賢すぎるっていわれてもさ
意志の弱い私を反省するもしないもなく、早く仕事を済ませて王都に戻ったというのに褒められもしなかったのはお察しの通りである。
浄化の旅の疲れを癒す間もなく呼び出されたのは戻ってきた次の日で、レイとももっとお互いに知り合うとか知り合わないとかどころではなく顔を合わせる暇もなかった。
呼び出したのは宰相だったので、また次の仕事かとほいほい顔を出したのがまずかった。もっとも呼び出しを無視するわけにもいかないから、ほいほいするかしないかにかかわらず顔を出すしかなかったのだが。
顔を合わせてそうそうに、宰相は大きなため息をついた。
「コトネ。困ったことをしてくれた」
「はあ」
困ったことをしてくれたと言われても、瘴気を浄化してきてだけであるから、それ以外答えようがない。もっとも、シャイルズでアヤカに話したような、面倒なことが起きているような嫌な予感はした。
「なんで聖女と勇者に仕事をさせた」
「そちらが付けて寄こしたんですよね?」
私が好んで連れて行ったのではない。困ったのは私だって同じだ。
「それはアヤカの申し出もあったし、お前がレイと仲を深められる機会があればといういわば親心のようなものだろう」
親なら私にも愛情をもって接してほしいものだという一言は呑み込んだ。
「シャイルズの領主から、聖女も勇者も民の前で瘴気を浄化して見せてくれて、民も大喜びだったと礼状が届いてな」
私たちが途中で観光している間に礼状を整えたらしい。たいした瘴気でなくても王都に助けを求めるだけの行動力がさっそく生かされているというわけである。
「それの何に問題が?」
「一つには、聖女と勇者にそんな小さい仕事をさせると価値が下がるということだ。彼らは人々の手の届かない憧れの存在であるべきだとみんな思っている」
「それで」
「二つ目には、それならうちの町にも聖女と勇者を寄こしてくれという要望がどんどん来るということだ」
どちらも私の手の及ぶところではないので、肩をすくめるしかない。
「今回のシャイルズの依頼は密かに聖女と勇者が出るくらい大きかったということにして噂は鎮火させる予定だが、コトネ、お前に対する風当たりも強くなるぞ」
ちょっとやさぐれて斜めになっていた心も体もその一言でシャキッと伸びた。
「なんでですか」
「勇者の運命の相手は、勇者を勇者らしく支え引き立てなければならないからだ。勇者をただの騎士のレベルに落とす相手など運命と言えるか」
アヤカは、運命の相手とは勇者の欠けたる心を埋めるものだと言っていたではないか。勇者らしく引き立てるべしなんて聞いてないんですけど。
「それは国にとっての勇者の価値であって、レイにとっての勇者の価値ではないですよね」
「そこだ、お前の問題は。コトネ、お前は賢すぎるんだ」
これは絶対誉め言葉ではない。つまりは小賢しい、目障りだ、もっと控えめにするべきだということなのだ。
「そもそも中途半端に力のあるおまけの聖女なんていらないんですよ。だからこそ早く国を出てあげようとしていたのに、なんだかんだ言って引き留めていたのはこの国じゃないですか」
「いろいろあったのだ」
そのいろいろはこの国の人の思惑であって私には関係ないと言いたかったが我慢した。
「正直に言う。今はまだ懸念にすぎないが、問題が大きくなった場合、コトネには速やかに国外に出てもらわねばならないかもしれない」
「運命の相手とやらはもういいんですか」
「その場合は仕方がない。そしてその場合が来ないことを祈る。覚悟だけはしておけ」
私がこの国を離れたら運命の相手はどうなるのか。その前に、そもそも断ったら運命の相手はどうなるのかを考えたこともなかったことに気がついた。
「当分は城でおとなしくしておれ」
他にどうしようもないのでそうするしかない。
私は、そうなったら嫌だなと思う方向に話が進んでいるのに落ち込んでしまった。運命がどうとかではない。自分が思うままに動くと邪魔者になってしまうということだ。お金を貰った時点でおとなしくしていればよかったのだろうか。急がず慌てず、ほとぼりが冷めたころにこの国をそっと出ればよかった?
「早く動いても動かなくても、結局は運命の相手として呼ばれていたんだよね」
私は部屋のベッドに座ったまま、スカートのポケットからレイの絵姿を取り出した。
「好きだなあ」
思わず口からぽろりとこぼれ出たのは本音だからだ。
運命の相手と言われてやっとレイは私のほうを向いてくれた。意地を張って断ったけれど、好きな人と仲間と旅をして楽しく過ごしたこの数日間、どれだけ楽しかったことだろう。アヤカはレイのことをよく見てほしいと言っていたけれど、知れば知るほど、気持ちはレイに向く。
このまま意地を張ったままで、これからも一人で生きていく覚悟はある。そのうち恋心も静まって新しい恋もするかもしれない。
「好きというだけで、この国でやっていける? 勇者の価値を下げるとまで言われて?」
仕事で宰相と交渉するくらいなら何でもない。でも、勇者のお相手となったらそんなことはできないだろう。レイがまさかの時の要員として縛られているように、私も勇者のよき妻であれと縛られてしまう。
「それでもレイと一緒にいたい? いたくない?」
私は絵姿のレイの髪にそっと触れた。レイの手は大きくて温かかったなと思い出しながら。
だがそんな乙女らしい悩みなどなんの意味もなかった。
「姉さん! 大変ですよう!」
ほとんど軟禁状態で、数日おとなしくしていたら、アヤカが部屋に駆けこんできた。
「なあに? 小さいお仕事したから、聖女の評判が落ちちゃったとか?」
「そんなことどうでもいいんです!」
冗談で聞いたことだが、アヤカには叱られてしまった。
「レイが! いえこの国が! 勇者の運命の相手の召喚は間違いだった、やり直すって」
「はあ? やり直す?」
それなら私が断った時にすぐにやり直せばよかったのにって思ったよね。
明日は転生幼女の更新です。続きは明後日に。