仕事の依頼
それからも徹底してレイに会うのを断り、旅に出たいと言い続けた私についに業を煮やしたのか、ある日宰相に呼び出された。
「さすがに自由に旅に出てよいとは言えぬ」
「それではせっかくもらった通行証の意味がなかったですね。あーあ。損をした」
「お前は損得でしか物事を考えられないのか」
「人の思いやりに付け込んで支払いを渋るほうがごうつくばりだと思いますけど」
私は宰相とにらみ合った。
運命の日、私が十分に報われていないということが明らかになり、勇者の運命の相手を粗略に扱ってはならぬと青くなったのだろう。慌てて追加の褒賞を渡された。事務手続きが間違っていたのだそうだ。
もちろん、ありがたくいただいたのでとりあえず私の懐は五倍ほどに潤っている。今度は10年以上は節約すれば暮らせるだろう。その時も宰相はこう言い放ったものだ。
「城下の屋敷はいらぬだろう。お前はレイと暮らすことになるのだからな」
「なりませんけど。屋敷をくれないなら追加でお金をください」
この時も宰相とは火花が飛び散ったが、この人は私の気持ちを逆なでするのが趣味なのだろう。
しかし、にらみ合っていても埒が明かない。
「それで、用はなんですか」
宰相はかなり年上である。背が高く細身で、きれいに後ろになでつけられた髪はシルバーグレー、目の色は空より青い。少ししわの寄ったきつめの目元など、観賞用としては最高だが、いかんせん中身が悪い。いやいや、年上には礼儀正しく。日本人としての私のモットーである。
「そのぞんざいな物言い、お前はほんとに」
「それで、わたくしになにか御用がおありですの」
「それはそれで気持ち悪い」
うっとうしいという言葉はにっこりと笑顔の下に飲み込んだ。
「コトネ、お前も知っている通り、魔王を倒しても未だ瘴気はあちこちに残っている」
お前と言われるよりコトネと呼び捨てにされる方が気持ち悪いのはなぜだろう。私は腕をこすりつつ静かに話の続きを聞くことにした。
「もちろん、勇者を出さずとも、騎士と神官を派遣すればなんとかなる規模の瘴気だ。だが、騎士はともかく、瘴気を浄化できる神官の数が十分とは言えぬ」
だからアヤカが呼ばれたのだ。ついでに私も付いてきたのだけれども。
「コトネ、お前はアヤカにははるかに及ばずとも、上級神官と同じほどの浄化と治癒の力を持つ。此度も旅に出るなどと言い出さねば、そもそも神殿預かりにするつもりだった」
私が疑わしそうにふんと鼻を鳴らしたのがわかったのだろう、宰相は何か言いたげに口を開いたが、あきらめたように閉じた。
「レイとのことは急げとは言わぬ。だが、少し冷静に考える時間があってもいいのではないか」
私は片方の眉を上げた。宰相にしてはいいことを言うではないか。
宰相はゴホンと咳ばらいをした。自分でも似合わぬことを言ったと思ったのだろう。
「よって、しばらくの間、近隣の町に出向き、瘴気を祓う仕事をしてほしい」
「もちろん?」
私はきちんと確認した。正式な依頼となれば、出す物は出してもらわねばならない。下手をすると命にかかわるのだし。
「もちろん、報酬は出す」
「宿代や食費は?」
「一定額の経費も支給しよう」
「よっしゃ!」
私はぐっと胸の前でこぶしを作った。
「これが勇者の運命の相手とは……」
宰相が嘆いているが知るものか。これで当初の予定通り、旅をしながら浄化をして稼ぐという生活が実現できるのだ。
「ただし」
「来たよ、これ」
絶対に何か条件があると思ったのだ。
「神官のそなただけでは危ないので、剣士もつける」
「監視ですか」
「そうではない。いや、そうだ。必ず戻ってくるように。約束しなければそなたに与えた通行証は無効とする」
それでは約束が違うと主張してもよかったが、ここらあたりが落としどころだろう。私は素直に頷いた。旅の最初には私に態度の悪かった騎士やお世話係も、魔王討伐が終わって帰る頃には気安い仲になっていたはず。おそらく、そのうちの誰かがつけられるのだろう。
どうやら目立たぬように控えていた騎士たちの中から一人がすっと前に出てきた。
「そろそろいいっすかね」
「ハワード!」
「気づけよ。旅の仲間だろう」
宰相との対決に集中していて全く気が付かなかったが、最初からそこにいたらしい。私ははっとしてあたりをうかがい、ほっと胸をなでおろした。レイはいない。そしてちょっとがっかりした。恋心とは厄介なものである。
「ハワードが来てくれたら嬉しいけど、魔王退治の剣士が出てくるのはちょっと大げさじゃない? それに忙しいでしょうに」
「それが中途半端にしか忙しくねえんだよ」
確か32歳になるこの人は、騎士団に所属していたが、騎士団長になるのは嫌だとふらりと騎士をやめてしまった変わり者だ。魔物を狩るハンターとして名をあげていたそうだが、王国の危機ということで呼び出された。つまり民間から一時的に起用されたということで、城に所属しているわけではないらしい。それでも救国の剣士なわけだから、これから引く手あまただろうと思うのだが。
「しばらく大きい仕事はやりたくないし、かといってハンターに戻ったら周りがやいやいうるさいに決まってる。少人数で目立たず小さい仕事ができるならそのほうがありがたいんだよ」
「そうなの。私は助かるけれど」
国一番の剣士がついてきてくれるのなら、心強いことこの上ない。しかも気安い知り合いだ。
「申し訳ないが、時間がないのですぐに出てもらいたい」
「そんな勝手な。アヤカにも挨拶していかないと」
「戻ってくるのだからいいだろう。それにいつでも出かける準備はできているはずだが?」
ふと宰相の横を見ると、私の緊急脱出用の荷物がぽんと置かれていた。
「それとも戻ってこないつもりでも?」
「契約は守ります」
「よろしい」
宰相に呼び出されても別に普段着のドレスだった私は、そのままハワードと一緒に城を出ることになった。最初の宿屋でもっと動きやすい服に着替えればいいだろう。
「コトネ。そういえば部下を二人連れていきたいんだが」
「部下? ハワードに部下っていたっけ」
「いない。だが、さすがに二人では戦力不足だろうってさ。押し付けられた」
「まあ、二人くらいかまわないけど」
かまわないけど、なんて気軽に言うべきではなかったのだ。
「ああ、これが今回連れていく部下だ」
「レイです」
「アヤカでーす」
魔王討伐かと思ったよね。
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