独身税100%
1.
20XX年、国会で独身税の適用が可決された。
これは、30歳以上の独身者に対して課される税で、税額は、納税対象者の所得すべてであった。つまり、年収が400万であれば独身税は年額400万、年収が800万であれば独身税は年額800万になるのだ!
独身税によって所得のすべてが徴税されるからといって、独身税の他の税金、たとえば住民税や所得税などが免除されるわけではなかった。30歳以上の独身者は、独身税によって所得をすべて吸い取られる上に、住民税も所得税も年金も保険料も従来どおり支払わなくてはならないのだ!
2.
税率が所得の100%という鬼のような独身税の適用が可決されて、世の独身者たちは、具体例として、次のような行動をとった。
・すでに交際中の相手がいる者は入籍届を出した。これは勝ち組である。
・偽装結婚をする者。ただし頭の悪い者は公正証書原本不実記載等罪で逮捕・起訴され、裁判によって入籍が無効になった。偽装結婚は犯罪である。
・青い顔をして婚活にいそしむ者。これが大半を占めた。
・国会議事堂前でシュプレヒコールをあげる者。だが、世の大半の独身者は、そんなことをする暇があれば婚活すればいいのに… という冷めた目でデモ隊を見た。
・暴力に訴える者。彼らは警官から銃を奪い、そして人質をとって立てこもり、人質の解放と引き換えに独身税の撤廃を要求した。彼らはたいてい機動隊によって制圧され、逮捕されるか自決した。
・海外へ逃げる者。だが、独身税は今や世界各国で当たり前のように適用されていた。独身税がない国といえば、リアル北斗の拳と称されているような治安がめちゃくちゃ悪い国ばかりだった。
・独身税は憲法違反であると最高裁に訴える者。目下のところ審議中ではあるが、しかし前述のように独身税は今や各国で適用されているので、誰も期待をしていなかった。
・書面上、無収入になるか、もしくは所得を少なめに申告する者。独身税は所得に対して課税されるので、無収入であれば課税されないし、年収100万円と申告すれば年額100万円の独身税で済む。ただし、この選択肢は脱税であり、犯罪である。
・事実上、無収入になる者。この道を選ぶ者は少なくなかった。頼れる身内がいる者は身内を頼った。そうでない者は生活保護を申請した。だが生活保護は今や狭き門になっていた。
・絶望して死を選ぶ者。この道を選ぶ者も少なくなかった。
3.
独身税の適用開始まで1週間がせまった日のこと。
世の中は、婚活して一生懸命相手を探したものの、しかし相手が見つからず、婚活疲れと絶望から死を選ぶ独身者が相次いでおり、社会問題になっていた。
だが、大吉は、この社会問題とは無縁の立場にあった。大吉は、こんなに縁起のよい名前をつけてくれた親に感謝した。大吉には、同棲して1年になる彼女がいた。独身税が来週から適用されることだし、そろそろ彼女に婚約を申し出ようかと考えた。婚約指輪はすでに用意してあるし、高級レストランも予約済みだ。
自宅での夕食の時間。今日の夕食は、同棲相手の麻里香が作ってくれたカレーだ。
「マリちゃん」
大吉は、カレーを食べ終わったあと、真摯な態度で、麻里香を見つめ、
「レストランを予約したんだ」
と、告げた。
麻里香は、即座に理解した。その上で、こう告げた。
「前から言わなくちゃと思ってたんだけど…」
大吉は、あとに続く麻里香の言葉を、固唾を飲んで待った。もしかして、子どもを妊娠したのか…!?
だが、あとに続いた麻里香の言葉は、懐妊のしらせではなかった。麻里香はこう言った。
「私、他に、いい人ができたの。だから、ごめんね」
4.
独身税から逃れるために無収入になる者、あるいは絶望して死を選ぶ者。これらの者とは無縁の立場にいたはずだった大吉は、一夜にして、大凶の境地に立たされた。
麻里香はすぐに大吉のアパートを出ていった。麻里香と麻里香の荷物が去っていった部屋の中は、虚無だけが残った。
虚無に心を押し潰された大吉は、コードの両端を手に持ち、そしてコードでおのれの首を絞めた。心臓から脳に向かって流れる血液が、頸動脈で滞り、脳の血液が不足し、意識が遠のいていった。あともうちょっとで、天国にいる両親に会えることだろう。
5.
