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勇者に恋をした私

新連載です。

「好きです。付き合ってください」


 しまった。こんなに直接的に言うつもりではなかったのに、焦って口が滑ってしまった。好意を遠回しに伝えて、まずは同僚の立場からもう少し親しい付き合いをお願いしますと言うつもりだったのに、いきなり重すぎる。もっとも勇者相手に同僚などと思っている自分の神経も相当なものではあるけれど。


 だがレイはそんな私をからかったりせず、ほんの少し苦しそうな顔をしてわずかにうつむいた。伸びかけの短い金髪が額にはらりとかかり、青い瞳がわずかに影を帯びる。


「すまない」


 わかっていたことだが力が抜けた。友だちになる可能性だって限りなくゼロに近かったのに、付き合うどころの話ではない。でもきっと私は、自分の全力の気持ちを伝えたかったのだと思う。そのくらい好ましいと思っていた。


「コトネの気持ちはありがたいと思う。だが」


 ありがとうの後の「だが」は、断る時の決まり文句だ。私は少し無理をして口元に笑みを浮かべた。


「運命の相手がいるから?」

「……ああ」

「ううん。知っていたんだ」


 私はレイの澄んだ青い瞳を見つめ、今度はしっかり微笑んだ。これでたぶん最後になるから。笑った顔を覚えていてもらいたいもの。


「それじゃあ、これで」

「ああ、また後で」


 私はくるりと踵を返した。また後で、なんてない。ゆっくりとした足取りは次第に急ぎ足になり、最後は走り出していた。


 毎日残業していたころは、走る体力もなかったのに、今では全力疾走もできる。


 それもこれも聖女召喚なんてやらかしてくれたこの世界のおかげ、いや、この世界のせいだ。



 魔王が誕生し、世界が瘴気であふれ、人々が苦しんでいる。魔王はこの世界の勇者が倒すから、異世界から招かれた聖女はこの世界の浄化をなんて、どんなテンプレかと思った。でもその聖女はといえば一緒に召喚されたもう一人の若い女性のほうで、私はおまけときたら、もう笑うしかない。


 せいぜいお城から放り出されないといいなと思っていたら、私にも聖女より少ないながらも浄化の力があることが判明し、聖女のスペア、いや、雑用係くらいの扱いで勇者一行に組み込まれ、魔王討伐に駆り出されることになってしまったのだ。やれやれ。


 どうせ元の世界に帰れないなら、一般市民でいいのに。


 しかし、そんなやる気のない私に、この国の宰相はこう告げた。


「断るというのか。魔王を討伐した暁には、少なくない報酬がある上に、なんでも一つ望みがかなえられるというのに」

「やっぱり行きます。アヤカのことが心配だし」


 取って付けたように聞こえるが、取って付けたわけではない。一緒に召喚されたアヤカはまだ19歳で、とてもいい子なのだ。魔王討伐と言われたらいやな気持ちになるが、アヤカの相談役だと思えばまあ仕方ないかと思うし、正直なところ自分だけ逃げだしても後味が悪い。


 勇者に聖女。剣士に神官。そして王子と、全部で二百人ほどの精鋭部隊に30人のお世話係で、魔王の森を目指す。


 魔王魔王というから魔王城みたいなものがあるのかと思えば、そんな物はなかった。そもそも魔王という者すらいなかった。瘴気がなぜ生じるのかはわからないが、瘴気は人や植物など生き物を弱らせ、あるいは凶暴化させる。集まって瘴気だまりができればより大きい害をなす。それを祓うのが神官で、普段はそれでなんとかなっている。


 ところが瘴気だまりが大きくなると、それが命を得たかのように動き出す。神官にも対応しきれないその巨大な塊を魔王と呼ぶのだという。精鋭部隊の役割はちまちまと瘴気を削り取ること。そして戦える大きさになったら、勇者一行がとどめを刺すと、そういうことらしい。


「要は魔王は巨大な粘菌みたいなもので、最終決戦はゲームの大規模レイドみたいなものか。ということは事前のアイテム準備と当日の回復が大事、と」


 とはいっても神官がいて、神とやらの力で治癒はしてくれるが回復ポーションのような便利なアイテムはない。それでも万が一にも食料や武器が足りないことのないように補給に口を出し、途中でも出会う瘴気との戦いにむやみに突っ込みたがる精鋭隊に軽傷で戻ってくるよう説教もし、口うるさい女として嫌われもした。嫌われても自分が生き残るためには必要なことだ。最後は一人も欠けることもなく帰って来たのは私の力もあると思いたい。


 そんなお局のような役割の私が、金髪碧眼の勇者に恋をしたなんて我ながら笑っちゃうが、守銭奴とののしられおまけと軽んじられ、なおかつ若い私に年増だとか陰口を叩く騎士たちの中で、唯一と言っていいほど公平な態度で、しかも私のやっていることを認めてくれたのが勇者のレイだったのだ。


 好きにならないわけがない。


 年は25歳と私の二つ年下だが、そんなことはたいしたことではない。問題となるのは、勇者には運命の相手がいることなのだ。


 魔王を倒した勇者に与えられる褒美は、多額の褒賞と地位、そして運命の相手の召喚の儀式。そうして勇者は生涯幸せに暮らすという。


「なにそれ。その時にもう好きな人がいたらどうするの?」

「勇者は欠けたるもの。心がないんだそうです。だからこそ恐怖心なく魔王とも戦えますが、人を愛することもできない。そんな勇者の欠けた心を補うのが運命の相手なんですって。なんかロマンチックですよね」

