孤軍奮闘、見習い騎士!
時は戻って、ノアクルとステラが砦に到着したあと――。
「なぜか脱がされてるし、しかも大切な鎧が~……!!」
ステラは体型的に、一般的な鎧が使えないのだ。
その大事な鎧をノアクルは球状にリサイクルして蹴りまくり、あげくに一般騎士の鎧サイズに戻してしまったというのだ。
女性のスリーサイズを考慮しない朴念仁である。
「ああ、でもアルヴァ宰相閣下とローズ様をお待たせしている……早く何か着なければならないであります……」
砦に案内されたあと、アルヴァ宰相だけでなく、ローズもやってきているということで呼び出しを食らっていたのだ。
ノアクルだけでなく、ステラも一緒なのは事情を詳しく聞きたいからだろう。
「ゴミ王子だけだと、まともな証言をしてくれるか怪しいですしね……」
そのために兵たちの装備が置かれている部屋に急いで駆け込み、せめて鎧ではなくても羽織るものを探していたのだ。
こんな下着のような姿は見せられない。
「うーん、羽織れるもの……マントは上司と会うのにはちょっとなぁ……」
実戦向きの装備だらけで、良さそうなものが見つからない。
ただでさえ装備不足というのもあってバリエーションがない。
悩んでいると、違和感に気が付いた。
装備調達に来ていた他の兵士が寝ているのだ。
「お疲れでありますかな。何かかけてあげ……って、あれ?」
一人だけではない、他の兵士たちが全員寝ているのだ。
異常事態だと気が付く。
「たしか……睡眠欲を司る敵がいたはず……。シープ・ビューティー!」
ステラは羽織る物を選んでいる場合ではなかったので、目の前にあったサーコートという、鎧の上にかける布を手に取って部屋を出た。
「この砦を攻めるとしたら、その目的は何か……アルヴァ宰相閣下であります! 主塔の最上階にある部屋に急ぐであります!」
走りながらバッとサーコートを羽織る。
何か布を装備しているという安心感はあるのだが、鎧の上に着る前提なので下着に細長い前掛けを付けているだけにも見える。
横から見ると色々見えて、かなり変態な気がするも、多少は胴体に防御力があるので贅沢は言っていられない。
頬が熱くなってきて羞恥心というものを感じ始めるが、通路や階段にいるのは寝ている兵たちなので問題はないはず。
「やば……」
通路で侵入していたダスト兵と鉢合わせになってしまった。
それでもこの道を通るしかない。
覚悟を決めて、大きく剣を振るってくるダスト兵に向かって全力疾走。
「でやぁ!!」
ダスト兵の足元にスライディング。
そのまま股下をくぐり抜けて走り去ることに成功した。
「い、今は鎧がなくて身軽で助かったかもしれないであります……。地面に擦ったお尻がヒリヒリして痛い……」
大きめな尻が削れて〝スライスハム〟みたいになったかもしれないと思い手で確認してみるも、パンツが破けていただけで済んだ。
死ぬほど恥ずかしいが背に腹は代えられない。
「見えた、無事でいて――」
アルヴァ宰相に割り当てられた主塔――もっとも頑丈な場所の最上階にある部屋だ。
そこのドアをノック無しで開けると、そこにはアルヴァ宰相がギロリと睨みを利かせて起きていた。
「の、ノック無しで失礼しました!! 緊急事態であります!!」
「……」
アルヴァ宰相は喋らない。
おかしいなと思ってよく観察すると、目を開けて座った体勢で寝息を立てていたのだ。
めちゃくちゃビビってしまった。
「お、起きるであります! アルヴァ宰相閣下!!」
肩を掴んで揺らしても起きる気配がしない。
部屋の中には以前見かけたことがある、ローズも寝ていた。
「むむむ……まずい。入り込んできているダスト兵の目的は間違いなくここであります……。付近に潜んでいるシープ・ビューティーをどうにかすれば解決しそうでありますが、ステラでは周囲のダスト兵すら倒すことができず……」
戦場では時間が何よりも優先される。
ここで悩んでいる暇はない。
「ああ、もう!! ここでダスト兵を倒せるのなんてゴミ王子しかいないであります!! 妹があんな目に遭ってる原因の一つだけど……今は頼るしかないであります!!」