大吉は目が覚めた。
意識を失ったことで、コードでおのれの首を絞める両手から力が抜け、結局、死なずに生きたままだった。
それでも大吉は死ぬことをあきらめなかった。独身税なんてものが始まったら生活できなくなる。それに独身税の適用開始まであと1週間なのだ。それまでにどうやって相手を探せと。
一昔前に、集団自殺が流行ったことを、大吉はふと思い出した。SNS上で知りあった、おたがいの名前すらも知らない者同士が、車の中で、練炭を焚いて、集団自殺したのだ。
このご時世である。集団自殺は再ブレイクしているに違いない。ひとりでは死ねない連中が、一緒に死ぬ相手を求めて。
大吉はグーグルで「集団自殺」と検索した。独身者による集団自殺のニュースばかりがヒットした。あまりにも自殺者が多いため、厚生労働省は電話相談窓口の相談員を増員したとのこと。
「相談員を増やす前に独身税を撤廃しろよ…」
大吉はひとりで毒づいた。
今度は、「一緒に死んでくれる人」と検索した。例の自殺防止の電話相談窓口が画面の最上段にヒットした。電話相談窓口に電話をかけてみた。回線が混みあっていて、つながらなかった。相談員の数よりも、電話をかけてくる人数のほうが、多いのだ。大吉には知るよしもないことだが、相談員の数は増員などされていなかった。
さて、「一緒に死んでくれる人」とグーグルで検索した結果、例の電話相談窓口とともに、一緒に死んでくれる相手を募集するSNSが見つかった。そのSNSには、一緒に死ぬ相手を求める連中が、わんさかいた。
「〇月〇日〇〇〇〇にて」
このように日付と場所をSNSに書き込んで、一緒に死んでくれる相手を募集するのだ。
興味深いのは、10月1日以降に死のうとする者がいないことだった。独身税の適用開始は10月1日からだ。
つまり、9月30日までに一緒に死んでくれる相手を見つけないと、死ぬ機会を失うということになる。大吉は、急いで、一緒に死ぬ相手を探した。
6.
9月29日の夜、郊外の廃業したパチンコ屋の駐車場に、4人は集まった。
暗くて顔はよく見えなかったが、しかし、集まった者たちに生気がないことは、しかと感じとることができた。ただ、いくら陰気になっているとはいえ、集まった者たちの見た目は決して悪くなく、なぜこの者たちは結婚できなかったのか、大吉には不思議に思えた。
「みなさん、お集まりいただきありがとうございます」
主催者の男が、しずしずと頭をさげた。
主催者の男の年齢は、30代後半だろうか。もやしのように色白で体が細く、銀ぶちの丸いメガネをかけたその顔は、昭和の文学青年を彷彿とさせた。大吉は、ひそかに、胸の内で、この男に文学というあだ名をつけた。文学は三つ揃えのスーツを着ていた。文学の革靴はきれいに磨かれており、月の光を反射していた。
「お願いします」
仕立てのよい喪服を着て真珠のネックレスをつけて、髪を明るい色に染めた40前後の女が、おぼつかない足取りで頭をさげた。よほど酔っていると思われる。酒くさい。されど、クリエイティブな仕事の責任者みたいな風格を感じる。たとえば、ファッション誌の編集長みたいな。大吉は、胸の内で、この女に、編集長というあだ名をつけた。
「お願いします」
まるでモデルのようにスレンダーな美女が、頭をさげた。まだ若い。30手前に見える。この4人の中で最年少のようだ。細くて長い脚を自慢するかのようにスキニーのジーンズをはいて、薄手のトレンチコートを羽織っていた。化粧は薄く、髪も染めていなかったが、この美女は、顔や髪に人為的な細工を加えるより、自然体であるほうが美しかった。この美女にあだ名をつけることは、おそれ多くて、大吉にはできなかった。
「お願いします」
最後に、大吉が頭をさげた。
大吉は、着古した服を着て、メガネをコンタクトレンズに変えず、さらにヒゲも剃らずに来たことを、後悔した。どうせ死ぬんだから格好なんてどうでもいいだろうと思って来てみたら、他の3人は、ちゃんと身だしなみを整えていた。
7.
