ノアクルvs睡眠欲シープ・ビューティー
起きた、というか起こされて寝起きは最悪だ。
どうやら目の前にいるステラが起こしてくれたらしい。
「す、すごい……スキルすら使わずに素手でダスト兵を……」
「俺は今、とても機嫌が悪い。あんな夢を見せてきたんだ、敵にも悪夢を見せてやらないとな」
久々に本気で怒っているかもしれない。
これからするのは八つ当たりというやつだ。
「ところで、ステラが俺の顔面を引っぱたいたから眠りから脱出できたんだよな? 凄い奴だな、感謝する」
「えっ、いや、その前に初めての特殊な儀式をしたというか何と言うか……」
「ほう? どんな?」
「き、企業秘密であります! ばかっ!!」
「ははは! なぜ怒られてるのかマジでわからん! 何かあったなら責任は取るがな! ……それじゃあ、ちょっと行ってくる。ステラはどこかに隠れていろ。人質に取られたら面倒だ」
部屋の外からダスト兵が大挙してきたところだった。
「また何かを飛ばして爆発させたり、槍を作ったりして戦うのでありますな!」
「いや、今はその気分じゃない」
「気分!?」
最初に倒したダスト兵の残骸に、スキル【リサイクル】を使いながら右拳を差し込む。
それは形を変えて、巨大なゴミのグローブへと変化した。
***
「さて、もーすぐダスト兵共がアルヴァ宰相を連れてくる頃ね。このウチ――シープ・ビューティーの前に!」
砦の外で大量のダスト兵に護衛された、モコモコの羊パジャマを着た9歳の少女――シープ・ビューティーが仁王立ちしていた。
彼女は勝ちを確信していた。
なぜなら、スキル【睡眠欲】は先手で仕掛ければ無敵の性能を誇るからだ。
多少時間はかかるが、広範囲の敵を眠らせて一方的に無力化できる。
そして、その眠りは普通に起こすことは不可能で、自身の睡眠欲を満たすまで起きない。
ショートスリーパーでも2~3時間、普通の人間なら8時間睡眠くらいはしてくれるだろう。
その間にアルヴァ宰相をダスト兵に殺害させればいい。
「ウチ、眠ってる相手を殺すのは小さいときからやってたから得意なんだよね」
目の下のクマが疼く。
起きているとフラッシュバックしてくる記憶。
親、売られ、施設、虐待、現実逃避、睡眠、仲間、貴族、戻らず、職員、地下室、苦痛、悔しい、無力、不眠。
「ランドフォル様がくれたこのスキル【睡眠欲】で、気に食わない奴はみんな眠らせてから殺せばいい……。でもさぁ……なんで〝アンタ〟たちが寝れて、ウチが寝れないのよォォォオ!!」
施設の大人たちは幸せそうな寝顔のまま死んだ。
生きて不眠症となったシープ・ビューティーは、不幸せそうな顔で起き続けなければならない。
寝ても悪夢のフラッシュバックですぐに起きてしまう。
「こんなクソな国なくなってしまえばいい……。そうすればきっとウチもスヤスヤ眠れるんだ……!」
ダスト兵に与えた指示は、最優先でアルヴァ宰相を見つけて首を持ってくること。
あとは可能性が低いのだが、外部からやってきた者がいた場合のために起きている者を殺す指示くらいだろうか。
他は時間を食ってしまうために何も指示していないが、アルヴァ宰相を確保したら寝ている兵士を全員殺すというのもいいかもしれないと考えていた。
負けることは考えていない。
圧倒的な有利さで、しかもダスト兵をまともに相手にできる者はいないのだから。
――しかし、そのとき砦の入り口から轟音が響き渡った。
「グッモーニン! とても楽しい悪夢を見せてくれてありがとうよ。お礼に今度は俺が白昼夢を見せてやる……」
「は?」
理解が追いつかなかった。
