どっこい生きてた最悪の相手
「シュレド……とは、どなたですか? もしかして、私の名前ですか?」
「は?」
シュレド? はニッコリと純真無垢な笑顔を見せながら困っていた。
「どうやら私、記憶喪失のようでして……」
「き、記憶喪失?」
「はい。私も以前、ここに流れ着いたんですよ、記憶喪失で。同じところに流れ着くのは海流の関係かもしれませんね。あ、それで村の方々に拾って頂き、今では村人として一生懸命働いて恩返しをさせて頂いてます」
あまりのシュレドの豹変っぷりに、思わず口をポカンと開けてしまう。
あの絵に描いたような悪徳大臣だったり、パルプタの住民を人間とも思っていないなかったりするヴィランのシュレドまで存分に見てきたからだ。
何というか綺麗すぎる。
まだ別人と言われた方が信じられるのだが、結構長い付き合いなので残念ながら本人だとわかってしまう。
というか、あのパルプタからボロボロの状態で落下して生きているとは悪運が強すぎる。
決戦魔術で力だけでなく、生存本能まで強化されていたのだろうか?
「それで、シュレドというのは私の名前なんですよね? どんな人間だったんですか?」
「そ、それは……」
話を聞く限り村人とも仲良くやっていそうな綺麗なシュレド、それをやぶ蛇で記憶を呼び覚ましては面倒なことになってしまう。
ただでさえ海に放り出されて、海岸で目覚めて孤立している最中なのだ。
いきなり敵が増えてはたまったものではない。
それに綺麗なシュレドのままならアルケイン王国の現状を聞き出せるだろう。
どうするかの方向性が決まった。
「すまん! 目が覚めたばかりで気が動転していて、お前がシュレドというのは勘違いだった!! 別人だ!!」
「そうですか……残念です。過去を知ることができれば、もっと村の皆さんのお役に立てるかもしれないと思ったのですが……」
本気でシュンとして肩をすくめる綺麗なシュレドを見て唖然としてしまうが、ツッコミを入れてはいけない。オメェそんなキャラじゃねーだろ、と。
「さて、こんなところで話すより、きちんと身体を休めた方がいいと思います。村まで案内しますよ」
「あ、ああ……」
綺麗なシュレドは、立ち上がる時に手を貸してくれた。
普段なら絶対にこんなことはしないので違和感がすごい。
そのまま紳士的にエスコートをしてきて、所作が綺麗すぎて舞踏会か何かかと言いたくなる。
ただし、格好が普通の村人だ。
しばらく歩くと、小さな村に到着した。
大昔は漁村だったのだろうが、アルケイン王国の海にゴミが溢れてからは廃業したのだろう。
資源も無限に湧き出るような勢いで供給されていたし、まともに漁をする意味もなかった。
いや、その割には寂れて貧しい雰囲気を漂わせている。
なぜか村人も痩せ細り、腹を空かせている子供たちがカビたパンを取り合っていた。
アルケイン王国なら、どんな小さな村でも資源供給が豊富だったはずだ。
「サルファン村へようこそ」
「サルファン村……たしか王都から西にある海沿いの村だったな」
「おや、ご存じでしたか」
そこで気が付いてしまった。
アルケイン王国内なら、小さな村でもノアクルの顔が知られている可能性がある。
情勢がどうなっているのかわからない状態で接触してしまうのはマズかった。
そう思っている最中に、村人に気付かれてしまった。
「お、ライト。海岸のゴミ漁りから戻ってきたのかい。って、その人は?」
「私と同じように流れ着いていた漂流者さんですよ」
「そりゃいけねぇ、すぐに休ませてやんな。あとでライトの家に精の付く食べ物を持って行ってやるからよ」
「この食べ物が少ない中で感謝です」
ライトと呼ばれた綺麗なシュレドはお辞儀をして、村人の方は立ち去ってしまった。
たぶんシュレドは自分の名前が思い出せなくて、ライトという名前になったのだろう。
流れ着いたときは髪の毛がなくライトみたいなピカピカのスキンヘッドだった……だからかもしれない。
いや、そんなことより、村人はこちらを見ても何も言ってこない。
想像では『ノアクルだ!! 追放王子! 呪われ王子!!』という感じで罵声を浴びせられると思っていたからだ。
ここまで来ると、もう罠としか思えないレベルだ。
もしかしたら、案内される家の中に伏兵が待ち構えているかもしれない。
そんな中、一軒の家の前に到着した。
「どうしたんですか? つきましたよ。狭い家ですが、どうぞおくつろぎください」
綺麗なシュレドが家のドアを開けると、そこには――。
「き、綺麗に使ってるな」
清貧という言葉が相応しいくらいに必要な物しか無い、質素な家だった。





