ミカンの皮、むいてから割るか、割ってからむくか
「ずいぶんキラキラしい一行だねえ」
大きな荷物を足元に置いたおばあちゃんがニコニコと私達のほうを見ている。
「やだおばあちゃん、キラキラしいのは若い二人だけですよ」
「いや、俺もなかなかいけてると思うぜ、いてっ」
無精ひげを生やした分際で何を言う。
「そうかい? あんたもきれいだし、そっちの兄さんもかっこいいじゃないか」
「ありがとうございますー」
おばあちゃんには20代も30代も等しく若者なのだ。ニコニコと笑う私たちに、荷物からミカンを出して手渡してくれた。
「嬉しい。旅と言ったらミカンですよね」
「売れるほど見た目のいいやつじゃないけどねえ。ちょっと早く収穫したから酸っぱいけど、おいしいよ。あたしゃトレースでミカン農家をやってるんだけどね、瘴気にやられる前に収穫しちゃったんだよ」
「瘴気」
わたしたちの目的は、王都の南にあるシャイルズの町で瘴気を祓うこと。だが、今日の目的地であるトレースの瘴気の話は、依頼を受けていないとはいえ気になる。王都から馬車でほんの数時間の町に瘴気があるなどということがあるだろうか。
「ばあちゃんさ、それって勇者が魔王を倒す前の話だろ。今はどこでもそんなに瘴気はないとおもうが」
「ああ、だいぶ減ったんだけどねえ」
ミカンを一生懸命むいているアヤカの手元を見ながらおばあちゃんは目を細めた。
「それでもミカンを育てている山間にはまだ瘴気が残っていてね。神官様はやっぱり人の多い町の真ん中のほうを優先するだろ。だから、瘴気が集まってこないうちに収穫したのさ。来年になるまでには、神官様も回ってきてくれるだろうし」
私はおばあちゃんに気づかれないよう、ミカンを頬張るアヤカとそっと視線を交わした。アヤカの目が、何とかならないかと言っている。私はゆっくりとミカンをむくと見せかけて二つに割った。
「むかないのかよ」
ハワードから突っ込みが入るが、私はミカンはまず割ってからむく主義だ。
依頼には特に期限を設けられていない。もらった路銀がもつのであれば、多少シャイルズの町に着くのが遅くなってもかまわないのである。
「ただし追加報酬は出ないよね」
「聞こえてるぞ」
小さい声だったが、ハワードには聞かれていたようだ。レイはと言えば、さっきおばあちゃんがアヤカを見ていたように、私がミカンを割った手元を嬉しそうに見ている。
「もう」
私は割ったミカンをさらに二つに分けて、一つをハワード、一つをレイの手に押し付けた。むくのが面倒だからと言って自分からはどうせ食べないのだから。その代わり、後で彼らのミカンは私とアヤカがもらうのだ。
「ありがとう、コトネ」
「いいからいいから。わ、すっぱい。おばあちゃん、けっこうすっぱいよ」
口と目元がきゅっとなる。
「すっぱい」
レイの顔もキュッとしている。かわいい。ホワンとなる気持ちをせっせと散らしていると、おばあちゃんがフフッと笑った。
「この季節、それが爽やかなのさ。おいしくないかい?」
「おいしい。けど酸っぱい」
素直な感想に馬車の他の乗客からも手が伸びて、レイとハワードのミカンは結局、乗客のお腹の中におさまってしまった。残念。
だが、これで私の腹は決まった。
「コトネ姉さん、私」
「うん。私も」
ハワードは肩をすくめ、レイはただにっこりしている。
「おばあさん、私たち、こう見えて旅の神官なんです」
「おやまあ、そんなにお若いのに」
おばあちゃんはお若いのにと言うが、私が見た神官は割と若い人が多かった。あちこち派遣されるのに体力があるに越したことはないからだろう。
「トレースの町の神官様は、王都の仕事を引退した人が多いからな」
「若い神官は見たことがないんだよ」
周りの客が口々に教えてくれる。
「よかったら、ミカンの山の浄化をしていきましょうか? 急ぐ旅ではないんです」
「そんなあんた、うちは嬉しいけど、他にもっと困っている人がいるんじゃないのかい」
なんていい人なんだろう。
「行きます」
即決まったよね。
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