海賊娘、都会へ行く
まだ日が高い時間、ジーニャスは海賊帽を抑えながら馬を走らせていた。
ローズからの指示を受けて、ガンダーという街を偵察するためだ。
もし、ここの領主であるキリィ伯爵が〝ランドフォル〟という謎の存在の正体ならどうにかしなければならない。
キリィ伯爵の情報を持ち帰るか、もしくは倒してしまっても構わないだろう。
「神術を身につけた私なら余裕だにゃ!」
ムフーッとドヤ顔を晒していると、ガンダーの街が見えてきた。
現状のアルケイン王国的に、どれだけ寂れているかと思ったのだが――
「こ、これは……」
かなりの大きさなのだが、街並みは綺麗に整えられていて荒廃している様子とは程遠い。
しかし、街の中を通っている水路も、他と同じように汚染されているはずだ。
そんな場所は外面が良くても、住んでいる人間たちにとっては地獄だろう。
そう考えながら街の門までやってくると、王国軍とはまた違った独自の私兵らしき存在が守りを固めていた。
「ちょっと待ちな」
私兵は鎧を着ていない。
随分とラフな布の服装で、喋り方も砕けている。
帯びているのは曲刀のシミターだろうか。
白い髭に覆われた顔は古傷のせいもあってか凄みを帯び、全員がそんな感じだ。
どこか知っている雰囲気だが――
「にゃにゃ!? 私は全然怪しい者ではないですにゃ!!」
「普通の人間はそんなことを言わないぜ……。海賊か?」
いきなり正体を見破られてしまって、それどころではなくなってしまった。
「にゃっ!? 何を根拠にそんな!?」
「いや、だって服装が……なぁ……?」
ジーニャスはいつもの海賊帽に海賊コートだ。
「し、しまったにゃ!! 着替え忘れていたにゃ!! これじゃあ、街に入れてもらえないにゃ!!」
海では天才、陸では無能。
最近は忘れられていたが、それがジーニャスであった。
アワアワと慌てて無能っぷりを披露していると、私兵たちは明るく笑っていた。
「だはは! 別に海賊だからって街に入れねぇわけじゃねぇよ。厄介事を起こさなきゃ誰でも歓迎ってのが、うちの領主であるキリィ伯爵の御意志さ」
「そ、そうなんですかにゃ……?」
「それにそのツラ、まだ人を殺したことがないヒヨッコだろう?」
「い、いきなり物騒ですにゃ……。まぁ、間違いではないですけどにゃ……」
「そういうのは見りゃわかる。本当にヤベェ海賊ってぇのは、笑顔の奥にでも殺傷欲を隠しているような奴さ」
「さ、殺傷欲? 意味がわからないですにゃ……。もう通って良いですにゃ?」
私兵はコクリと頷いて門を開けてくれた。
「ようこそ、幸せの街ガンダーへ」
ゴゴゴゴ……と地獄の門でも開くような音で身構えてしまったが、そこから広がる景色は明るかった。
遠くから見えた街並みはカラフルなレンガ造りで、近くで見るとさらに美しく整っている。
それだけではなく、歩く人々もオシャレだ。
その人たちに対して呼び込みや、宣伝をする商人たちの声も商魂たくましく、賑やかさを見せている。
「ふぁ~……すごいにゃ~……」
歩いて行くと、その中でも一際目を惹く物があった。
それは街のそこかしこに芸術が溢れていたのだ。
絵画――画廊があるだけでなく、独特なニオイの画材屋があり、絵描きがキャンバスを立てて似顔絵を描いている。
工芸――工房で金属やガラスを、炉で輝かせながら作業をしている。
音楽――楽器を鳴らしながら隊列を組んで進む楽団が見える。
他にも本屋が並んでいたり、劇団のビラ配りのピエロがいたりした。
壁にも動物や神々が彫り込まれいるような工夫があったりとバラエティに富んでいる。
この街に溢れるエンターテインメントに、人々は楽しさを感じて笑顔を見せていた。
「なるほど……たしかに幸せの街ということだけはあるにゃ……。みんな幸せそうだにゃ……」
「もしもし、そこの綺麗なお姉さん」
綺麗なお姉さんという言葉に反応して耳がピクッと動いた。
たぶん自分ではないだろうけど……と思いつつも、声のした方へ向くと笑顔の少年がいた。
その視線は確かにこちらへ向いている。
「も、もしかして私のことですかにゃ……?」
「そうだよ。今まで見たことのないような大人びた美しさ!」
「にゃはは。もしかして内面から滲み出る大人の魅力が隠しきれなかったのかもしれないですにゃ~」
ジーニャスは一番言われたい言葉を向けられ、調子に乗っていた。
15歳ということもあって、普段は子供扱いされることが多いからだ。
「外からやってきた人? 観光?」
「まぁそんなもんですにゃ」
「もっと綺麗になれるアクセとか、魅力的な香水、高品質な化粧品を売ってるんだけど買っていかない?」
「観光客狙いの売り子さんですかにゃ~。少しくらいなら見てもいいですにゃ」
褒められて機嫌の良いジーニャスは、少年にホイホイ付いて行ってしまった。
そして気が付いたときには路地裏で待機していた男たちに囲まれ――。
「ひゃっはー!! 金目の物を出しなぁ!」
「幸せの街なのに、いきなり不幸せにゃー!?」
海賊のクセに古典的すぎる強盗に遭っていた。





