流行りの浄化
「護衛が俺でよかったんですかね」
領主館で働いている警護の人が付いてきてくれることになったが、微妙に戸惑っている。
「地元の人のほうが案内になるし、いいんじゃないかな」
「そうですかねえ。王都からの神官様に何かあったら困りませんかね」
それを防ぐのが護衛だと思うのだが、完全に他人ごとでちょっと笑える。何か起きないように仕事をするのがあなたでしょと言いそうになった。
「何かありそうなの?」
「いやあ、割と平和な土地なんで、そんなことはめったにありませんが」
神官も頷いていたので大丈夫だろう。
馬車に乗って町の南へと向かうと、確かに家々のすぐそばまで深い森が来ているように見えた。
「普段は手入れなんかもきちんとされているし、春は山菜、秋は木の実やキノコ狩りに町の人も入るしで、山の恵みが豊かな場所なんですよ。神殿にもよくお供え物が来ますし、そのためにも張り切らないと」
なかなか愉快な神官だと思う。
「道から見えるところからやっていきましょう。ほら、あんなところにもありますね。これは危ない」
神官は私がいるにもかかわらず、すぐさま瘴気に近寄ると両手を高く掲げた。
「神よ、わが手に浄化の力を与えよ」
そのまままるで手に浄化の力を集めるかのように、しばらくそのまま両手を上げ続けると、その手を恭しく瘴気の黒い塊に向けた。
「浄化」
黒い瘴気はゆらゆらと揺れながらその色を失くしていき、やがて静かに消えていった。
「ふう。一つ目はなんとかなりました。あ、すみません、いつもの癖で自分でやってしまって」
額の汗を袖で拭う神官は焦ったように言い訳をしたが、私はひたすらありがたかった。一方的に頼られるのは不愉快なものだから。
「では、次の瘴気は私がやりますね」
すぐに私の番が来るほどに、あちこちに瘴気の黒塊がたゆたっている。
「はい、浄化」
私は瘴気の塊を指さすと、聖なる力を注いだ。
音こそ立たないが、ジュッと言う感じで一瞬で消えてしまった瘴気に神官も護衛も目を瞬いた。
「え、なにが起こりました?」
「手のひらに聖なる力を集めて、指さすことで力を集約して一気に浄化したの」
「教えてください!」
こういう人は伸びるものだ。私は手と手を合わせてから、ボールをつかむように手を丸くしてみせた。
「頭上で集めなくても、こんなふうにボールを持つみたいに、手を丸くすると、そこに聖なる力が集めやすくなるの、わかる?」
「ええと、こうですか」
「そう。手で作った丸の中にこう」
隣で護衛が一緒にやっているのがおかしいが、周りを警戒する人が誰もいないのはいいのだろうか。
「ああ、これは集めやすい!」
護衛は首をひねっているがそもそも聖なる力が感じ取れないのだから当たり前である。
「それを真ん中から割るように右手につかみ取って」
「割るように、っと」
「それを瘴気に叩きつける」
「えいっ」
神官の近くの瘴気がジュッと消えた。神官は呆然とした顔で私を振り返った。
「消えました。手を掲げなくても」
「ね? そこから始めて、そもそも片方の手のひらで聖なる力を集められるようになるのが第二段階、投げつけなくても、その力を指の方向に押し出せるようになるのが第三段階」
「はい。はい。わかります。そういうことか」
別に皆の元気を分けてもらうわけではないのだから、神の力を頭上で受け取らなくてもいいのだ。
「これだけよー」
私は手をひらひらとしてみせた。
「じゃあ練習がてら、瘴気を一個ずつ交代で浄化していきましょう」
「はい!」
後ろをのんびりと護衛が付いてくる中、二人で一生懸命瘴気を浄化して歩いた。
「わあ!」
気が付いたらご近所の人もぞろぞろついて歩いていたのには驚いたけれども。
「いやあ、あんた王都の神官かい」
「はい、そうですが」
おばあちゃんの町でもそうだったが、町の人は割と気安い。鍬を持ったおじさんがにこにこと話しかけてくれた。
