おとぎ話の勇者一行
次の日はさすがのミカン農家、おいしい自家製マーマレードの朝食をいただいた後、張り切ってミカン山に出かけた。登り始めはピクニック気分だったが、すぐに立ち止まる羽目になった。
「なにこれ」
なだらかな丘とはいえ、そこここにくぼみもある。そんなくぼみにはもれなく瘴気がたゆたっていた。形状は黒くて柔らかいスライム。粘度の高い油でできた小さな水たまりのように見える。
「小さいから動かないが、これが普段神官が浄化しているサイズの瘴気だな。だが数が多い」
ハワードが油断なく腰を落としてあたりを見渡した。
小さいサイズの瘴気は動かないから近寄らない限り安全だが、放置しておくと周りを汚染し、植物を枯らせてしまったり、近くの動物を凶暴化させたりする。
「ここらにゃあイノシシやシカくらいしか出ないから、被害はそんなにないのさ」
おじいさんが苦笑しているが、苦笑している場合ではない。
ハワードとアヤカが申し訳なさそうに私を見るが、ここは私の出番である。
なにしろハワードが切り裂かなければならないほど大きい瘴気は存在しない。
アヤカは力が大きすぎて小さい瘴気を祓えない。
レイはさらに大きい瘴気しか相手にできないので役に立たない。
あれ、過剰戦力じゃなくて、もしかして戦力不足?
小さな疑問が頭をよぎったが、普通の一神官としてやるべきことをやるだけである。
「じゃあ手近なところからバンバン行きますよ。浄化!」
まず目の前の瘴気を右手の人差し指で指さした。そして聖なる力を注ぐ。瘴気はプルプルと震えると、ぱあーっと霧のように跡形もなく霧散した。
満足げな私にハワードがあきれた目を向けた。
「お前、普通の神官は両手をこう、恭しく掲げる物だろう。瘴気を指さすだけって間抜けだからやめろよ」
「両手を掲げるのってかっこいいけど、地味に筋力を使うのよ。本当は指を差さずに手を向けるだけが一番いいんだけど、そうすると今度は精度が落ちて聖なる力が無駄になるからね。研究した結果これが一番いいの」
たくさんの瘴気を浄化し続けるのに、筋肉痛にも聖力不足にもなるべきではない。魔王討伐に同行した神官にも、最後は指で浄化するものが現れたほどである。格好は悪いけれども。
「ありがたや、ありがたや」
おばあちゃんだって感謝してくれているではないか。結果が伴えばそれでいいのである。
それから私はミカン山を隅から隅まで歩き回り、瘴気を浄化していった。
年を取っていても元気にミカン山を管理しているおじいちゃんとおばあちゃんは足腰が丈夫だ。
「浄化なんてめったに見られないから」
と観光気分で付いてきて、最後には満足そうにため息をついた。
「はあ、あんたたち、おとぎ話の勇者一行のようだね」
思わずぎくりとしたのは否めない。隠しているつもりはないけれど、勇者一行であるのは確かなのだから。
「ほら、あのオーク退治のさ」
「ぶっはっ」
ハワードが思いきっり噴き出している。私はアヤカと目を見合わせた。どうやら私たちの知らないおとぎ話のようだ。とはいっても、この世界のことはまだ十分知っているとは言えないのだけれど。
「さしずめ俺が猫で、レイが犬、アヤカがねずみだな」
勝手に配役を決めて笑い転げているが、どういう基準かわからない。どうも桃太郎をほうふつとさせるが、楽しそうなので後でよく聞いてみよう。
「で、コトネが勇者。はあ、おかしい」
私が勇者ってなんだ。腰に手を当てて片方の眉を上げる私に、そういうところだぞとさらに笑うハワードにアヤカは不服そうだ。
「何で私がネズミなんですか」
「ちっちゃくてかわいいからいいだろうよ」
「か、かわいい……」
頬に手を当てて真っ赤になったアヤカをニヤニヤと眺めているハワードを見ると、アヤカの恋路はなかなかに厳しそうだ。
そんな二人を楽しく見ていたら私の前にレイがさっと膝をついてにっこりと私を見上げた。
「いつでも主と共に。犬ですから」
「ひぃー」
日本人には刺激が強すぎる。
アヤカと私は手をつないでミカン山を走り下りたよね。