裸の付き合い(男×男、女×女)
「ふぅ、今日の風呂はまた格別だな」
「いやはや、さすがノアクル殿下。娘から聞いてはいたものの、まさかここまでのお力をお持ちとは……」
男湯に浸かっているのはノアクルと、アルヴァ宰相だった。
ノアクルは疲労が温泉に癒やされているのか、少しだらけながら顔を紅潮させている。
一方、アルヴァ宰相は役職が間違っているのかというほど身体が鍛え上げられており、勲章の古傷もあってか歴戦の勇者にしか見えない。
両者は、身体をまじまじと観察し合っていた。
「やっぱり昔と変わらずアルヴァさんの身体は、使い込まれた鋼鉄のバスタードソードのようだ……」
「ははは、どんな表現をしておられるのか! ノアクル殿下こそ、以前とは見違えるほどに鍛え上げられておりますな。顔つきも漢が上がり、よほどの死線を潜ってきたとお見受けします」
「ちょっと古代兵器で決戦魔術を使ってきたシュレドと殴り合ったり、死と再生の海神ディロスリヴの力を得た黒髭トレジャンと撃ち合ったりしたくらいだな……」
「胸が高鳴りますなぁ。こちらが十歳若ければ、一介の戦士としてお邪魔したいくらいですぞ!」
「わはは! だ、そうだ。ローズ!!」
ノアクルは、壁の向こう側の女湯にいるローズに大声で呼びかけた。
仕切られていてノアクルからは見えないが、ローズは羞恥心で震えながら顔を赤らめていた。
「お、お父様!! 年甲斐もないことを言わないでください!!」
「だってな~。オレ、敵と戦っている方が向いてると思うんだもん~」
「もう、変なことを言わずにしっかり宰相として働いてください! お母様に言いつけますわ!」
「そ、それだけは勘弁してくれ……。ごめん、反省する、娘よ、許してくれ……」
宰相としての顔ではなく、父親としてのアルヴァ。
その家族のやり取りを聞いていたもう一人――女湯に護衛として入浴しているステラはポカンとしていた。
「あ、あのアルヴァ宰相閣下が……」
「ステラさん、お父様のことを幻滅してしまいました?」
「ふぁああ!! ローズ様にお名前を覚えて頂いてるでありますか!?」
ステラは驚き、パシャッとお湯を跳ねさせてしまった。
すぐ近くに浸かっていたローズにもかかってしまう。
「うわああああ!! 申し訳ありません、ローズ様!!」
「あはは。じゃあ、お返し」
ローズは指で水鉄砲を作って、ステラにお湯をかけかえした。
褐色のグラマラスな胸に当たり、思いがけない状況になってしまう。
「ひゃっ!?」
「ほら、見習いとはいえ騎士様なんだから、やり返してくるといいですわ」
「で、では……お言葉に甘えて……えい!」
ステラもパシャッとお湯をかける。
白く美しいローズの水を弾く肌に飛び、幼い身体ながら絶対的な美を感じさせる。
女二人、キャイキャイと楽しむ声は隣の男湯まで響き渡っていた。
「ノアクル殿下」
「どうしました、アルヴァさん」
「もちろんローズを選びますな?」
「は?」
「大丈夫、年の差なんて時間が経てば解決しますぞ」
「え、えーっと……」
アルヴァはガシッと、ノアクルの肩を掴んで顔を近づけてきていた。
そのパワーは万力のようだ。
絶対にローズを選べという意志を感じる。
「お、俺はまだゴミ遊びが楽しくて、そういうのは……」
「親公認、お忘れなく」
「秒で忘れたい。強引にでも話題を変えようと今、心の中で考え始めた」
「ははは! 口に出ていますぞ!」
早急に新しい話題を考えなければ地獄の風呂が続いてしまう。
向こう側にはローズとステラもいるので、早くしなければならない。
――というところで思い出した。
「そういえば、シープ・ビューティーと俺が戦ってたとき、アルヴァさんは起きましたよね? アレはどうやって?」
アルヴァ宰相はキメ顔で返してきた。
「鼻の穴に指を突っ込まれてピンチを脱しましたぞ」
「は?」
しばらく理解できずにいたら、ステラが補足を入れてきた。
「そ、それはそのですね……。ノアクル王子で――」
「何度も言うがゴミ王子と呼べ」
「殿下、それはパワハラまがいですわ……」
呆れたローズの声が聞こえてくるが気にしない。
ステラの方は大真面目に、恐る恐る話を続ける。
ノアクルに対してだけならともかく、上官とその娘がいるからだろう。
「ご、ゴミ王子……様を起こしたときにコツを習得して、相手の魔力が通りやすいところに触れていれば何とかなりそうだったので……その……失礼ながら鼻の穴に指を入れて魔力経路を……」
「鼻の穴以外じゃダメだったのか?」
「それこそもっと無礼になるのでありますよ!!」
「粘膜……濡れてるところに直接か? 眼球……は痛そうだな。耳は奥深く過ぎて鼓膜を破りそうだ。あと失礼そうなのは――」
「あら、ステラ。のぼせたのか顔が真っ赤ですわ」
「く、唇だなんてステラはまったく――」
「そうか。あの場所か! アルヴァさんは鍛えていて、さっき脱いだときも見えたが引き締まっていたな!」
