ギャル、メチャかわいい
ジーニャスは歩きながら軽く事情を説明した。
もちろん、領主を調査していることや、自分がアルケイン王国と敵対している関係というのを隠してだが。
「へ~、じにゃぴは海賊の娘なんだ~」
「じ、じにゃぴ……?」
「ジーニャスだから、じにゃぴ。ごめんだけど、もしかして好きくない呼び方?」
ドロシーは距離感を無視して、鼻の先が当たりそうなところでジッと目を見てきた。
思わず一歩引いてしまい、顔を真っ赤にしながら慌ててしまう。
「そ、そんなことないにゃ……」
「じゃあ、じにゃぴで決定ね!」
「か、海賊の娘なのに怖くないにゃ……? 私たちの年頃の子だと、みんな怖がって警戒するイメージだけど……」
「ぜーんぜん。だって、じにゃぴは怖そうじゃないもん。それに親の立場で、子供が色眼鏡で見られちゃうのも知ってるしね」
「あ……」
ドロシーも領主の娘なので、海賊王の娘の苦労もわかるのだろう。
お互いに親近感を覚えていると察した。
「さて、ガンダーの街に来たのなら色々と見て回らないと損っしょ! 案内してあげるよ!」
ジーニャスとしては調査にも繋がるのでありがたいことだ。
年頃の娘として、普通に観光もしてみたいので頼むことにした。
「それじゃあ、お言葉に甘えるにゃ」
「よし、まずはあっちへ行くっしょ!」
「にゃっ!?」
またドロシーは手を掴んできた。
いきなりの距離感にどぎまぎしてしまう。
ジーニャスは海賊の娘、獣人、そういうことが積み重なって内向的な性格で、ノアクルに出会う前はいつも他人に謝っていた。
同い年の子供と出会っても、友達になってくれる者はいなかった。
仲間の海賊たちがいたから寂しくはなかったが、こういう関係は初めてで驚きの連続だ。
「さて、到着っと!」
最初に辿り着いたのは工房だ。
ガラスや金属などを加工していて、十数人の職人が働いている。
「親方っち~、友達のじにゃぴを作業体験させてあげて~」
「ドロシー様の頼みじゃ断れねぇや。いいぜ、手が空いてたし教えてやるよ」
どうやらドロシーは顔が広いようだ。
工房の一番偉いと思われる筋骨隆々のシャツ姿の男性が笑顔で了承してくれた。
しかし、気になったのはそこではない。
「ど、ドロシーさん……。私のことを友達って……」
「あれ? 嫌だった?」
「ぜ、全然!! 嬉しいけど、会ったばかりの私なんかが友達でいいのかにゃ~って……」
「二人が友達だと思ったら、そこで友達っしょ! ジーニャスはめちょ良い奴そうだし! あ、それと~……!!」
ドロシーが初めて少し怒った顔になったので警戒してしまった。
「ドロシー〝さん〟っていうのはナシっしょ! それとも、じにゃぴは友達だと思ってくれてない?」
「い、いやいや……そんなことはないですにゃ……ドロシーさん……あっ!?」
「もう。ちゃんと、呼んでみてよ」
「…………ど、ドロシー……」
ドロシーは突然抱きついてきた。
「照れてるじにゃぴ、可愛さエグち!」
「はわわ……恥ずかしいからやめてください~……」
「にゃ、が取れてる~!」
「にゃー!!」
二人のじゃれ合いを見ていた親方が『ほれ、準備できたから乳繰り合ってないで早くしてもらえっかなぁ』と呆れていた。
工房では炉で金属を熱しながら、形を整える体験ができた。
ジリジリと肌を焼くような熱風に息を詰まらせながら、指先ほどの金属を作り出せた。
熟練の職人と違って形が歪んでいるが、それでも自分が作ったものだと思うと感慨深い。
「あーしもできた!」
「うぷぷ、ドロシーのも変な形だにゃ」
「不器用友達~!」
親方にお礼を言って、次は絵の工房だ。
こちらもドロシーの顔馴染みらしく、すんなりと体験させてくれることになった。
「さっき作った金属はアクセにするっしょ! そのためのデザインを描こー!」
「あ、アクセ? デザイン?」
「とにかく、自分の思い描くイメージをキャンバスにぶつけてみると上手くいくんじゃない? 知らんけど!」
指先ほどの金属だと、どんなアクセになるのかを考えてみた。
大きさ的に限られてくるだろう。
それに海賊服や海賊帽があるので、そこに干渉して見えなくなってしまうのも嫌だ。
そうなると、猫耳につけるイヤリング……は穴を開けるのが痛そうで怖い。
「うーん、イヤーカフスかにゃ~」
「あーしもそう思ってた。お揃っち! あ、でも……じにゃぴはどっちの耳につけるの?」
「右耳、左耳どっちがいいかにゃー?」
「じゃなくて、見えてる猫耳か、隠れている人間耳……って、人間耳はあるの?」
「そ、それは秘密だにゃ! イヤーカフスは猫耳につけるにゃ!」
スケッチを終えて、絵の工房の方々にお礼を言ってから次へ向かう。
やってきたのは彫金の工房だ。
ここでスケッチを元にしてイヤーカフスを制作しようと思っていたのだが、さすがに素人が行うのは難しい。
依頼という形にしてプロの彫金職人に作ってもらうことにした。
「できたにゃー!」
「めちょかわ!」
ジーニャスとドロシーはお揃いのイヤーカフスを付けていた。
市販の物よりは素人の工程が入ってしまったために質は落ちるのだが、それでも自分たちが作ったという気持ちが入っている。
それも友達と一緒に作ったお揃いとなれば喜びもひとしおだ。
「あっ、お金を払わなきゃだにゃ! 案内までしてもらったし、ここは私が……」
「ううん、今回はタダで良いみたい」
「にゃにゃ!?」
「あーしのパパは街のみんなに幸せになってもらうために、色々と充実させてるの。だから、じにゃぴが幸せになってくれれば、パパの目的も達成されるってわけ」
「にゃ~……立派な領主さんなんだにゃ~……」
「人の幸せは巡り巡って自分の幸せになる、ってよく言ってるからね! あーしは知らんけど!」
ドロシーが父親を語るときはとても嬉しそうで、大好きという気持ちが伝わってくるようだ。
知らんけどと言っているのは、きっと照れ隠しなのだろう。
「良いお父さんだにゃ」
「じにゃぴもお父さんを語るとき、嬉しそうだったから一緒っしょ!」
そう言われてジーニャスはニマニマしてしまった。
こんなにも気が合う相手は初めてだからだ。
楽しい時間は一瞬。
辺りが少しだけ暗くなり始めていた。
「あ、もう日が落ちかけてる。じにゃぴは今日どうするの? あーしの家に泊まりに来る?」
「うーん、さすがにそこまでお世話になるわけにはいかないから、宿を探すにゃ」
「そうだね、プライベートの時間も大事! オススメの宿を教えてあげるから、このメモのところに行くといいよ。あーしの名前を出せばサービス盛り盛りっしょ!」
「じゃあ、そこに行ってみるにゃ」
「また明日も案内してあげるから、宿で待っているように」
「あはは、拒否権はなさそうだにゃ~」
笑い合っていたのだが、急にドロシーが真剣な顔で言ってきた。
「あ、そうそう。外が暗くなったら危ないから出歩かないようにね」
「またゴロツキが出るのかにゃ?」
「違うよ。あんなのとは違う本当に恐ろしい存在が出るから……」
「お、恐ろしい存在……?」
「知らんけど!」
ドロシーは笑いながら、それじゃまたね、と黄昏時の中に消えていった。





