六日目のノアクル
――少し時はさかのぼり、ノアクルが砦から出発して一日が経ったあと。
一方のジーニャスはまだ宿屋でスヤスヤしていたのだが、ノアクルはというと。
「ふはは! まさか徒歩の旅になるとは思わなかったぞ!」
「め、面目ないであります……」
昨日は野営をしたのだが、起きたら馬に逃げられていたのだ。
馬と木を繋いでいた紐は千切れたり、切られていたりした形跡がないので犯人は――甘く結んでしまったステラだ。
馬が二匹いればまだマシだったのだが、何もかも不足している現状は一匹に二人乗りしていたのだ。
そのためまだ街まで距離があるのに、徒歩で出発することになっていた。
「落ち込むな、ステラ! お前が落ち込むと――」
「えっ、ノアクル王子……まさかステラのことを……?」
「ゴミ王子と呼んでくれなくなるではないか! さぁ、もっと俺をゴミ王子と呼んでくれ!」
「少しだけトゥンクしたステラがバカみたいであります!! このゴミ王子!!」
「ふはは! やっぱりお前だけだな!! そう呼んでくれるのは!!」
そんなカロリーが高そうなやり取りをして歩いているのだが、道はかなり過酷だ。
砦からガンダーの街へのルートはいくつかあるのだが、最短となると魔力汚染された土地を進むしかない。
草も生えていない荒野や砂漠になっていて道が険しく、食糧や水の調達が厳しい。
歩くだけでも体力を使うのに、予定では足りるはずの必要最低限の食糧と水しか持って来ていないのだ。
「はぁ~……。これじゃあガンダーの街に着くまでにお腹と背中がくっつくでありますよ……」
体脂肪率が高そうな体型だと思うが……と言おうとしたがノンデリ過ぎるので止めておいた。
たぶん普通に殴られるか、剣で斬られる。
「まぁ、いくら徒歩でもそこまで時間がかかるわけでもないし、餓死とまではいかないだろう」
「あぁ~……水ももう飲みきっちゃったでありますよ~……」
「ほれ、俺は水筒を二個持って来たからやる」
ノアクルは自分の水筒をステラに投げて渡した。
それを慌てて受け取るステラは、ぐぬぬと悔しそうな表情ながら蓋を開けてグイッと飲んだ。
「ふんっ、こういうときだけ用意周到なゴミ王子でありますな!」
「ふはは! まぁな!」
本当は水筒は一個しか持ってきていないが、こうでも言わないとプライドが高そうなステラは飲んでくれないだろう。
むしろ共通の装備を持たされていると忘れているくらいに、脱水症状で判断力が鈍っているとも言える。
これはなるべく早めに到着しないといけない。
「あ、この水筒……返さないといけないでありますか?」
「ん?」
一個しか持ってきていないので、返してくれないとマズい。
「ああ、返せ」
「い、いや……それは……ちょっとその……であります……」
「聞こえん、意味わからん、早く返せ」
「その……間接キス……ごにょごにょ……」
本当に聞こえないので強引に水筒を奪い取ろうとするも、ステラも意外と力が強い。
最初は遠慮しがちだったが、徐々にヒートアップしてお互いに顔面を押さえながら引っ張るような争奪バトルとなっていた。
「デアリマスー!!」
「ウゴゴォー!」
「……お二人、何をやってるんで?」
ノアクルとステラ以外の声が聞こえてきた。
ついに幻聴か? と思ったが、そうではないらしい。
声の方に視線を向けると、そこには見慣れたケットシーがいた。
「ダイギンジョー!」
「お久しゅうごぜぇます。二日……いや、三日ぶりくらいですかねぇ」
それは猫料理人のダイギンジョーだった。
相変わらず三毛猫が二足歩行して、マフラーを巻いているような感じだ。
「ノアクルの旦那は、こんなところで何をしてるんですかい? そちらのお嬢ちゃんは……砦で見たような?」
「見習い騎士のステラであります!!」
「ポンコツだが、アイツらのスキル対策になる」
ステラが物凄い剣幕で睨み付けてきている、怖い。
「ローズとアルヴァさんの指示で移動中だ」
「するってぇと、あっしと目的は一緒でございやすね……」
「ダイギンジョーと目的が一緒?」
「えぇ、こちらも初日に偵察で他の街を調べていたんですが、そこで古い知り合いから嫌な噂を聞きやして……」
「どんな噂だ?」
「ジーニャスの嬢ちゃんが向かったというガンダーの街、そこに白髭海賊団の船員に似た奴を見たって言う話でさぁ。ただの見間違いならいいんですが、位置的に近かったので帰りに寄ってみようかと……って、お二人、どうしたんで?」
こちらが黙って考え込んでしまったのを見て、ダイギンジョーが不思議がっている。
「悪い予感は的中したかもしれない。睡眠欲のシープ・ビューティーが逃げた方向はガンダーの街だ」
「ただでさえ厄介なこの件に白髭も関わってるってぇことは、相当にやべぇでさぁ……」
「ダイギンジョー、一緒に急ぐぞ」
「がってん承知の助! ……その前に、お二人は何か食材を持ってませんかねぇ? 腹が減っちまって……」
ダイギンジョーは腹を押さえて申し訳なさそうにしている。
二本足で立つ猫がやっているのだから、ポーズ的に少しシュールで面白い。
「まったく、ダイギンジョーもか。って……俺も妙に腹が減ってきている気がする。さすがにこの数分で急激に……これは……」
それまでは小腹が空いていた程度だったのに、急に胃の中の物を取り出されたような感覚だ。
空腹がひどすぎて気持ち悪さが勝ってきた。
「ぐほほ……〝欲〟でいちばんこわいもの、それをおしえてやるど」
「お前は……」
ズシンズシンと足音を響かせながら、巨大な腹を揺らす鬼がやってきた。
「それは食欲だど! オデも腹へったから、おめぇら喰らう!!」
「鬼牙……!!」
ノアクルたちの前に立ち塞がったのは、食欲の鬼牙だった。