4人は、たがいに名乗りあうこともせぬまま、文学のシーマに乗りこんだ。これから死ぬのだから、名乗る必要などあるまい。
それにしても、大吉には不思議だった。シーマに乗れるほどの経済力を持ちながら、なぜ文学は結婚できなかったのか。これほどの金持ちの男を、世の女たちが放っておくはずがない。
後部座席の2人の女にしても、じつに不可解だった。編集長は性格にちょっとクセがありそうだから、婚活には苦労しただろうけれど、しかし、編集長は、黙っていればいい女だ。男に対して高望みをせず、そして黙ってさえいれば、結婚相手を得ることはできたはずだ。死を選ぶ必要はなかったはずだ。なぜ、生きる道を選ばなかった。
編集長の隣に座る美女が死ぬことに関しては、怒りさえ覚えた。これほどの美女が死に追いやられるのは、まるでアンコールワットや厳島神社といった人類の宝物が心なき者によって爆破されるようで、許せなかった。
シーマの車内は、音楽はおろか、ラジオもテレビも流していなかった。車内は重苦しい沈黙が漂っていた。
そして、シーマは、徐々に、街のあかりから離れ、人里を離れた山の中へと向かっていた。
死に場所が近づくにつれて、沈黙はさらに重くなった。まるで冷たい鉄のかたまりが胸の上にのしかかっているかのようだ。息ができない。練炭など使わなくとも、重苦しい沈黙が楽に殺してくれそうだ。
「なあ」
沈黙を破ったのは、大吉だった。
「みんなは、なんで、死のうと思ったんだ?」
「独身税が始まるからですよ」
後部座席の編集長が答えた。酔っていたはずだった編集長だが、重苦しい沈黙によって酔いがさめたのだろう。編集長の口調は判然としていた。
「やだな。酔いがさめちゃった。コンビニに寄ってもらえませんか?」
編集長が、文学に言った。
「残念ながら、この先、コンビニはございません」
文学の口調はやけにていねいで、されど声にあたたかみがなかった。感情を押し殺しているのだ。
「でも、お酒がないと、死ねないの。この先コンビニがないなら、Uターンしてよ」
「それはできません。ここで引き返したら、未練がわきます」
「私にとっての未練は、お酒なの。お願いだから、引き返して」
文学は車を路肩に止めた。それから、ポツポツと、水道の蛇口から垂れる水滴のように、言葉をつむぎ出した。
「皮肉なものだ。結婚相手は簡単に見つからないのに、一緒に死ぬ相手は簡単に見つかるんだから…」
「あんたも独身税が始まるから死ぬのか?」
大吉がたずねた。
「そうです」
「けど、あんたシーマに乗ってるぐらいだから、収入が結構あるんだろう? それでも結婚相手が見つからなかったのか?」
「仕事が忙しすぎて、婚活なんかしているヒマがなかったんですよ。毎日、夜遅くまで残業してるし、たまに休日があったとしても、すぐ会社から呼び出しを食らう。これでどうやって婚活をしたらいいんですか?」
「会社に女の子はいなかったのか?」
「いましたけど、会社の人間とプライベートな関係は結びたくなかったんです」
「ああ、それわかります。会社の人間を自分のプライベートの領域に入れるのって、なぜか抵抗ありますよね」
編集長が文学に同意した。
そんなわけでモタモタしていたら、結果、こうなってしまった。こいつらはバカだ。と、大吉は思った。
「あんたは?」
大吉は、助手席からうしろを振り返り、まだ一言も意見を発していなかった美女にたずねた。
美女は、泣きながら、答えた。
「私も、独身税が始まるから、こんなものが始まったら、もう生きていけないと思って… でも、本当は、死にたくないんです」
「わかるよ。私だって、死にたくない」
編集長も泣き出して、美女をわが身に寄せた。
「僕だって本当は死にたくないんです。でも、国は、結婚できない人間に、遠まわりに、死ねって言ってるんです。だから、死ななくちゃいけないんだ」
とうとう文学まで泣き出した。
さきほどまで沈黙が支配していた車の中は、今度は、打って変わり、鼻水をすする汚い音が支配するようになった。
なんてバカな連中なんだ。生きる方法が目の前にあるというのに、それに気がつかない。大吉はあきれてしまった。
8.
