友達の家へご招待
ジーニャスは部屋で一人になったあと、言われた通りに海賊服に着替えることにした。
何も身につけていない状態でも、身体が温かくなったのはスキルの力が込められたルビーのおかげだろう。
そう思いながら下着を履いたところで部屋の扉がガチャッと開いた。
「やっほー、さっそく遊びに来たっしょ……って、えっど!!」
そこにいたのは笑顔で鼻を膨らませているドロシーだった。
「にゃー!? なんで今日はこんなにタイミングが悪いのにゃー!!」
「あーし的にはタイミングめちょサイコー!」
「何で喜んでるにゃー!?」
「そりゃー、女の子に対してエロいは褒め言葉だからっしょ!」
「着替えるから外出ててにゃー!!」
「りょ」
バタンと扉が閉められた。
よく考えたら、ジュエリンが出て行ったときに鍵をかけてなかったのだ。
自分にも非があるかなぁ、と思いながらいつもの着慣れた海賊服姿になった。
「もう入ってきていいにゃ」
「それじゃあ、改めて……やっほー! さっそく遊びに来たっしょ!」
「あ、そこからなんだにゃ」
「もー、年頃の女の子が鍵をかけてないとかめちょ危ないっしょ」
「あはは……さっきまでお客さんが来てて、そのときに鍵をかけ忘れたにゃ」
そもそも、どうやってジュエリンが鍵のかかった部屋に入ってきたのかというのもあるが、普通にピッキングくらいしてきそうな相手ではある。
「あ、もしかして宝石をジャラジャラ付けてた派手な人? さっきすれ違ったっしょ」
「そうそう、その人」
「…………ふーん」
ドロシーは急に声のトーンを落とし、真顔になった気がした。
首を傾げるように、斜めに脱力しながら上目遣いになっている。
角度的に前髪に隠れて瞳が見えない。
「お友……達……?」
「うーん、友達というか、お父さんの古い知り合いだにゃ」
それを聞いたドロシーはパァッと表情を明るくした。
「お父さん! わっかるぅー! あーしもパパの知り合いは色々見てきたけど、エグちな人がいっぱいいたから! じにゃぴも娘として苦労するっしょ~!」
ジュエリンだけでなく、トレジャンやダイギンジョー、それに船員たちとかなり個性的な面々がフランシス海賊団にはいたなぁとしみじみしてしまう。
逆に常人がいないと言えてしまうほどだ。
「あ、そうだ。今日は家にこない? 丁度、パパの領主としてのお仕事がお休みなんだ!」
「ドロシーのパパ……たしかガンダーの街の領主キリィ伯爵様だにゃ?」
「あ、名前まで知ってるんだ」
「ゆ、有名だからにゃ~」
本当は調査対象としてローズとアルヴァ宰相から聞いていたのだ。
向こうから招待してくれるとは願ったり叶ったりである。
ドロシーのことを騙すようなことにはなってしまうのだが、たぶんキリィ伯爵は悪い人ではないだろう。
何も問題なく、友達の家に遊びに行って帰ってくるようなものになるはずだ。
「ぜひ、お邪魔したいにゃ!」
「やったー! 嬉しい嬉しい! 家に来てくれるってことは、あーしのことが好きなんだよね?」
「えっ、うーん……」
嫌いではないし、助けてくれた恩もあって、街を案内してくれて友達になってくれたのだから良い関係だとは思う。
しかし、家に行く理由は目的のためだ。
ポンコツモードのジーニャスは上手く嘘を吐けなくて言い淀んでしまった。
「ねぇ、あーしのこと好きなんだよね? じにゃぴはそう思ってないの? どうなの? ねぇ、ねぇ、ねぇ」
「い、いや、そうじゃなくてですにゃ……。まだ出会って一日目だから口にするのが恥ずかしくて……」
