。
草木が生えていないので果物や野草などは調達できない。
それらを食べる動物なども存在しない。
「ここらで調達できる食べ物……食べ物……。思い浮かばない……。こうしている間にも、鬼牙……それだけじゃなくて生息しているモンスターが襲ってくる可能性も……」
「モンスターがいるんですかい?」
「毒を持った危険なモンスターがうろついていて、普段なら平気ですが、この状態では――」
「なるほどなぁ、もしかしたら何とかなるかもしれませんぜ」
「え?」
「あっしも料理人の端くれ。モンスター料理なら任せろぃ」
「ついにダイギンジョー殿も空腹で頭がおかしく……しかし、もうそれに賭けるしかないであります!!」
ステラは決心して、ダイギンジョーの小さな身体を両手で持ち上げた。
「おぉ!?」
「ステラにはわからないことが多すぎるので、ついてきてほしいであります!」
「がってん承知の助!」
肩車というか、頭の後ろに張り付かせているような状態で出発することにした。
「ノアクル王子、すぐに戻ってくるのでご辛抱を!」
「ご、ゴミ王子と呼べ……」
まだギリギリ平気そうだ。
ステラは走り出した。
空腹ではないのは自分だけ、急がなければならない。
鬼牙に見つからないようにしながらも、いち早くモンスターを探す。
ただそのために見習い騎士として、仲間のために行動する。
「どこ……どこでありますか……モンスター……」
普段はモンスターなんて避けた方がいいが、今だけは大きく左右を見回しながらいてくれと祈る。
「いない……いない……いない……いな――いたーっ!!」
20センチ程度の小さなトカゲ……いや、モンスターだ。
色は紫と黄色で毒々しく、細部も普通のトカゲとは異なっている。
その大きなギョロッとした目と、ステラの目がお見合いをしていた。
「ダイギンジョー殿……アレは料理できるでありますか?」
「毒もあって可食部は少なそうだが、何とかなるかもしれやせん」
「了解、作戦行動に移るであります……」
毒トカゲモンスターに凝視されながら、ゆっくりと一歩踏み出す。
すると、毒トカゲモンスターも同じ距離を下がる。
次の一歩を踏み出すと、また同じように下がられる。
「……」
一歩進んで下がられる、次の一歩も、二歩も、三歩も同じように。
しびれを切らしたステラは走り出した。
「うおお! モンスターなんだから早く襲ってくるでありますよー!!」
「体格差ありすぎて無理だろうし、それにステラのお嬢ちゃんは曲がりなりにも騎士でしょう。一般人ならともかく、あの程度のモンスターは逃げだしまさぁ」
「いつもは弱さが嫌なのに、今だけは自分の中途半端な強さが憎いでありますー!!」
全力の追いかけっこが始まった。
ステラは身体に合う鎧がなかったので砦の格好のままなのだが、その身軽さでも毒トカゲモンスターに追いつけない。
「素早さ極振りモンスターめー!!」
はたから見れば小さなトカゲを追いかける、バルンバルンと胸を揺らしながら全力疾走するシュールな図だが、ノアクルとダイギンジョー、いや、ジーニャスの命までかかっているターニングポイントだ。
息切れしてきたが、ここで止まることは許されない。
「こ、根性ー……ぜぇはぁ……!!」
「ここは相手の逃げる習性を利用しやしょう」
「しゅ、習性……?」
「あそこに見える小屋の方向に追い込めば、たぶん逃げ込んでくれやす」
「えっ、本当でありますか? どうしてそんなことが……」
「料理人たるもの、モンスター食材を集めるために色々とやってたんでさぁ」
「ふ、普通の料理人はそんなことしないでありますよ……」
後頭部に張り付いているケットシーの異常さを感じながら、ステラは言われたとおりに小屋方面へと毒トカゲを追い込む。
すると、本当に小屋に逃げ込んだのだ。
「やった!! 袋のネズミ……じゃなくて、袋のトカゲ!!」
たぶん小屋は炭焼き小屋か、休憩用の小屋だったのだろう。
魔力汚染が起きる前はここも森があったので、そのときの名残かもしれない。
ステラは腰に帯びていた剣を抜いて、いつでも小さな毒トカゲを一突きできる体勢で小屋へと入っていく。
