ゴミを得たノアクル
ノアクルはダスト兵退治に向かったのだが、助けに間に合いそうになかった。
そこでピュグが持たせてくれた黒い特殊ベストを使ったのだ。
その名も〝ダストボックス〟。
これは死者の島で発掘された闇鉱石が使用されている逸品だ。
複数装備されているポケットにゴミが入っているのだが、スキル【リサイクル】で抽出した術式が刻まれているらしく、見た目より多くゴミが入る気がする。
しかも、ゴミを入れておくと編み込まれた闇鉱石の効果で神気を纏わせることができるというのだ。
先ほどのダスト兵は普通の攻撃では倒せないとは知らなかったため、偶然とはいえ神気を纏ったゴミを相手の近くで弾けさせて破壊できた。
「ククク……。色んなゴミを入れてきたから楽しく使わせてもらうぞ……!」
ポケットから神気を纏ったくず鉄を投げた。
ノアクルが身体強化して投げたそれは尋常なスピードではなく、目に見えないほどの残像を残しながら薄いカミソリの刃に【リサイクル】された。
見習い女騎士の頭上ギリギリをかすめ、ダスト兵を真っ二つにしていた。
「ぴゃっ!? ゴミ王子、ステラごと殺す気でありますか!?」
「ステラって、お前の名前か?」
「そ、そうであります。ステラはステラであります」
「腰を抜かして動けないから、俺の攻撃の巻き添えにはならんだろう」
「うぅ~……!! ゴミ王子めぇー!!」
「何やら愉快なやつだな。それはそうと、そっちの出血している王国兵は早く治療してやらないと不味いな」
ステラと名乗った見習い女騎士はハッとしてから、嫌そうな表情で懇願してきた。
「ステラは動けない……。だから、早く隊長を村へ運んで治療してやってほしいであります……。頭ならいくらでも下げます……この通りであります……」
「俺が?」
「ほ、他に誰がいるでありますか! 何でもするでありますから!!」
「嫌だね」
「はぁ!? いくらゴミ王子でも、そこまでゴミだとは思ってなかったであります!!」
「ゴミゴミと褒めすぎだろう」
「褒めてないであります!! ……なんで……なんで私たちははいつも貴族たちに酷い目に遭わされなければ……」
ステラはポロポロと涙を流し始めてしまった。
何か誤解があるようだ。
「そろそろ気が付け。俺が隊長とやらを村へ運んだら、お前は死ぬぞ……目の前からやって来てるダスト兵の大軍に押し潰されてな」
「え?」
ステラは眼をパチクリしたあと、ようやく状況が理解できたようだ。
先ほどのダスト兵一体は、ただの先兵だったのだ。
本体としてダスト兵の大軍が迫ってきている。
「そ、そんな……これじゃあ……」
「そこで呆然としているシュレ……じゃなくて、ライト。お前は隊長を村まで運んで治療をしてやれ」
「は、はい。それはいいですが漂流者さんは?」
「ゴミ漁りの時間だ」
「ご、ゴミ……漁り……うっ……」
綺麗なシュレドはなぜか頭を押さえたのだが、ブンブンと首を横に振ったあとすぐに隊長をおぶって村の方へと走り去っていった。
残されたのはノアクルとステラだけだ。
「ど、どうするであります!! ただでさえ強いダスト兵なのに、あんな数に勝てるはずがないであります!!」
「ククク……フフフ……」
「死を目前にして頭がおかしくなったでありますか……さすが狂人ゴミ王子……」
「フハハハハハ!! これが笑わずにいられるか!! 死者の島で我慢していたが、やっとゴミで楽しめるのだ!!」
「はぁ……? やっぱり頭がおかしく――」
直後、ステラは言葉を失った。
ノアクルはスキル【リサイクル】を使って、最初に倒したダスト兵をゴミと認識して、鋭利な大槍へと変化させたのだ。
それがダスト兵3体ほど貫き、その行動停止したダスト兵をゴミと認識してさらに三本の大槍を作り出し――その行動を繰り返していった。
