肉まんをちぎって
「そんな、今日も勇者レイと聖女アヤカに会いたいという人たちがたくさん来る予定だというのに」
レイとアヤカの存在を知ったのは昨日のことで、昨日の今日でそんなに会いたい人がいるということはつまり、領主が自分で招き寄せたからに他ならない。昨日は領主の説得が面倒くさくて二手に分かれたが、今日の私はちょっと違う。
「昨日はご領主の気持ちをおもんばかってレイとアヤカを預けましたが、今日はそういうわけにはいきません」
私は昨日の態度がなんだったかと思うほど強気に出た。なにしろ、責任者は一応私なのだ。
「聖女アヤカは、既に大役を果たしたというのに、これからも民のために尽くそうと努力していらっしゃいます。今回の旅はいわばその研修の一環です。聖女が一神官として学ぶのに、まずこのシャイルズの地を選ばれたことを光栄に思うべきではありませんか」
「そ、それはそうだろうが」
強気に出た私にたじたじの領主である。
「当然、護衛としてレイにも来てもらいます。今日は神殿のほうも人を増やしていただけるということで」
ハワードが俺はどうするという顔をしたが、ハワードには調整に残ってもらう予定だ。そこにタイミングよく昨日の神官がやって来た。
「コトネ様! 皆来たがったんですが、足腰の弱いものは置いてきましたー」
ちょっと気が抜けるのがまたよい感じである。
「ちょうどよいところに。今日は聖女アヤカも同行されますよ」
「わあ、ほんとですか! ありがとうございます」
これでご領主も何も言えなくなった。
「これから数日、日中は浄化に力を尽くしますので、聖女が疲れないように予定を組んでいただけると助かります。調整はハワードに任せていますので」
にっこりと営業スマイルを披露すると、愕然とするハワードと領主に余計なことを言われないうちにと南の森へ出かける私たちであった。
「姉さん、助かりましたよう」
「コトネ、ありがとう」
二人が本当に助かったような顔をしているので思わず笑ってしまった。
「昨日、こちらの神官様に簡単な浄化のやり方を伝えたら、あっという間にできるようになったの。そのやり方ならアヤカも覚えやすいかと思って、そう思ったらすぐに教えたくなったんだ」
「ねえさん。研修って本気だったんですか」
「うん」
アヤカがこれから生活に困ることがなくても、新しいことを覚えて困ることは何もないはずだ。
「聖なる力を頭上に集めるのでもなく、指先に集めるのでもなく、こう、ボールみたいに」
私は両手で丸を作って見せた。頭上に集めていた人に、いきなり指先に集めろと言っても無理なのだということに昨日やっと気が付いたのだ。
「ボール」
「気持ちとしては大きくてふわふわの肉まんみたいなつもりで。中華街で食べるようなやつ」
「肉まん」
アヤカはふわっとした丸を作った。そのままかぶりつけそうな大きさだ。
「そこになんとなく聖なる力を集めて」
「はい。うわっ」
アヤカが驚いたように手をビクッとさせた。聖なる力が強いから一瞬で集まったのだろう。
「その肉まんを二つにちぎって、瘴気にぶつける」
「えいっ」
アヤカは架空の肉まんの半分を、ハワードが座っていたはずの座席にぶつけた。当然瘴気などないから、なにも起こらない。だが、アヤカは目をキラキラと輝かせた。
「姉さん、できそうです!」
「ほんと? さすがアヤカ」
「手をこう、丸くして、そこからはみ出さないように肉まんを連想してふわっと形作ることで余分な聖なる力を集めなくてすみましたが肉まんを放り投げるのは心が痛みました」
「はいはい、わかったわかった」
興奮して話し続けるアヤカ、かわいすぎる。ハワードを連れてくればそんなアヤカが見せられたのにと思うがもう遅い。
「あとは実践だね」
「はい! 要は、聖なる力が大きすぎて瘴気を跳ね飛ばしちゃうのが問題なんです。小さく使えるならうまくできるかも」
アヤカは祈るように両手を握り合わせた。
「でも肉まんを捨てるのはつらい」
「そこか」
私は思わず突っ込んでしまったが、確かにその通りかもしれない。
「じゃあさ、瘴気がおいしい肉まんを食べて浄化されたと考えてはどう?」
「それ、採用です」
そんな私たちを見ながら、両手でそっと小さい丸を作ってみているレイがかわいいんですけど。
「その丸の中に入っているのはなに?」
思わずレイに聞いてしまった。
「ミカン」
酸っぱいミカンがよほど好みだったらしい。
南の森に着いてからも、両手で丸いものをつかむように丸を作るというのは神官たちの心にも刺さったようで、丸を作るのが大切なのではなくて、手のひらに聖なる力を集めるのが目的なのだと言い聞かせ続けなければならなかったのがちょっと大変だった。
訓練を続ければいずれは指さすだけで浄化できるようになるだろう。
聖なる力の大きさからちょっと不安を残したアヤカではあったが、
「まるで無限肉まん製造機になったような気持ちで楽しいです」
と、すぐにコツをつかんだようで一安心だ。そんな話をしていると、森に少し踏み込んでいた神官から大きな声がした。
「おーい、こっちにかなり大きな瘴気だまりがあるぞ」
「これは聖なる力自慢の私の出番でしょうか」
アヤカが腕まくりせんばかりに張り切っているが、それを制したのはレイだった。
「いや、私が行く」
「レイ?」
驚いて固まる私とアヤカをその場に残しスタスタと森の奥へ進んだレイの後を慌てて追いかけた。
「レイ、レイ」
呼びかけたのはアヤカだ。
「レイの力だと森がなくなっちゃうよ。ここはほら、私たちに任せて」
「いや、なんとかなると思う」
「思うだけじゃダメだよう」
レイの力を知っているアヤカがあたふた止めているが、レイは話を聞かない。
そういう頑固なところも勇者らしくてかっこいいと思うところが、恋に目がくらんでるということかもしれないと思ったよね。