コミカライズ記念幕間2
それはいつものようにノアクルが、ローズの座学から逃げているときだった。
「ん? これは……?」
海上都市ノアの端っこに引っかかっている漂流物を発見した。
それはある意味見慣れていて、見慣れていない物だ。
つまり古代技術で作られた装置……が壊れてゴミになった物に見えた。
「〝ゼノン〟とうっすら書かれているな……。つまり以前と同じような古代技術のゴミか」
――となるとノアクルが取る行動は一つである。
「ククク……座学をサボっている最中のリサイクルが一番楽しいな! 世の中にはやれ食欲だの、恋愛だの言っている輩もいるが、そいつらの気持ちがまったくわからんな!」
元から狂人気味だったところはあるが、旅を続ける内にさらに拍車がかかって狂人レベルが上がってしまったノアクルの発言であった。
――しかし、まさかこの発言内容が手の平クルックルするとは思わないのであった。
「よし、【リサイクル】っと……。出来上がったものは箱のような装置か? 表面に彫り込まれている図からして、スイッチを押して開ければいいのか」
狂人であるノアクルも、【リサイクル】したあとは冷静だ。
さすがに効果がわからないのにスイッチを押して、箱を開けるという無謀なことはしない。
「殿下~!? どこですの、殿下ぁ~ッ!?」
「うおっ、ローズの声が!? あ、やば……スイッチを押し……」
遠くから聞こえるローズの声に驚いてしまい、その拍子にスイッチを押してしまったのだ。
運が悪いことに箱を倒してしまい、蓋まで開いてしまった。
そこからもくもくと煙が出てきて、急いで息を止めたのだが少量吸ってしまった。
毒ガスだったらマズい。
……と思ったのだが、箱の中身に何か書いてあった。
「なになに……『これは恋愛感情を3000倍にする装置です。夢のような数時間の体験をお楽しみください』……だと!?」
頭のおかしい説明文だ。
この煙を吸うと恋愛感情が高まるということだろうか?
だが、自分に限ってそういうものは皆無だと自覚しているので問題はない。
「もう、殿下はどこにいらっしゃるの……。殿下のためを思って、座学の内容もきちんと考えてきているのに……」
(お、俺のことを想ってだと……!?)
ノアクルは隠れながら、ローズのことをチラッと覗き見た。
そこには国一番と言って良いほどの金髪碧眼の美少女がいた。
(うおお!? なんだこれは……。俺の目がおかしくなったのか? いや、待てよ……。確かに冷静に考えればローズは整った顔立ちだったな……。もしかしてガスのせいで……? これが一般人視点から見るローズなのか……?)
頭の中が混乱してしまうが、何かヤバいというのは本能がアラートを鳴らしてきている。
(俺のことをあんなに想ってくれるローズのことが世界で一番愛おしい……。いや、おい、待て止めろ。どう考えても、この流れはマズい。ローズはまだ11歳だぞ。そんな相手と恋愛関係になろうだなんて犯罪だぞお前……!? というか正気を失っている!!)
自分の拳で顔面を殴りつけて、一瞬だけだがまともな思考を取り戻せた。
「何か音が? 殿下?」
急いでその場から離れたのであった。
***
「うおお……! これはマズい……。今までのどのピンチよりマズい……!! 下手に本能に従うと人間関係というか、海上都市としての機能まで壊れる可能性があるぞ……!!」
ローズと恋愛関係になったと仮定しよう。
11歳と付き合う事になるのだ。
さすがに人間としてそれはヤバすぎるだろう。
威厳も何もない。
それにある意味〝職場でカップルが成立する〟とロクでもないことになるイメージしか無い。
アスピからは死ぬほど気を遣われるだろう。
「さらにジーニャスなんかは……」
「私がどうかしましたかにゃ?」
「うおっ!? 可愛い声!? 良い匂い!? フワフワの耳と尻尾!? ジーニャスか!!」
「え、ノアクル様。急にどうしたんですにゃ……? なんか普段と反応が違うというか……」
これもマズい。
そういえば忘れていたがジーニャスも海一番の美少女だった。
距離感も、主従関係のあったローズより、ずっと近い気がする。
猫獣人ということもあって、その耳や尻尾も可愛い。
海賊服もギャップがあって可愛い。
不思議そうに首を傾げている姿も可愛い。
