強襲、食欲の鬼牙
鬼牙は二本の刀を持って突進してきた。
予想よりも素早く、ノアクルは一瞬遅れてから対処行動を取るしかない。
闇鉱石が編み込まれた装備ポケットから、刀を防げる何か――棒状の物を想像しながらスキル【リサイクル】を発動。
――できなかった。
「くっ、これは!?」
「なにかしようとしたかぁ? ざんねんだべ~! オデのスキル【食欲】によって腹が減ったら、きがちってスキルもつかえないだど!」
空腹というものを舐めていた。
3~4食くらい飯を抜いたことはよくあるのだが、水分も摂らないと身体に様々な異常が出てくる。
今思えばゴミ流しの刑を受けたときも、それがきつかった。
さらに鬼牙のスキルのせいか、状態が悪化してきている。
3日くらい何も口に入れていないくらいだろうか。
頭痛がしてきて、思考能力が鈍り、食べ物や水のことが思考の大半を占めてきている。
それがたとえ〝目の前に振り下ろされる刀〟という状況であっても、だ。
「とったどー!!」
刹那、目の前で火花が散る。
「もう目の前で恩人をやられるのは、まっぴら御免でさぁ……!」
ダイギンジョーが割って入ってきて、巨大な戦闘用包丁で鍔迫り合いをしていた。
「助かった、ダイギンジョー」
「助かったかと言われると、そうでもなさそうですぜ……ノアクルの旦那……」
ダイギンジョーも声の様子から鬼牙のスキルにやられているようで、普段とは違い弱々しくなっていて今にも押し負けそうだ。
正直、ここからどうにかする手段というのも空腹のせいで頭が回らないので何も浮かばない。
焦燥感、不安、食べ物を求めるだけの思考。
万全な状態ならともかく、こんな現状で勝てるはずがない。
「それならステラが!!」
ステラがスキル対策のために、ノアクルとダイギンジョーに触れようとしてきたのだが無謀だった。
思考能力が低下している今でも、それだけはわかる。
シープ・ビューティーやダスト兵と違い、鬼牙はかなりの刀の使い手だ。
見習い騎士程度であるステラが不用意に、意識を別の方向に向けながら近付いてきたらどうなるか――。
「ステラ、止めろ!!」
「柔らかそうなオンナ! スライスしたあと、どうやって喰らうかたのしみだど!!」
ダイギンジョーははじき飛ばされ、鬼牙の次のターゲットはステラになった。
その細い首に向かって刀が迫る。
ノアクルはそれを阻むために前に出る。
「むだぁ! ふたりともスライスだべ!!」
たしかに今の状態ならノアクルごと、ステラも斬り裂いてしまうだろう。
――なので、最後の力を振り絞って極小範囲でスキル【リサイクル】を使う。
ガードしている腕の数センチ範囲、金属の一欠片をコインのように変形させて盾とした。
いや、盾というにはお粗末すぎる。
切断は防げたのだが、腕に刃が若干めり込んで血飛沫が舞う。
「な、なんちゅーやつだど!?」
「腕が千切れ飛ばなかったからセーフだ!!」
「だけど、つぎのこうげきでぇ!!」
「次の一手はこうだ!!」
スキル【リサイクル】を最小範囲に設定して、落ちている石をターゲットにした。
この土地は魔力汚染が起きていて、荒れ地となっているために土地に保有されている水分量も少ない。
そのために石や地面は乾いていて、すぐにでもボロボロになりそうな感じだ。
ゴミと見なしても良いだろう。
それらを粉みじんに爆発させる。
「なぁにぃっ!?」
鬼牙は攻撃と勘違いして警戒してくれた。
ノアクルとしては、これらを攻撃に使うためには空腹で無理だ。
ただ細かく粒子を漂わせるために爆発させ、それをいくつか時間差で一つ一つ繰り返していく。
ステラとダイギンジョーもそれに気が付いたのか、無言でその場から脱出する。
ノアクルも煙幕の中で足を動かそうとしたのだが、スキル【リサイクル】で最後の力を消費してしまったようで一歩も動けない。
まぁ、二人だけでも逃げてくれればいいか――と笑いながら諦めたが、ステラが必死の表情でノアクルを背負って逃げたのであった。
「にげてもムダだどぉ! ここらは食べ物なんてねぇ! さきにすすもうにも、オデのうしろにあるみちをとおるしかねぇんだどー! ぐほほほほ!!」
鬼牙の勝利宣言が煙幕の中で木霊するのであった。
鬼牙から逃げることは成功した。
しかし、飢餓から逃げることはできなかった。
三人はパサパサに乾いた魔力汚染の大地に座り込んでいる。
「ダイギンジョー殿、ノアクル王子……大丈夫でありますか?」
「あっしは何とか動けるが、ノアクルの旦那は逃げるときにスキルを使って……」
「ご、ゴミ王子と呼べ……ステラ……」
唇が乾燥しきっていてひび割れている。
喉が渇ききっていて、まるで乾いた砂を擦り込まれたように痛い。
「み、水ならまだ少し!! ノアクル王子の水筒を預かってたものが!! それに予備の水筒だって!」
「予備の水筒は嘘だ……」
「えっ!?」
「とりあえず、それをダイギンジョーに……」
「どう見てもそっちが重症者であります!!」
強制的に水筒に口を付けさせられ、水を流し込まれた。
コップ一杯分もないが、こんなに美味い水は初めてだ。
渇いた砂地が新緑の森に……とまではいかないが、命をつなぎ止められたという感覚は強い。
しかし、水分を摂っても食料を身体が求め続けている。
腹はもう鳴ることすらせず、内臓のあちこちが痛い。
手足の感覚は薄く、体温もかなり下がってきている気がする。
「か、かんぜんふっかーつ……」
「するわけないでありますな……」
「あ、羽の生えた骨付き肉がこちらにいっぱい飛んでくる……。キノコが歩いてきて……」
「幻覚まで見えているであります!! 本格的にヤバーい!!」
飢餓のスキルの影響が大きな二人を見て、自分だけ影響を受けていないステラは自らを奮い立たせた。
「す、ステラがやらないといけないであります……!」