その場に響くのは大槍が貫き続ける破壊音と、ノアクルの無邪気な大笑いだった。
「フハハハハハハハハハハハハハハ!!」
「な、ななな……なにこれ……。あのダスト兵の大軍が一瞬にして……」
ノアクルの目の前には動かない大量のゴミが落ちているだけとなった。
***
「命に別状はないようだな」
「はい、ノアクル王子のおかげで助かりました。本当に感謝をいくらしても足りません」
村の小さな診療所で、腹に包帯を巻いた隊長はひたすらお礼を言っていた。
今回はノアクルの咄嗟の判断によってシュレドが隊長を急いで運び、動けなかったステラも助かった。
現在は隊長のベッドをノアクルやステラ、村人たちが囲んでいる状態だ。
「『ノアクル王子』……か。久々にその呼ばれ方をした気がするな」
最近は『ノアクル』と名前だけで呼ばれることも多いし、頑固なローズでも『殿下』呼びだ。
堅苦しいのはあまり好きではなく、表情に少し出てしまったかもしれない。
「な、なんでゴミ王子がアルケイン王国に戻ってきてるでありますか!!」
ステラに、ビシッと指差しされながら言われてしまった。
大慌てで隊長が声をあげる。
「お、おい!! 見習い、失礼だぞ!!」
「だって……だってコイツが第一王子のくせに好き勝手して、何もしないから貴族たちは腐敗して……こうなったのも全部ゴミ王子のせいだってみんな言ってたでありますよ!!」
隊長は殺意を内包した表情になり、立て掛けてあった鞘から剣を抜いていた。
切っ先がステラの首に向けられる。
「命の恩人に対しての暴言、首を落とすことになるぞ?」
「ひっ」
ステラは顔を背けようとするも固まってしまって動けなくなった。
まるで蛇に睨まれた蛙だ。
ノアクルは見慣れた光景だと言わんばかりに、手で『くだらない、止めろ』と合図をした。
「ノアクル王子が、そのようにお望みになるのなら」
一命を取り留め、気の抜けたステラはペタンと座り泣き出してしまった。
「だ、だって……だって……ステラも妹のツァラストもコイツがいなくなったせいでどれだけ苦労したかぁぁぁ!!」
「な、なんか事情は知らないがすまん。アルケイン王国にいた頃の俺の力が及ばなかったのも事実だしな」
それを聞いた隊長が慌ててフォローに入る。
「い、いえ!! ノアクル王子は悪くありません!! 私は王子を何度か遠くからお見かけしたことはありますが、周囲の人間は腐敗した貴族の手がかかった者たちばかりでした……!!」
「ほう、そう言われたらお前は見覚えがあるような……」
「ノアクル様が出所不明の資源や、ゴミの問題を指摘するも理不尽に却下され……。護衛の王国軍でさえ、賄賂をもらった輩で、同じ兵として歯がゆく……!! 私の上司のアルヴァ宰相閣下も心を痛めておりました……」
「アルヴァさんのところの兵か。あの人は元気か?」
「はい、現在の王国軍を指揮しています」
「なるほど、それでこんなまともな行動を王国軍が……」
腐敗した王国軍で特に思い出すのは海軍のウォッシャ大佐だ。
マリレーン島での出来事以外でも、たまにジーニャスから思い出話でろくでもない逸話を結構聞かされる。
ただ海軍育成の手腕だけは確かなようだった。
実際、ジーニャスほどではないが次席のミディ・オクラという少年もなかなかの腕前だったとか。
――と、そんなことを考えていると強めの視線を感じた。
「なんだ、まだ俺に言いたいことがあるのか、ステラ。謝罪程度ならいくらでもしてやるが、そんなもので現状は解決しない。何の役にも立たん。まだそこらへんに落ちている枯れ葉でも拾った方が燃料として使えるぞ」
「違う……」
「何が違うんだ? 枯れ葉じゃなく、石で芋を焼く派か? どちらも現地にある資源を有効活用した素晴らし――」
「違うであります!! ステラが知っているゴミ王子とは全然違うであります!!」