世界で一番、いや、宇宙で一番可愛い海賊少女――。
「うおおおお!! 死ね俺ェッ!!」
「ぎゃー!! ノアクル様が急に自分で自分を殴ったー!?」
ナイス脳震盪。
これだけが俺を正気に戻してくれる。
「な、なに……気にするな、ジーニャス……」
「いやいや……普段からおかしいノアクル様ですが、今日はさらにおかしいですにゃ……。熱でも――」
ジーニャスの小さくて可愛らしい手が、おでこに近付いてくる。
「ジニャアアアアアアスゥゥゥ!! 本当に何でもないからな!! ではさらば!!」
「えぇ……?」
その場を脱兎の如く走り抜けるのであった。
***
マズい、非常にマズい。
どんな女性に会っても、たぶん運命の相手のように魅力的に見えてしまうだろう。
もしかしたら、中性的な顔立ちの人間形態アスピですらマズいかもしれない。
効果は数時間らしいので、こうなったら部屋に籠もって過ごすしかないだろう。
そう思い自室に戻ってきて、ベッドに潜り込んだ。
「まさかこんなことになるとは思わなかったが、丁度ベッドを改良して寝やすくしていた甲斐があったな。これならぐっすりと寝て数時間経過させて終わりだ……!」
一件落着と思いきや、部屋の扉がバキッと開けられた。
そこにいたのは眠たげな表情のムルだった。
ちなみに変な音がしたのは、ムルが馬鹿力で鍵をぶっ壊したからだろう。
「げっ、ムル……なんでこんなところに……」
「ノアクルが新しいベッドを改良したって聞いた~」
「……」
ベッドを改良したタイミングは最悪だったようだ。
また今すぐに逃げようかと思ったが――。
「それじゃ~、おやすみ~」
ムルは一緒のベッドに入ってきて、すぐにスゥスゥと寝息を立て始めた。
「寝た……のか?」
寝てくれたのならありがたい。
そして、考えようによってはこの場から立ち去るよりも、このままでいた方が安全かもしれない。
ムルは寝ているのだから何もアクションを起こしてこないし、もし起きたとしてもムルはノアクルに対して恋愛感情を抱かせるような言葉を発してこないだろう。
ようするに誘惑というものがないのだ。
「よし、これなら……」
しかし、気付くのが遅かった。
ムルは他の女性と比べて――。
「こ、これは……!?」
ナイスバディだったのだ。
その豊満な胸は、遙か遠くの国にあるという登頂不可能な山脈を思わせる。
ローズやジーニャスとは比べ物にならない力強さだ。
まさに大自然の驚異だろう。
これに抗えるのか?
いや、今のノアクルには難しい。
速攻で逃げだそうと思ったのだが――。
「う~ん……枕~……」
ムルが何かと勘違いしたのか、ノアクルの腕を枕にしてしまった。
しかも脚で絡みついてきているのだ。
ムルの太ももは鍛え上げられているにもかかわらず、柔らかい感触をムニムニと伝えてくる。
ハーピーからは逃げられない。
(ぐわあああああ!? 離せ止めろ俺が俺でなくなってしまうううう!!)
本当は大声を出して起こしたかったのだが、そうしたら別の人間が来てしまう可能性がある。
必死に成人男性としての力で抵抗しても、ハーピーの方が強くてどうにもならない。
その人外特有のまつげの長い美しすぎる顔が近いだけでなく、身体が密着して身につけている物がズレて、しかも豊満で柔らかい胸が身体に――。
(ああああああああああああ!? 止めろおおお!! 俺はまだゴミが恋人なんだああああああああ!!)
ノアクルは超人的な理性を発揮し、数時間耐えることになった。
***
「う~ん……。よく寝た~、幸せだった~。って、ノアクル、まだ寝てるの~?」
白目で気絶しているノアクルを、ムルは指でつついた。
「あ、そうだ~。何か腕枕が良い感じだったから、また一緒に寝ようね~? それじゃ~ね~」
ムルはアクビをしながら部屋を出て行った。
こうしてノアクル最大の危機は去ったのである。
……ちなみにもう腕枕は懲り懲りなので、新開発の枕を作るのはまた別の話。
というわけで、こんなムルの添い寝ネタをリクエストしてきたフミキチ先生が描く、コミカライズが開始されました!
配信場所は漫画サイト『WEBゼノン編集部』です!
そちらもよろしくお願いします!
(これ一話へのリンク貼っていいのだろうか……?)





