どっこい生きてたジュエリン
「ジーニャスちゃん、なんでバスローブなのよ?」
「宿の人が用意してくれてたし、せっかくだからですにゃ!」
ジーニャスのホカホカした身体は白いバスローブに包まれていた。
ジュエリンは呆れ気味に笑う。
「んもぅ、もしアタイが殺す気満々だったらどうするのよ」
「ジュエリンは昔から女に対して、そんなに回りくどい手は使わないですにゃ。ぶっ殺すときは、面倒なことをせずにすぐぶっ殺すにゃ」
こう見えてジュエリンはかなりの武闘派だ。
フランシス海賊団だったときも、トレジャンやダイギンジョーと共に前線を駆け抜けていた。
イケメンやイケオジに対しては搦め手を使って楽しんだりするのだが、女性に対しては何の感情も無く殺せるタイプだ。
ある意味、トレジャンよりも冷酷かもしれない。
「おほぅ、昔のことは忘れてよ~! スラッとしたイケメンだったダイギンジョーちゃんは懐かしいけどねぇ。それに比べてジーニャスちゃんは身長は伸びたのに、全然女っぽいところは育ってなくて残念ねぇ」
「お母さんみたいに胸とお尻が育ってなくて悪ぅございましたにゃ~」
「あらぁ、不機嫌になっちゃった? でも、中身はちょっとずつ似てきたんじゃない? 昔よりもずっと海賊っぽい〝強さ〟を持ってるし。心だけは亡くなったあの人を受け継いでると思うわよ」
嬉しいやら、嬉しくないやら。
別に大人っぽくなりたいわけではないが、格好良かった母親には憧れはある。
「そういえば、ジュエリンはお母さんが亡くなったときのことって知ってるにゃ?」
「そ、それは……」
「当時、みんな話してくれなかったにゃ。そのときに一番近くにいたらしいトレジャンも黙って出て行ってしまったにゃ……」
「そっか、そうよねぇ……。まだ小さかったジーニャスちゃんには話せないし、トレジャン船長もあんな顔でも責任を感じてそうだし……」
「責任? トレジャンが? どうしてですか? なんでですか?」
ジーニャスは語尾すら忘れ、ジュエリンに食い気味に質問を投げかけていく。
ズイッとこられたジュエリンは、珍しく焦ってしまい失言に後悔した。
「いや、それはねぇ……うーん……」
「もしかして、トレジャンがお母さんを殺したの……?」
「ちがっ!! それは違うわよ!!」
「じゃあ、どうしてお母さんは……死んだんですか……」
ジュエリンは諦めたのか、大きな溜め息を吐いてから話し始めた。
「はぁ~……。しょうがないわね。トレジャン船長の名誉を守るためだもの。ジニコちゃんはね、とても立派な人だってのは覚えてる?」
「はい。海賊稼業の傍ら、稼いだお金を貧しい人々のために使っていましたにゃ」
「そう、世界の貧富の不平等さを嘆いていたわ。あんな明朗快活な性格なのにね。いつか世界のみんなを幸せにしたいって……そんなの夢物語だとわかっているのにね」
「それでも諦めないで、嘆かないで、自分でできることをやり続けたお母さんは尊敬します」
「まぁねぇ……。アタシが唯一敵わないと思った女よ。そりゃトレジャンちゃんと、フランシスちゃんの心に一生居座るわけだわ」
ジュエリンは懐かしむように失恋の眼差しをしていた。
「そういう話で名前が広がって、ヤバい奴――白髭の海賊に目を付けられたのよ」
「白髭の海賊……?」
「国の敵だけ倒す〝私掠船免状〟を持たない、本当の意味での海賊。しかも、その中でも港を襲いまくって悪さをする奴で、不必要な殺人も多くて評判は最悪だったわ」
「なんでそんな白髭の海賊に目を付けられたんですか?」
「どうやらトレジャンちゃんとジニコちゃんの小さな頃に因縁があるらしくてねぇ。トレジャンちゃんの家族のカタキでもあったらしいのよ。そのときは黒髭で、歳を取って白髭になってたらしいけど」
「それでお母さんも……?」
「トレジャンちゃんを庇う形でジニコちゃんは亡くなって、それで責任を感じてフランシス海賊団を抜けたんじゃないかしらね」