「脱いだとき……?」
突然、アルヴァ宰相は湯の中からザバッと立ち上がり、引き締まったケツをパシーンと叩いた。
「ははは! たしかに鼻の穴の方がいいな!!」
「なっ!? ちっ、違うでありますから!!」
「アルヴァさん、前、前。俺の顔の前にあるから静まってくれ」
「おっと、これは失敬!」
「子供の頃から見慣れているから構わないけど、これ絶対にローズが嫌がる展開だな……。おい、ステラ。ローズの表情はどうなっている?」
「……お伝えできないような感じです」
カオスすぎる会話が男湯と女湯に響き渡っていた。
「そういえば、ステラは何で一人だけ起きていられて、他者を起こすことができたんだ? 普通はしばらく眠りっぱなしなんだろう」
「ノアクル殿下。彼女には少し特殊な事情がありましてな……。さすがにこれは他人の口からは申すことはできず、よほど彼女の信頼を得ないと――」
それなら仕方がない、何か目の敵にされているようだし。と思ったのだが――
「ゴミ王子になら……その……特別に話してもいいであります……」
「え? 俺って嫌われてたんじゃ?」
「ま、まぁ多少は恩もあるので……多少は……。多少でありますからね!!」
「お、おう?」
言葉の意味がまったく理解できないらしいノアクルは、目の前のアルヴァ宰相に肩をパシーンと叩かれた。
痛い、普通にパワーがありすぎて痛い。
「ステラは双子で、ツァラストという目に入れても痛くない可愛い妹がいるであります」
「そんなことを話していたような」
「そのツァラストは、〝ランドフォル〟の〝生贄〟として連れ去られてしまったであります。そのせいで双子のステラにも、ランドフォルが与えたというスキルに抵抗できる力が宿ったのかもしれないであります」
「えーっと、ランドフォル? 生贄?」
「コホン、そこはこのアルヴァが説明いたしましょう」
たぶんアルヴァ宰相の方が詳しく話せる部分が多いのだろう。
それほどの相手なのだと察する。
「今回の件は我が兄であり、ノアクル殿下の父であるレメク王が乱心したことによって起きた……とされています」
「されている? どうせ、すべてあの父上が悪いんだろう。母上を殺した奴だしな」
「ノアクル殿下……あれは不幸な出来事で――」
「……」
「申し訳ありません、心中お察しします。しかし、私は幼い頃から兄弟として知っているので、さすがに不自然さを感じることが多いのです」
「ふんっ、アイツは不自然の塊だからな」
「私がこの国の宰相として残ったのも、それらを調査するため……」
たしかにアルヴァ宰相が家族を守るためとはいえ、腐敗したアルケイン王国を捨てなかったのは不思議だった。
「それで何か掴めたのか?」
「協力者もいたので、多少は……」
「ほう、聞かせろ」
ついアルヴァ宰相への敬語すらなくなり、海上国家ノアのトップとしての口調に戻ってしまった。
「どうやらこの件はレメク王だけでなく、共謀している者がいるようです」
「共謀……だと? 王である父上に意見できて悪巧みできる者などいるのか? それこそシュレドや、アルヴァさんでも無理だろう。そもそも外では複数人といる場合が多かったし、城では一人で部屋に籠もっていた」
「ランドフォルという名前が偽名の可能性もあります。外で自然に会える者ならば……」
「ふむ……。目星はついているのか?」
「接触回数が多い、ということで警戒していたのですが証拠不十分で尻尾も出さない者がいました。しかし……先ほど闘争したシープ・ビューティーが逃げ延びた場所が、斥候から報告されました」
「場所? そこがどうかしたのか?」
「その場所――町を統治する人物。キリィ伯爵が怪しいと思っています」
「キリィ伯爵……名前だけは聞いたことがあるな」
うろ覚えだが、たしか白い髭が特徴的で柔和な四十代の男だった気がする。
「うーん、まずいですわ……」
女湯の方からローズの声が聞こえてきた。
「どうした?」
「人手が足りなかったので、昨日の時点でジーニャスさんを調査に行かせてしまいましたわ……」
何かとても嫌な予感がしていた。
「まぁ優秀な方なので問題はないと思いますわ」
「……そういえばアイツ、海の上以外だと無能じゃなかったか?」
「あっ」
「ど、どうやら次の目的地が決まったようだな」
これにて八章は終了です。
次回から九章『幸せの街ガンダー』が始まります。
コミカライズがここまで進んだら、野郎共の風呂シーンが描かれてしまうのか……!?
そんなギャップから、ジーニャスはどうなってしまうのか!?
面白い!
続きが気になる……。
作者がんばれー。
などと感じて頂けましたら、下の方の★★★★★をポチッとして評価をもらえますと作者が喜びます!
「ブックマークに追加する」と合わせて合計12ポイント追加になります。
ぜひ、この作品を多くの人に広めるためにご協力お願い致します。
<(_ _)>ぺこり