「これは勝ち確……食材の前で舌なめずりであります……」
「お、おい。そんなに油断してっと――」
刹那――ガキンッと剣に何かがぶつかる音と、手に激しい衝撃を感じた。
一瞬のことで気が付かなかったが、剣の重さを感じなくなっていて、カランと遠くの地面に剣が転がっていた。
認識が遅れたのだが、剣が何かではじき飛ばされたのだ。
「だから言わんこっちゃねぇ……」
「えっ!? ぎゃー、デカいモンスターがー!?」
人間サイズはありそうなサソリ型モンスターが待ち受けていた。
「こんなの見たこと無いであります!?」
「こいつぁ鉄鍋サソリ」
「て、鉄鍋……?」
「鈍色の硬い甲殻で、鍋っぽい形をしてるから別の島ではそう呼ばれていましたぜ」
「サソリなんて食べたら毒で死ぬでありますよ!!」
「普通のサソリは、実は毒が強い種類は少なく、毒針を取ってから加熱すれば食べられやすぜ」
「じゃあ、この鉄鍋サソリも食べられるでありますか!?」
「コイツぁ毒も超強力で、死んだら自分自身を毒塗れにする特性を持っていて食用にむかねぇなぁ」
「そ、そんな!?」
「……一般的には、ですがね」
ダイギンジョーは含みのある言い方をした。
「ステラのお嬢ちゃん、なるべく頭だけ攻撃して倒してくだせぇ」
「えっ!?」
今のステラは、鉄鍋サソリに手持ちの剣を弾かれて素手である。
誰がどう見ても、目の前のモンスターに勝てるはずがない。
「あっし、人の目を見ればその御方がどんな人間か多少はわかるんでさぁ。特に戦いに関しては……。ステラのお嬢ちゃん、勝つ手段があるんでしょう?」
「う、うぅ……やってやるでありますよ!! ちょっと、そのヘンテコな武器を借りるであります!!」
ステラは、ダイギンジョーが背負っていた戦闘用包丁を握りしめた。
「ヘンテコじゃねぇ、戦闘用包丁でぃ!」
「ステラがヘンテコだと認識するのが重要なので、言葉のあやであります!!」
巨大な包丁というのは、一般的な剣と形も重さも違う。
つまり重心も大きく異なっていて、普通に剣が使える人間でも使用するのは難しい。
それをステラは、まるで長年使っていたかのように様になる構えを見せているのだ。
「な、なんで使えるんでぃ……?」
鉄鍋サソリが毒尻尾を突き刺そうとしてきたが、戦闘用包丁の重さを利用して地面に突き立て、毒尻尾ごといなし、弾いた。
瞬間、首と胴にある僅かな甲殻の隙間を見つけて、戦闘用包丁で捌く。
それは戦闘ではなく、料理を見せつけられたようだった。
鉄鍋サソリはズシンと倒れた。
数秒で戦闘が終了した。
「な、何とかなったぁ……。これでいいでありますか?」
「お、お前さんそれはいったい……。いや、今は時間が勝負だ。包丁をこっちに」
「どうぞ」
戦闘用包丁を受け取ったダイギンジョーは、料理人の顔に戻った。
流れるような手さばきで甲殻を解体しながら、鋼鉄サソリのプリッとした身を晒していく。
「おぉ、これは食べられそうな雰囲気がするでありますな!」
「バカ言っちゃいけねぇ。これをこのまま料理すると毒で死にやすぜ」
「そ、そうだった……ではどうすればいいでありますか?」
「鉄鍋サソリは最初から毒が全身に回ってるわけじゃあねぇ。それだったら自分も死んでやすぜ。目ぇかっぽじって、ここを見てくだせぇ」
ダイギンジョーは紫色の内臓の一つを指差した。
「これは?」
「普通のサソリと違って、この魔石が入った器官で強烈な毒を生成しているんでさぁ。死亡後すぐに入り口が緩んで肉へと毒が染み込んでいく。つまり――」
「そこをすぐに切り離すでありますな!」
「へっ、理解がはえぇじゃねーか!」
その臓器の管状になっている入り口をクルッと手際よく縛り、戦闘用包丁で器用に他の場所を傷つけないように切り離した。
「あとは~……。おっ、小屋に油がありやすぜ。ありがたく拝借させてもらって、あとは手持ちの調味料で~……っと、その前にノアクルの旦那を連れて来てくだせぇ。料理人が客に空腹で死なれたら洒落にもならねぇ」
「わ、わかったであります!!」