「トレジャンのおじちゃん……そんなことが……。でも、二人ともあれだけ強いのにどうやって……」
「噂では〝銃〟と呼ばれる、古代文明以前の玉を飛ばす武器を使っているとか。眉唾かもしれないけどねぇ、神の加護を受けて三つしか世界にないとか言われてるし」
「玉を飛ばす……? 魔大砲みたいなものですか?」
「うーん、何でも魔力じゃなくて、弓矢みたいなものだとか? まぁ、今の時代に弓矢なんて魔力防御されて終わりだから、獣狩りくらいにしか使えないけど」
この世界で魔術以外の飛び道具がない理由は、魔力によるところが大きい。
剣などは目には見えない魔力で強化して、これまた目には見えない魔力防御を使える戦士を打ち破ることができる。
一方で弓矢などの飛び道具は、放ったあとに魔力が霧散してしまうので簡単に魔力防御に弾かれてしまうのだ。
そのために飛び道具は魔力自体を飛ばす魔術などが主流になっている。
レアな魔大砲・万物灰塵砲も、刻まれた術式によって魔力に形を与えて飛ばしているので、一種の古代技術を使った魔術・魔法とも言える。
「しんみりした話をしちゃったわねぇ。そうそう、アタイがここに来た目的よ。単刀直入に言って、トレジャンちゃんの今いる場所を知らない?」
「トレジャンのおじちゃんの居場所ですか……にゃ? うーん、アルケイン王国の旗艦エデンに連れ去られたところで、こちらも追えてないですにゃ」
ジーニャスは母親の話が終わったので、いつもの口調にして調子を戻していた。
「アタイたちも旗艦エデンを追ってアルケイン王国まで来たんだけど、呆気なく船が沈められちゃってねぇ。トレジャン海賊団の面々は船長を失ったどころか、船員まで散り散りよ」
「それで手がかりを探して私のところに……」
「そっ。海賊を探してると聞き込みをしていたら、海賊は海賊でも猫耳の子が宿にいるって聞いたのよ」
たしかに猫耳の海賊娘なんて、ほぼジーニャスだろう。
海賊服のまま不用心に一人で歩いていることに反省した。
「知らないならそれでいいわ。見つけたら教えてくれるとありがたいわね。あ、敵だったくせに図々しいとか思っているかしら?」
「そりゃ思いますにゃ。というか、ジュエリンは元からそういう性格ですし」
「あの小娘が言うようになったわねぇ。まっ、戦う理由がないのなら無益な戦いはしないタイプでしょ、あんたのところのトップは」
「よく理解してるにゃ……?」
「フランシスちゃんに性格がそっくりだもの。人に好かれて、勝手にカリスマが溢れちゃうタイプ」
言われてみれば、たしかにそういう方面でも似ていると思ってしまった。
「グズグズしてるとアタイたちみたいに〝宝物〟を誰かに取られちゃうわよ。海賊がそんなことになったら情けないったらありゃしないわよ」
「べ、別にノアクル様とはそんな関係ではないにゃ」
「あら、そうなの? 珍しくアタイの勘が外れちゃったわねぇ」
ジュエリンはわざとらしくクスクスと笑ったあと、フゥと一息吐いてから表情を戻した。
「それじゃあ、アタイは自分自身の〝宝物〟を探しに戻るわね」
「はいですにゃ。こっちも見つけたら連絡しますにゃ。……へくちっ」
ジーニャスは身体が冷えて可愛いクシャミをしてしまった。
「ほら、もう。慣れないバスローブなんて着てるからよ」
「にゃー!?」
「似合わないんだから、早く服を着ちゃいなさい」
ジュエリンは、ジーニャスのバスローブを手際よく脱がして、一粒の赤い宝石を投げて渡した。
「そのルビーは体調管理する力を込めてあるから、お腹にでも当てておきなさい。女の子が身体を冷やしちゃダメなんだからね。……アンタは本当の意味で幸せになりな」
ジュエリンは悟ったような微笑を見せながら部屋から出て行ってしまった。
そのときだけは、昔の優しかった姉のような背中が見えた。