「なーんだ、じにゃぴは相変わらず恥ずかしがり屋さんっしょ! あーしは、じにゃぴのことを愛してるから――」
「にゃにゃっ!?」
「いつか、じにゃぴからも愛してるって言われたいっしょ~!」
いつの間にか好きという言葉が、愛してるというものにまで発展してしまっている。
もしかして、もしかするとそういう意味なのだろうか。
女の子同士なのに、とドキドキしてきてしまった。
「あーしは、ガンダーの街のみんな……ううん、全人類から愛されたい! そのためにみんなを幸せにしてあげるっしょ!」
「な、何か壮大だにゃ……良いことだとは思うけど」
「そうでしょ、そうでしょ!? イェーイ! ギャルピ!」
「ぎゃ、ギャルピだにゃ~……」
指で強引にギャルピを作らされ、仕方なく一緒にポーズを取ったのであった。
キリィ伯爵の屋敷へ移動している最中も、お喋りなドロシーは話し続けた。
「あーしのパパはねぇ、みんなが幸せだと嬉しそうなんだ」
「税金が増えるからだにゃ?」
「良い話キャンセル界隈~!」
「にゃはは、冗談だにゃ」
「パパは、幸せになったから何かを寄越せとは言わないっしょ。自然に、勝手に巡り巡って幸せがやってくる仕組みだって言ってた。だから、みんなが幸せになれば、パパも幸せになるっしょ。ついでにあーしも、みんなから愛されて幸せ!」
「ほへ~……よくわからないけど、何か良い感じにゃ~」
そろそろ陸にいる時間が長くなってきたので、ジーニャスの頭の中はポワポワしてきていた。
IQがどんどん下がっていく感じだ。
「幸せなのは、ガンダーの街の義務っしょ! おっと、そろそろ家に到着」
何か良く分からない話をしている内に、キリィ伯爵の屋敷に到着したようだ。
かなり広い土地に、高級な銅像などが建っている庭、門もゴテゴテと高そうな彫金がこれでもかと施されている。
「あ~、趣味悪いとか思ったっしょ」
「そ、そんなことはないにゃ!?」
「十年とか二十年とかの昔に、前の人が作った屋敷だから、実はあーしも趣味が悪いと思ってるんだ。パパはこういうの気にする人じゃないし」
少しだけホッとしてしまったが、何か言葉に違和感を覚えた。
たしか、キリィ伯爵はそれなりの古株の領主で――
「さぁ、行くっしょ! パパも首を長ーくして待ってるはず!」
「あ、うん」
手を引かれて付いていくと、大きな門が開いていく。
街の入り口にもいた私兵のような人間が門を操作しているようだ。
戦うことが専門の人間のためか、鍛え上げられた身体と常に周囲を警戒するようなカタギではない雰囲気を感じる。
そのままドロシーに引っ張られて屋敷の中へ入っていく。
いかにも成金貴族の内装という感じだが、これもキリィ伯爵とドロシーの趣味ではないのだろう。
特に気にせず進み、奥の方にある部屋の扉を開けた。
中にいた人物から声をかけられる。
「貴女が娘の新しい友達になって頂けたジーニャス・ジニアスさんですね。ようこそ、我が屋敷へ。手作りのお菓子を作っておいたので、幸せな歓談をご一緒させてくださると光栄の至りです。ああ、紅茶もお淹れしましょうか」
ドロシーの父親は、想像していたよりもさらに丁寧な人間で驚いてしまった。
可愛いハートがモチーフの刺繍やバッジが貴族服についているのは、親子だから似たのだろうか。
そして顔――その〝白髭〟が蓄えられた柔和そうな表情は、紳士的な中年だと思わせる。
腰にぶら下げられた〝三本の装飾杖〟はオシャレの一種なのだろうか。
何か頭の中で警鐘が鳴らされた気もするが――。
「美味しそうなお菓子ですにゃ!」
目の前の甘い幸せな誘惑には勝てなかった。