何かすごい剣幕で、理不尽に怒られている気がする。
「知っていると言われても、俺はお前と面識がないしな。何で俺を知ったんだ?」
「それは……その……噂とかで……」
「噂?」
つい鼻で笑ってしまった。
「み、みんなが言ってたし……」
「人は立場によって利害関係も違うし、そういう人間が集まれば作られる人物像なんて創作物と変わらないだろう。リサイクルすらできない、使えないゴミだな」
「わからない……わからないでありますよ!! 何が嘘か本当かだなんて!! こんな現状で、誰を恨めばいいでありますか!!」
ついに我慢できず、大笑いをしてしまった。
「ふはは!! だから、この俺――ゴミ王子ノアクルの言うとおりにアルケイン王国のゴミの有効利用や、不自然すぎる資源の出所を探っておけばよかったのだ!! 国民のおまえら、ざまぁみろだな!! もう遅いってやつだ!!」
「なっ!?」
驚きの顔を見せるステラに対して、ノアクルはスッと真顔に戻った。
「――とでも言えば良いのか? さすがに俺でも空気は読むぞ。たとえばポンコツでも家族のために頑張ってる奴に対しては、な」
「こ、この……」
ステラは悔しそうにするが、言い返すことができない。
それまでの作り上げられたイメージと違って、間違いなくノアクルが善人だからだ。
人としても、王としても器が大きい。
ただ――。
「この性格ゴミ王子ー!!」
「ふはは!! 褒められて嬉しいぞ!!」
「褒めてないであります!!」
なぜかステラが涙目で睨んできているが、特に気にしないことにした。
そんな賑やかなやり取りをしていると、隊長が申し訳なさそうに会話に入ってきた。
「ノアクル王子、会話の途中ですが申し訳なく……」
「うむ、気にするな」
「見習い騎士ステラ、貴様に重大な任務を与える」
「りょ、了解であります! 何なりとお申し付けください、粉骨砕身で挑むであります!」
「ここから東にある王国軍の砦へ向かい、ノアクル王子をアルヴァ宰相閣下のところへお連れするのだ。私は動くことができない、単独での護衛だが頼んだぞ」
「えっ!? こんなゴミ王子を護衛!?」
「ふはは!! 楽しい道中になりそうだな!!」
「ぜんっぜん楽しくないでありますー!!」
そんな態度のステラに対して、隊長は座った眼で言ってきた。
「見習い騎士ステラよ……次にノアクル王子に失礼なことを言ったら本当に首を跳ね飛ばさなければならんぞ……」
「ぴぃっ!?」
「なんだ? 楽しい会話をしているだけじゃないか」
「……ノアクル王子がそう仰るのなら構いませんが」
震え上がるステラの黒髪を、べしべしと叩いて緊張をほぐしてやった。
普通に部下の異性にやったら問題がありそうだが、今はこれくらいアピールしてやらないと隊長が本当にステラの首をはねる可能性もある。
ステラが髪を直し、赤面しつつ耳打ちしてきた。
「お、お礼は言わないでありますよ……。ゴミ王子……」
「なに、気にするな。お前は褒め上手だから気に入っただけだ」
「……何か別ベクトルでヤバい人でありますな」
また褒められてしまった。
ポンコツだが、部下にするなら最高の人材かもしれない。
最近は誰もゴミ扱いしてくれないし、シュレドがゴミゴミ言ってきたのを懐かしく思ってしまうほどだ。
「ん? そういえば、シュレ――じゃなくて、村人のライトがいないな」
それを聞いた村人の一人が答えてくれた。
「ああ、ライトならそちらの隊長さんを運んできたあと、世話になったと言って村を出て行ってしまいましたよ」
「そうか……。あいつから目を離すとロクなことにならないとは思うが、まぁ記憶喪失だし大丈夫か。何かの拍子に記憶でも戻らない限り問題はない」
このときはまだ、特大のフラグを立てたことに気が付いていなかった。





