過剰戦力
振り向いた私の顔がよほど怖かったのだろう。
「ちょ、ちょっと待て。これは俺の考えじゃない」
ハワードは胸の前で両手を開いて防御の姿勢をとった。温厚な日本人である私が攻撃するわけないでしょ、失礼な。
「俺も部下を二人つけるって言われて、まあどうせいてもいなくてもたいして違いはないからさ、いいぜって返事をしたら来たのがこの二人だったんだよ」
まあそんなところだろうと思う。だが一言言って良いだろうか。
「過剰戦力でしょ」
「そっちかよ」
私だってここまで来て、たとえ気まずくてもこの二人が嫌だとかわがままを言うつもりはない。特にアヤカはいてくれて嬉しい。だが、瘴気がまだ残っているから私のような者でも派遣される現状では、アヤカもレイも別々に派遣したほうが効率よく瘴気を片付けられる。そのほうが民のためにもなるはずだ。
「コトネは私を認めてくれているということだな」
レイが満足そうに頷いている。世界を救った勇者を認めていないわけがない。認めたうえで過剰戦力だと言っているのに。
「まさか勇者と聖女を派遣するとは思わなかったけれど、派遣するなら派遣するで、別々に派遣するほうが効率がいいでしょ」
今度はアヤカが胸の前で両手を組んだ。目がキラキラしている。
「さすがコトネ姉さん。姉さんが効率って言ってるのを聞くとうっとりしちゃう」
「そうだな」
にこやかに同意する勇者などいらない。
しかしアヤカは組んだ手を元に戻すと、まじめな顔で事情を説明してくれた。
「とりあえず城に来ている依頼は今二件だけなんですって。今回は瘴気の浄化が目的だから、もう一件のほうは神官と王子が派遣されます」
「そっちも過剰戦力でしょ」
私はため息をつきそうになる。
「そんなことしてたら城の守りはどうするの?」
「ああ、それも」
アヤカがにこりとした。
「そもそも魔王を討伐するまで城に勇者一行はいなくても何とかなっていたから、大丈夫なんですって」
つまり過剰戦力は体よく仕事を与えて外に出してしまおうということか。
いやいやと私は首を横に振った。考えすぎ、よくない。
「じゃあ、これ、コトネに預けとく」
ハワードは懐から布袋を取り出した。旅費が入っているにちがいない。
「いやいや、まさかの時のために屈強な人が持っておくべきででしょ」
なんで一行で一番弱い、いや、二番目かもしれないが、私が金銭を持って歩かなければならないのだ。
「いや、俺が持ってたら使っちゃうかもしれないだろ。レイが持ってたら誰かにホイホイやっちゃうかもしれないし」
「アヤカは?」
「いや、アヤカはさすがに弱すぎるだろ」
どうやら私はやっぱり二番目らしい。
「いい年して持っていたら使っちゃうとかないわー」
そう言いながらも一応受け取って中身を確かめておく。
目的地は王都から南に馬車で三日間の町だから、そこそこいい宿に泊まって一か月ほど滞在したとしてもお釣りがくるくらいだ。宰相も約束は守ったらしい。というか、勇者と聖女がいたらそりゃあお金は惜しまないよね。
何かと気まずいが、おそらくレイとアヤカがいてくれたおかげで軍資金も確保された。
「では、行きますか」
「どこにだ?」
ハワードの言葉にイラっとしたのも仕方がない。
「まずは馬車乗り場でしょ」
「専用の馬車が用意されてるぞ」
たしかに、結局は勇者ご一行なわけで、それは上等な馬車と御者とお付きの者が用意されていてしかるべきかもしれない。だがすなわちそれは、今度こそ監視付きということになる。
私はちらりとアヤカのほうを見た。
「その……。私たち、すぐに魔王討伐に行かされて、町とかをゆっくり見る暇もなかったじゃない?」
「そうですよねえ。もっと自由に町歩きをしてみたいというか。まさか姉さん」
アヤカはただでさえ大きい目をさらに大きく見開いた。柔らかい茶色味を帯びた髪がアヤカの動きに合わせてふわりと揺れるのが好きだ。本当にかわいらしい。私はにっこりと頷いた。
「椅子は固いと思うし、お世話もしてもらえないけど、定期馬車で行こうと思ってたの。なによりお安いし」
最後の一言は少し小さめの声だったので、隣のハワード以外には聞こえなかったかもしれない。
「城の用意してくれた馬車なら無料、いてっ」
ちょっと肘が当たったくらいで痛くはないはずである。
「行きます!」
まずアヤカが引っ掛かった。
「私はコトネと一緒ならどうでもいい」
「くっ」
私は目元を手で覆い天を仰いだ。甘い。甘すぎるが、ここはさらりと流すしかない。
「では待ってくれてる馬車に見つからないようにこっそりと、しゅっぱーつ」
「なんでコソコソと」
ハワードの嘆きは無視しつつ、一週間前通った道を、みんなでおしゃべりしながら速足で馬車乗り場に急ぐ。ちっともこっそりではない。
「あああ、あの屋台のお肉、食べたいですねえ」
「わかる。わかるけど、まずは王都を出てからだよ」
こんなふうに町に出ることなんてなかった私たちは、まるでお上りさんのようにあちこちに目をやりながらも、定期馬車乗り場に着いた。
「ハワードはトレースまでの四人分の座席を確保。私は飲み物、アヤカとレイは食べるものを多めにね!」
「トレースってお前、西じゃねえか。俺らは南に」
「いいからいいから」
私は文句をいうハワードを追いやり、コトネと一緒にというレイをアヤカに押し付け、町の泉で皆から預かった水筒に水を補充しつつ、あたりを見渡す。
「泉に瘴気はないし、町のみんなの顔も明るい。魔王を倒す前がどうだったかはわからないけど、私もこの世界に来た意味があったのかな」
実際に巨大な瘴気を倒したのはレイとアヤカだが、付いていった騎士たちも私も、少しはこの平和の役に立ったのだと思う。
「すぐに出るやつがあるってさ」
「さあ、急いで乗り込もう」
トレースまでの定期馬車の座席に落ち着いて窓から覗くと、おそらく城から来たであろう兵たちが誰かを探してうろうろするのが見えた。
「コトネ、なんで西に?」
「南行きの馬車は朝一番に出ちゃってるの。西のトレースなら昼過ぎに出る定期便があって、しかもトレースからも目的地の南方面に定期便が出ているから」
「さすが姉さん、用意周到です!」
すかさずアヤカが褒めてくれたので思わず頬が緩む。もともとは一人で旅をしようと思っていろいろ調べていたのだ。
「たぶんだけど、城側が用意した馬車に乗ったら、そのまま次の町の領主の館に連れていかれるでしょ。そしたら領主だって歓待しないわけにはいかないし、それの繰り返しで目的地に行くまでに疲れちゃうじゃない」
魔王の元に行くまでがそうだった。とはいえ人数も人数だったから、歓待されたのはいわゆる勇者一行で、私は他の皆と一緒に大部屋か庭のテントかで普通に過ごしていたのだが。まあ、だから歓待されるのがどういうものかはよくわからないのだが、もし自分だったら気疲れするとおもうのだ。
宰相だったら、歓待の何たるかも知らぬ立場のくせに口だけは達者だとかなんとかいうだろうなと考えたらイラっとしたが、いない人がどう言うか考えても仕方がない。
「普通の人として旅をしようよ」
楽しそうな皆の顔を見ていたら、まあこんな一行もありかと思うよね。
明日は「転生幼女はあきらめない」更新です。