「なんだそりゃ」


 意外なことに私の一番の味方は聖女のアヤカだった。


「私もゲームでは資源はめいっぱい準備する派なんです。しょせん戦なんて、物量ですよ」


 言い放って何かと私を後押ししてくれたアヤカ、最高すぎる。


 そのアヤカが、お世話係から聞いてきた噂として教えてくれたのが勇者の運命の相手説なのだ。


「でも、レイはごく普通に笑うししゃべるし怒ったりもするし、心がないなんて信じられないけど」

「それは小さい頃から、こういうところで笑って怒るように、というふうに、人としての振る舞い方を教わるんですって」

「そんなバカな……」


 でもそれなら、行軍で疲れても苛立ったりせず文句も言わないことや、私を含めてどんな女性にも優しいけれど興味のないところも納得できる気がする。


「でもレイは、コトネ姉さんと一緒にいるときは表情が豊かな気がするんですよねえ」

「まさか」


 アヤカの言葉に思わず頬を赤くして手をぱたぱたさせる私だったが、自分でもそんな気がしたのだ。他の人よりほんのちょっと反応がいいような、そんな程度だけれども。


 だから旅の終わりまでいろいろなことがあって、揉めながらも結局は部隊全体で心を一つにして魔王を倒した後、城に帰り、明日は勇者の運命の相手の召喚の儀式だという前の日、思い切って告白してみたのだ。


 玉砕したけれども。


「うわあーん」

「よしよしですよ」


 待っていてくれたアヤカの膝に顔をうずめて涙と鼻水をつけながら、私はぎゃんぎゃんと泣きわめき、そして自分の恋にさよならをした。



 そうして次の日、私は旅支度をしてアヤカと向き合っている。


「本当に行ってしまうんですか、コトネ姉さん」

「うん。日本でもね、お金を貯めて仕事を辞めたら、世界旅行をするのが夢だったの。世界と言っても異世界になっちゃったけどね」


 全てが片付いた後、私は節約すれば数年働かなくても暮らせる程度の褒賞をもらい、一つだけなんでもかなえられる願いとして、どこの国にも入れる通行証をもらった。外交官と同じ扱いになるとかですごく渋られたけれども、何とか勝ち取った。


 褒賞なんてそんなものだと思っていたからがっかりもしなかったけれど、お金が尽きる前に働かなければならないのが現実だ。世界にとっては厄介で、私にとっては幸いなことに、瘴気はまだあちこちに残っていて、それを祓えばお金になるし、旅の間に神官たちから治癒を学び、戻ってきてから正式に神官としての認定も受けた。


 旅をしながら瘴気を祓い治癒の仕事をし、定住できる国を探そうと思う。


 いつかはまた恋もできるかもしれない。


「レイに最後に挨拶していかなくていいんですか?」

「いいの。昨日ちゃんと気持ちは伝えたもの」


 やりすぎだったかもしれないけれど、断られてちゃんと区切りは付いた。胸の痛みは少しずつ消えていくだろう。


「落ち着いたら手紙を書くね」

「待ってます」


 城の前でアヤカと別れて、私はてくてくと町の中心部を目指して歩き始めた。まずは隣国を目指そうと思う。そのためには定期馬車に乗らなければならない。


「とりあえずお昼を食べよう」


 定期馬車の乗り場には、おいしいものを出す屋台がいくつも並んでいるのだ。


 その中からハムと野菜をたっぷり挟んだバゲットを選ぶと、ベンチに座って大きく口を開けたのだが、その時ふらりとめまいのような感覚が襲ってきた。


「これ、聖女召喚の時と同じだ」


 私は立ち上がって逃げようとしたが、そのまま目の前がゆがみ、気がついたら、目の前にレイがいた。私はバゲットを持ったまま、レイを見下ろした。見下ろした?


「コトネ!」


 いつもは微笑むだけのレイが満面の笑みを浮かべ、片方の膝をついてこちらを見上げている。いやだ、まるでプロポーズみたいじゃない。こんな時でもロマンチックな自分がおかしくなる。


「待って。なんでレイがここにいるの? というか、なんで、私がここにいるの?」


 レイから目を離せば、そこは見覚えのある場所だった。


「聖女召喚された時の場所だ。なんで?」


 当時はよく知らなかったが、今ではよく知っている面々の唖然とした顔が周りに見えた。アヤカの姿もあって、少しだけほっとする。だが。


「まさか」

「そうだコトネ。あなたが私の運命の相手」


 レイが嬉しそうな顔で右手を差し出した。


「運命の相手。私が?」


 勇者の欠けたる心を埋めるもの。私はバゲットを持ったまま自分を眺めた。昨日と変わらない私だ。


 そしてレイを眺めた。昨日の私を振った相手だ。


「コトネ。どうか私と生涯を共にしてほしい」


 向こうでアヤカが頬に手を当てて悶えている。大好きな人からのプロポーズ。ロマンチックには違いない。私は大きく息を吸いこんで、手に持ったバゲットをぴしっとレイに突き付けた。


「だが断る!」


 当然、大騒ぎになったよね。

今日から、月曜日を除いた週6日、朝6時に更新予定です。三週間くらいで終わるかなあと思っています。

軽い転生恋愛ものを目指しました。よかったらお読みください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 断っちゃったw
[良い点] そりゃ当然だ。 「運命の相手」っていう『ラベル』が付いてるなら誰でもいいのかいと。 「心」が無い勇者だから許してちょんまげ(古 って展開なんだろうけど、あいにく相手たる主人公は 心がある…
[一言] 断ったー!えらいー!強い子ー!www
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