ノアクルがいるはずの場所は、この主塔の三階下の貴賓室だ。
普通に階段で逆戻りしたら先ほどのダスト兵と遭遇する確率が高い。
「――それなら最短で!」
ステラは壁に飾ってあった蛇腹剣を手に取った。
これは『く』の字型の小さなブレードを、ワイヤーで大量に繋いでいるという特殊な武器だ。
使い勝手が難しいので、使用者はほとんどいない。
「とうっ!」
ステラは窓から飛び降りると、塔の上部に掘られているガーゴイル像に蛇腹剣を巻き付けた。
そのまま三階下まで振り子のように落下して、ノアクルがいる貴賓室のガラス窓を突き破った。
「ぎゃんっ!!」
ゴロゴロと転がって、壁にぶつかりようやく止まったので華麗にとはいかない。
「いたた……。でも、成功であります。妹のために色々な武器を練習しておいてよかったであります……」
大きな音を立ててしまったので、ダスト兵がやってくる確率が高い。
早くノアクルを起こさなければと焦る。
「いた! 寝てる!! 起きるであります!!」
ノアクルは今まで見たことのない幸せそうな寝顔をしていた。
「何を暢気に寝てるでありますか!! 大ピンチでありますよ!!」
広い肩幅を掴んで、必死に揺さぶるも起きる気配がない。
「くっ、シープ・ビューティーの睡眠欲は物理的に起きたりするほど甘くないでありますな……。たぶん、刃物をブッ刺して痛みで起こそうとしても無駄……」
外からダスト兵が徘徊する音が聞こえてきている。
時間はもうない。
「考えろ……。どうやって起こすか……」
そこで逆に気が付いた。
どうやって起こすか、というより、なぜ自分は起きているのか、と。
「ああ、そうか……。双子だから妹のツァラストと共有していて……。って、今はそんなのどうでもいい。重要なのはアイツらのスキルに特別な耐性があるということ! これをさらにゴミ王子に共有できれば!」
ステラは素手で直接、ノアクルの手に触れてみた。
「よし……ちょっと耐性を共有できてる感覚がある……。手同士でこれなら、顔……」
ステラは、ノアクルの顔に触れてみた。
意識して近くで見ると、王子だけあって驚くほどに整った顔立ちだ。
喋らないで寝ていると、かなりドキドキしてしまう。
「近い、もうちょっとで心に届きそう……。それなら……」
今度は額と額をくっつけてみた。
相当に魔力的な意味でも近くなったはずだ。
「少し……あともう少し……。微かに夢の中の声が聞こえる……! あとはもう――」
外からドアを壊そうとしている音が聞こえてきた。
本当に時間がない、躊躇したら殺される。
「ね、粘膜的接触しか!! 初めてのキスなんだから絶対に起きるであります!!」
瞬間、ノアクルの夢が一気に流れ込んできた。
それは優しくも、悲しい家族の夢。
自然と涙が流れてきてしまう。
「それでも起きろ、起きるであります……!!」
もう少しで起こせそうなのだが、ノアクル自身の眠っていたいという感情が強い。
過去に打ちのめされ、自分は必要とされていないという感情が伝わってくる。
「んなわけあるかー!!」
「ぶはっ!?」
泣きながら顔面を引っぱたいてやった。
「ゴミ王子は必要とされているであります!! たとえ、本人が誰にも必要とされていないと思っていても、ステラが必要としているであります! 世界中の誰からもゴミ扱いされたとしても、世界でたった一人かもしれないけどステラが……ビテノシエル・ズィーガ・アルケインの子――ノアクルを求めているであります!!」
一連の大声がトリガーとなったのか、ダスト兵がドアをぶち破ってやってきた。
「ひっ」
ダスト兵は持っていた棍棒でステラの頭部を強打しようとしたのだが――
「随分と乱暴な起こし方だな」
棍棒は拳によって打ち砕かれ、そのままダスト兵の顔面まで砕いていた。
それをやったノアクルは、手をブンブン振って少しだけ痛がっていた。
「起きた!!」
「ゴミ王子と呼べ。……まったく、母上の名前を出されたら起きるしかないだろう」