「うちの神官様がだんだん上手になってるのは見ものだったねえ。かっこよくはないけど、あっという間に瘴気の数が減ってるじゃないか。うちの神官様がお世話になって、ほんとうに」
つられて周りの町の人も私に頭を下げてくれた。
「最近流行りの新しい浄化方法なんですよ。私が代表で習ってるんです」
うちの神官様と呼ばれた神官がどやっと胸を張った。
なぜだかちょっと涙ぐむ私である。
聖女のおまけだとか、役に立たないくせにとか、神の聖なる力を指で扱うなどなんと心得るとか、神殿が比較的融通が利くとはいえ、魔王討伐の時にはやはりいろいろ言われた私である。単純に、流行りだから習うのだと胸を張ってくれた神官の言葉は、私の苦労をそれこそ浄化してくれたような気持ちだった。
帰り道、神官は、こう約束してくれた。
「今日中にこのやり方を、伝えられる神官には伝えて、練習を兼ねて明日少し人手を増やせないか聞いてきてみます。増やせなくても当然私は来ますから、待っていてくださいね」
私に付き合っても夕方まで聖なる力が使えたということは、素質のある神官なのだと思う。
楽しい気持ちで領主館に戻ったら、そこにはげっそりとした仲間が三人待っていた。
「これから町の有力者を呼んだ食事会だそうだ」
「うへえ」
私は出なくてもいいのではないかと思ったが、一応代表者なのでそういうわけにはいかないそうだ。
普段着しか持ってきていない私は、着飾ったシャイルズの男女に囲まれて、若干の居心地の悪さを感じざるを得なかった。
もちろん、服も貸し出すし髪も整えてくれると、むしろそうさせてくださいと拝み倒さんばかりだったが、ここには仕事で来ているのだ。私は断ったが、断り切れなかったアヤカはきれいに飾り付けられていて、本人はどうかはわからないが私としては眼福であった。
が、ここで私は初めてアヤカたちの苦労を知ることになった。
場違いな私が遠巻きにされるのとは違い、人々に取り囲まれ、話しかけられ、ダンスをねだられ、気が休まる暇もない。それを笑顔で乗り切るアヤカと、無表情でかわすレイ、そして苦笑しながらも付き合うハワード。
魔王を倒す旅の間も、移動が終われば休める私たちと違って、こうして地元の貴族が満足するまで社交に向き合っていたのだろうか。
ハワードにもレイにも、次々と年頃の娘さんたちが紹介を求めてやってくる。ときどきアヤカが気がかりそうにハワードに目をやるのも初めて見た。
レイが運命の人以外に心を動かさないと知っている私は、アヤカほど不安に思うことはないけれど、それでもレイにまとわりつく娘さんたちには不快な気持ちが沸き上がった。
ミカンが酸っぱいと口元をきゅっとゆがめるレイを知らないくせに。
困った時にほんの少し首を傾げる癖も知らないくせに。
その時、レイが私のほうを向いた。目が合うとほっとしたように眉を下げ、ほんの少し首を傾げた。すてき。いや、違う。これは相当困っていると見た。私はレイから視線を逸らすと、壁から離れてハワードのほうに歩み寄った。
「ハワード」
「ああ、コトネ。食べ物は確保したか」
「うん。あのね」
私は迷惑そうな周りの女性たちの視線を背中で払いのけ、ハワードと話し続けた。
「明日は、皆で浄化に行こう」
「……。そうするか」
答えるまでに間があったのは、領主の説得を考えたからだろう。
「アヤカにもちゃんと浄化のやり方を教えたいし」
見ず知らずの神官に簡単に教えられることを、アヤカに教えられないはずがない。なぜやりもせずあきらめていたのか。
「そうしてくれるか」
「うん。だから今日は、そろそろ引き上げない?」
「ああ。少なくとも、若い二人はなんとか早めに引き揚げさせるよ」
「お願いします」
こんな時力のない私は、レイやアヤカを助けたくてもハワードを頼るしかなく、それでもなんとかパーティから解放された時は皆疲れ切っていたよね。