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まさかのための要員

 結局のところ、物語は山の向こうの悪いオークを退治に行く勇者の話で、つまり異世界版桃太郎だった。


「桃太郎って」


 全然嬉しくない私である。それよりも、小さいとはいえかなりの数の瘴気があったほうが問題だ。


「おばあちゃん、よくあることなの?」

「いやあ、いつもは一年に一度神官様がお祓いに来てくれて、そのくらいで済むんだけどねえ。なにしろ魔王が出ちゃったからねえ。『魔王一年、瘴気一生』ってことわざもあるくらいだよ」


 どうやら魔王は一年我慢すれば国が何とかしてくれるが、瘴気は一生付き合わなければならないということわざらしい。


 魔王が異常気象か何かのような扱いだが、魔王のせいでいつもより瘴気が多いうえ、神官の数が足りずこんな状況のようだ。


「魔王を倒して終わりってわけじゃないんだ」


 私は少なからずショックを受けた。


「そんなもんだろ。神官の数も増やして対応しても間に合わないでかい奴が必ず出てくる。だからこそ、早めに勇者を育てるんだしな」


 そしてその勇者は、その時しか役に立たない。魔王を倒したら勇者はどうなる? 運命の人と出会い、幸せに暮らしました?


 ハワードのその言葉にも、レイは表情を変えなかった。


「レイは」


 私は言いかけて止まった。何を聞くつもりだったんだろう。レイはそれでいいの? この先どうするつもりなの?


「私は」


 応えるとは思わなかったレイがたんたんと言葉を発した。


「魔王の登場はおよそ50年に一度。勇者の役割も一生に一度。残りの人生は、まさかの時のために捧げる」

「それって」


 レイのこれからの人生は、万が一にもまた魔王が発生した時のために飼い殺しということだろうか。ハワードがあきれたように両手を広げた。


「ちげーよ。たった一回の使命のために人生を捧げる。だからこそ、国にできる範囲で勇者の望むことをかなえるんだ。贅沢な暮らしでもなんでもな。崇高な使命を果たした英雄。勇者に選ばれることは俺たちにとっては憧れなんだよ」


 私は思わずアヤカと目を合わせた。私が女性だからだろうか。その人生がそれほど良いものにはおもえないのは。


「お城で、毎日訓練をして、まさかの時にそなえるってこと?」

「そう。今までと同じ。変わらない。でも、これからはコトネがそばにいる」

「な!」


 断ったはずなのだが、なぜかレイにはまったく響いていないし、周りの人にも響いていない。どうにももどかしい。それなのに更なる難題が降りかかった。


「コトネ姉さん、私はどうしましょう」

「な?」


 先ほど同じ疑問で目を合わせたアヤカが、今度は途方に暮れた目をしている。


「姉さんを逃がすこととか、姉さんと一緒に任務に出ることだけを考えていて、自分がこれからどうするかを考えていませんでした。私もまさかのための要員なんでしょうか」


 レイがまさかのための勇者なら、聖女もまたその時にいなければいけないということになる。


「それは」


 どうなんだろう。私は自分のことばかりで、アヤカがこれからどう暮らすのかなんてちっとも考えていなかった。アヤカは私のことをこれほどまでに考えてくれていたというのに。


「アヤカは王子と結婚するんじゃないのか?」

「はあ? お断りですよ」


 ハワードに秒で答えるアヤカである。確かにアヤカはともかく、王子のほうはアヤカに気があるそぶりだった。


「そもそも奴には婚約者がいますからね」


 王子を奴とか言ってよいのかと突っ込みたいのを我慢する。


「でも代々の聖女は確か王家に嫁いだはずじゃあなかったか?」

「婚約者の間に割り込むとか、とんだクソヒロインじゃないですか。私は悪役令嬢大好き派なんですよ」

「いや、何言ってるんだお前」


 まったく興味がなかったので知らなかったが、王子には婚約者がいたらしい。それならアヤカにとってそもそも対象外であるというのも理解できる。


「私だって落ち着いたらもう用なしになるだろうし、ハワードと結婚してハワードについてあちこち旅をしようと思っていたのに、城から離れられないとかあんまりじゃないですか」

「え、俺?」


 どさくさに紛れて告白までしてしまっている。意外と策略家だと思っていたのだが、そもそも王子のお相手としか思われていないと知って切れたらしい。


「それともなんですか。ハワードにも婚約者がいるとでもいうんですか」

「いや、そんなもんいやしねえが」

「じゃあ私だっていいじゃないですか。けっこうお勧めですよ。かわいいし性格もいいし、若いし」


 若いしはちょっと余計である。


「かわいいはかわいいが」


 急なことにちょっとたじたじのハワードではあるが、一息に断らないということは多少なりとも脈ありということではないか。私はドキドキして二人を見守った。


「私、ちょっと頭を冷やしてきます」


 アヤカは席を立つとおばあちゃんの家の外に走り出ていった。


「お、おい。困ったな」

「困ってないで追いかけるべきだ。夜に女性一人は危ない」

「そ、そうだな」


 レイの冷静な指摘でハワードも席を立った。


 残されたのはにこにことしたおばあちゃんとおじいちゃんと、私とレイである。


 何となく気まずいのは私だけだろうか。


「コトネ」

「は、はい?」


 レイが突然私に話しかけてきたので驚いて椅子から飛び上がりそうになった。


「私はけっこうお勧めだと思う」


 唐突に何を言い出すのか。


「ええと、なにが? アヤカ?」


「違う。私だ。コトネ」

「はい」


 その真面目な声に思わず背筋を正す。


「私は、よく顔がいいと言われる」

「はい」

「性格も素直だ。年だってコトネと釣り合っている」


 二つ年下だが、確かにそのくらい大した違いではない。


「私だっていいはずだ。違うか?」


 違わない。違わないけど、ここではいと言ったらいけない気がする。


 当然、その場から逃亡したよね。



筆者の他の小説も紹介します。

「転生幼女はあきらめない」幼女が頑張るお話。毎週月曜日更新です。

ここからは切りのいいところでまとまっているお話です。

「転生少女はまず一歩からはじめたい」少女がマイペースにのんびり暮らすお話。

「異世界でのんびり癒し手はじめます」優しい保護者に大事にされて暮らすお話。

「聖女二人の異世界ぶらり旅」友だち二人で異世界転生。

「この手の中を、守りたい」異世界で親を亡くした転生少女が仲間と一緒に楽しく頑張るお話。

他にもあります! この下の作者マイページから飛べますので、興味があったらどうぞ!

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>「そう。今までと同じ。変わらない。でも、これからはコトネがそばにいる」 >「な!」 >断ったはずなのだが、なぜかレイにはまったく響いていないし、周りの人にも響いていない。どうにももどかしい。それなの…
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