コトネは、レイのえすがたを、てにいれた!
アヤカめと心の中で文句を言いながら、それでもレイと一緒に町中へと歩き出した私である。
「ここセグロスの町は、丘の上にある神殿が美しく、観光名所になっているようだ」
「観光名所になるくらいの神殿だから、ここら辺には瘴気の気配が全然ないんだね」
「神官もたくさんいるだろうからな」
結局仕事がらみの話をしながらレイに連れられてきたのは馬車乗り場だった。
「ここから神殿へと馬車がでているらしい」
レイは懐から巾着を出すと、
「二人分」
と言ってお金を払っている。お金の使い方を知っているんだと少し楽しい気持ちになった。
「さあ、手を」
普通に足置き台があって老若男女問わず乗れるようになっているのに、なんということか。だが断るほうが目立つので、私は先に段を上がったレイの手にそっと自分の手を置いた。レイはその手をぎゅっと握ると、まるで引っ張り上げるように私を馬車に乗せ、二人掛けの席に腰かけさせた。
うん。もう手を握っている必要はないよね。
「レイ、その、手を」
「すまない。手を離すのを忘れていた。離したほうがいいか」
「あの、うん」
普通、離すと思う。
観光用の馬車だからだろうか、幌が巻き上げられ素通しの窓から、まだ夏の気配が残る爽やかな秋の風がそのまま吹き抜ける。町を抜け丘を上がっていく馬車の窓から後ろを振り返ると、オレンジ色の屋根がきれいに並んでいた。
このきれいな町の生活も、私の隣に座っているレイが守ったのだ。もちろん、私もちょっとばかり協力はしたが。
無言のままそんな感動に包まれていると、どうやら丘の上に着いたようだ。
また手を引かれて馬車を降りると、塔がいくつも立ち並ぶ神殿が見えた。
「王都の神殿ほどじゃないけど、独特の建築様式ですごく美しいね」
「そうだな」
神殿の入口は大きくて、お城の庭園のように整えられた広い前庭の向こうの建物に人々がゾロゾロと吸い込まれていく。
「中は遠慮しておこうか」
「それが無難だな」
神殿関係者に身分がばれてはならない。しかし、そんな努力もむなしく、
「勇者様だ!」
と子どもの大きな声がした。振り向かないようにするにはかなりの努力が必要だったが、レイはと言えば、まったく気にした様子もなく私の手を引いて露店を指さした。
「観光客向けの露店がある。回ってみないか」
「うん」
そうして申し訳ないが子どもの声は無視して露店に行ってみると、まず目に入ったのはレイとアヤカの絵姿だった。
「わあ、そっくり!」
思わず声に出したのがかえって良かったようだ。
「おや、ほんとだねえ。あんた絵姿の勇者にそっくりだ」
店主が思わずのけぞるくらいには絵姿と似ていたようだが、同時にそっくりさん認定されたので誰も本物の勇者だとは気が付かなかったようだ。
「記念に買っていこうかな」
端から端までくださいと言いそうになったが、さりげないふりをして絵姿を一枚手に取ろうとしたら、その手はレイに阻まれた。
「同じ顔が隣にあるのなら、これはいらないだろう?」
「かあ、言うねえ、言うねえ」
びっくりして固まった私の代わりに露店のおじさんが手を叩いて喜んだ。
「本来なら営業妨害だが、いいもの見ちまったからこれはサービスだ。お嬢さんに一枚進呈するよ」
あれよあれよという間に私の手の中には、はがきサイズのレイの絵姿が収まっていた。
「ありがとう」
思わず絵姿を胸に抱きしめた私を見て、露店のおじさんはまた、
「かあ!」
と叫ぶと、熱いから行っちまえと手を振った。
隣にレイがいるのに、レイの絵姿のほうがドキドキするなんておかしいだろうか。
「あ、アヤカのもある」
「買おうか」
アヤカの絵姿は買ってもいいんだなと笑い出しそうになったが、断った。アヤカにばれたら怒られそうだと思ったからだ。
それから神殿を外側からゆっくり見て回って、お昼は神殿の側にある軽食のお店で名物のオムレツを食べ、また馬車に乗って町に戻ってきた頃には日も傾きかけていた。
「姉さーん、おかえりなさーい」
馬車乗り場にはこちらも二人で出かけていたと思われるアヤカがハワードの隣で手を振っていた。ハワードは若干疲れた顔をしているが、二人はどこに行ったのだろう。
「夕ご飯は宿で食べましょうよ」
御者と護衛は移動の時しか付き添わないとはっきり言われてしまったので、夕食は私たち四人でということになる。さすがに何日も一緒にいて、さらに一日中一緒にいたとなれば気安さも出てきて、レイの隣でも最初の頃ほど緊張しなくなってきた。だからこんな質問も気軽にできた。
「私たちは神殿を見てきたけど、アヤカたちはどこに行ってきたの?」
「え、えーと。はい、し、神殿に行きました」
なぜ言葉に詰まるのだろうと思いながら、私は話を続けた。
「神殿きれいだったよねえ。名物のオムレツは食べた? 一緒に行けばよかったね」
ハワードがやれやれと肩をすくめているが、アヤカはついに耐えきれないというように話し始めた。
「すみません。姉さんたちの後の馬車で行ったので、だいたい一緒に行動していたようなものなんです……」
「つまり?」
「あとをつけてました! それからオムレツも食べました!」
レイのほうを向くと平然とした顔で肉を口に運んでいる。さては知っていたなと悔しく思う。
「まあ、見られて困るようなことはなかったからいいか」
「ええ、そうですよ。時々手をつないでいたことくらい大したことはないです」
「なっ」
私の顔は一瞬で真っ赤になっていたと思う。
手をつないでいるところを見られるのが一番照れくさいのはなんでだろうか。
「コトネ」
「はいっ! な、なにかな」
このタイミングでレイに急に声をかけられて緊張した私である。
「私たちはもっとお互いに知り合ったほうがいいと思うんだ」
「そ」
そうですねと言いかけて、その先が続かなかった。そもそも私、断っていなかった?
「町を歩く人々を愛しそうに見るコトネも、店の品物を買うか買わないか真剣に考えるコトネも、オムレツをおいしそうに頬張る姿も、今日初めて知った。コトネの手のぬくもりも」
それは私がトレースの町に行くときにレイに感じたことと同じだった。言葉の内容より、そのことが私の心に響いた気がする。
「もう少し時間をかけて、コトネのことを知る機会を与えてくれないか」
どうしようか悩んで思わず下を向いてしまった私に、レイはこう声をかけた。
「ありがとう」
下を向いただけだなんてとても言えなかったよね。