「だ、誰も起きているはずがない。それにノアクル王子は船の上から海に落ちて死んだはず。生きていたとしてもなぜここにいる!? なぜダスト兵をぶん殴って倒しているの!? あの手に付けているゴミの塊は何なのよ!!」
いくら強いスキルを持っているとはいえ、9歳の子供には理解が追いつかない。
「俺に全部答えられる時間はないな」
「そ、そうよね!! すぐにダスト兵に殺されちゃうんだから――」
「すぐに全滅させてしまうからな」
ノアクルは右手に装着されたゴミでダスト兵を殴り倒していく。
その攻撃で倒されたダスト兵は再生せずに機能停止していってしまう。
「ありえない……まぐれじゃないなんて……」
「そうだ、いいことを思いついた。左手にも装備すれば二倍憂さ晴らしができるな」
ノアクルは左手にもゴミを装着して、左右の手がゴリラじみていた。
そして、宣言通りに二倍のワンツーパンチを叩き込んでいき、ダスト兵の集団を壊していく。
金属片が周囲に散らばる。
「ご、ごめんなさい!! ウチが悪かったから許して!! 子供相手にひどいって~!!」
シープ・ビューティーは、顔を手の平で覆い『えーんえん』と泣いてみせた。
まともな大人なら子供相手に本気で戦えないだろう。
9歳だからできる見事な生物的根幹戦術だ。
しかし、チラッと手の隙間からノアクルを見るも――
「これは二倍殴れて楽しいな! ゴミを工夫すればもう少し効率を上げられそうか……!?」
「大人なのに聞いちゃいない!?」
シープ・ビューティーは、もういいと言わんばかりに大人ぶって宣言をした。
「あーあ、もう知らないんだから!! あんたなんて最初から目的じゃない!! どうせ今頃、ぐーすか寝ているアルヴァ宰相の奴をダスト兵が始末して――」
そのとき、主塔の最上階――アルヴァ宰相がいる部屋で爆音と共に壁が砕け散った。
勝ち誇ったシープ・ビューティーはそちらに視線を向けると、起きているアルヴァ宰相が次々とダスト兵を殴り飛ばしているところだった。
「はぁ!? なにこれ!?」
どうやらアルヴァ宰相の力が強すぎて、壁ごとダスト兵を吹き飛ばしているらしい。
彼はノアクルの姿を見つけると、心配の表情すら見せずに和やかに手を振ってきた。
「やっほ~」
「あんたも何のんきに手を振ってるのよ!? 何この王族たち!?」
「アルヴァさんは俺に護身術も教えてくれた人だからな、そりゃ強い。お前の睡眠なんか効かなかったんだろう。たぶん」
「こ、こうなれば勝負よ!! 真っ正面からダスト兵で押し潰してあげるわ!!」
シープ・ビューティーの護衛をしていたダスト兵も、一気にノアクルに向かっていく。
数十体はいるように見える。
物量作戦というやつだろう。
「これじゃあ、両腕の二倍だと対処しきれないな……。それなら三倍!」
ノアクルは右脚にゴミを装着――
「四倍だ!!」
左脚にも装着して、蹴りでもダスト兵を倒せるようにした。
元々耐久力が売りのダスト兵は、それを無効化してしまえばノアクルにとって敵ではない。
次々と残骸が積み上がっていく。
「飛び道具もいいが、こういう近接格闘もたまにはいいな! ふはは!! 見ろ、シープ・ビューティー!! 敵がゴミだぞ!!」
ノアクルは最後の一体を倒しつつ、そんなことを言った。
「って、あれ?」
その言葉を向けた先の相手は、すでに逃走していて姿を消していたのであった。
「ふーむ、真っ正面から俺と戦うというのはフェイクか。小さいながらも頭の良い奴だ。――だが、案内役にはなってもらおうか」
アルヴァ宰相が主塔の上から、逃げるシープ・ビューティーの方角を観測できる。
これで様々な情報を得られるだろう。