鼻水をすする汚い音に耐えかねて、大吉は車を降りた。そして、タバコに火をつけた。
1年ぶりに吸うタバコのなんとうまいこと! 麻里香はタバコが嫌いだったから、1年前、麻里香と同棲を始めたとき、大吉はタバコをやめた。麻里香と別れた今は、もはや禁煙の必要がない。
車の中は鼻水の汚い音と編集長の酒くさい息のにおいが充満していたが、しかし、車の外は、秋の虫たちが美しい音色を奏でており、道路の両脇の森からは木のにおいがした。空を仰げば、都会では決して見ることのできないおびただしい数の星が輝いていた。
目を真っ赤に腫らして、美女が車から出てきた。大吉は、美女に向かってほほ笑み、黙って空を指さした。
美女は息を飲んだ。
「すごい星…」
それから、美女は、大吉にこう言った。
「決心をつけるために外に出たんですか?」
「ああ」
「決心はついたんですか?」
「ああ」
「そんな気がしました。すごく晴れ晴れとした顔をしてらっしゃるから」
大吉は、車の中を、窓越しに、ちらっと見た。編集長と文学が口論しているように見えた。
大吉は美女にたずねた。
「あんたはどうなんだ?」
「私も決心がつきました」
「じゃあ、オレと組もう」
大吉は握手を求めた。美女は握手に応じた。
大吉は、美女の繊細な手をかたく握ったまま、
「オレは生きる決心をした。だからあんたも生きるんだ」
「は?」
「あんたも決心したんだろ?」
美女は、強引に、握手した手を離すと、
「ちがいます。私が決心したのは…」
「だから、決心したんだろ?」
「そうだけど…」
美女が、とうとう、笑い出した。してやられたと言わんばかりに。
「でも、独身税はどうするんですか?」
「払わずに済む方法がある」
「どうするんですか?」
「簡単なことだ。ちょっと考えてみればわかる」
「無収入になる」
「そんなことじゃない。もっと違う方法だ」
美女は、しばらく考えてみたが、答えは見つからないようだった。車の中では、あいかわらず、編集長と文学が口論していた。
美女は、とうとう、お手あげと言わんばかりに、
「ヒントをください」
「オレたちの男女比を見てみろ」
そこで、美女は、ようやく、答えがわかった。
9.
大吉は車の窓をノックした。窓がひらいた。
それから、一言、こう告げた。
「オレたちは生きることにした」
「バカな! どうやって生きるんだ!」
文学は、編集長との口論で、すっかりヒートアップしていた。
「オレたちは、明日、入籍届を出しにいく」
大吉のその一言で、熱せられた鉄瓶のようになっていた文学の頭は、冷水をかけられたように、一瞬で温度が下がった。そして、文学は、編集長の顔を見た。
「そうだよ… その方法があったよ… 私たち、結婚したら、助かるんじゃない!」
編集長は、後部座席から、文学に抱きついた。
10.
9月30日。
大吉と郁美は、郁美の両親にあいさつに行った。美女の名は郁美といった。
郁美の両親は、遺書を残して行方不明になっていた娘が帰ってきた上に、娘に結婚相手ができたので、涙を流して歓喜した。
それから、墓の下に眠る大吉の両親にあいさつをして、2人は入籍した。
いっぽうそのころ、文学と編集長も入籍届を出した。
また、いっぽうそのころ、独身税に反対する会において、集団リンチ殺人が起きた。
独身税に反対する会の中で、ひそかに入籍届を出した男女が、十数組いた。この十数組の男女は、9月30日、仲間から凄惨なリンチを受け、死亡した。遺体は地中深く埋められた。この事件は、のちに独身税に反対する会のリーダーが逮捕されるまで、闇に葬られた。
10月1日。独身税の適用開始。
この日、独身税に反対する会による集会が、国会議事堂前にて盛大におこなわれた。参加人数は千人以上に及んだ。
リーダーはこのように演説した。
「われわれは、独身税の支払いを、断固として拒否する! そのために、われわれは、本日より、収入を捨て、住まいを捨てる! われわれが、かくのごとき辛酸を舐めざるをえないのは、すべて、独身税のためである! だが、われわれは屈しない! 独身税が撤廃されるその日まで、われわれは戦い続ける!」
リーダーの演説のあとは、志願した男女17名が、みずからの体にガソリンを浴び、みずからの体に火をつけて、焼身自殺をした。
17名が焼身自殺をする模様はユーチューブにアップロードされた。ユーチューブの運営側は即座にこの動画を削除したが、削除しても、すぐに動画は再アップロードされた。
11.
世の中が不穏になる一方で、大吉と郁美は幸福の絶頂にあった。
2人は大吉のアパートで暮らした。
朝、2人で朝食をともにすると、2人は外に出かけた。ジブリの森や井の頭公園に行った。高尾山に行った。浅草寺や上野動物園に行った。藤子・F・不二雄ミュージアムに行った。
街に出れば、必ず、独身税に反対する会の集会を見かけた。独身税に反対する会のメンバーたちは、いずれも家を捨てて路上生活をしていたため、汚い身なりをしていた。路上生活者を排除して街を美しく保ちたい東京都は、独身税に反対する会の排除に乗り出した。独身税に反対する会は角棒とヘルメットで武装した。独身税に反対する会と機動隊が何度も衝突した。そのように世の中が不穏になっていく一方で、大吉と郁美は徐々に愛を育んでいった。
しかし、大吉も郁美も、いつまでも愛を育んでばかりいられなかった。2人は、生前整理のために、仕事を辞めていたのだった。
2人の就職活動は難航した。
郁美は塾講師だった。郁美は塾講師への再就職を希望したが、しかし、子どもが少ない今の世の中において、塾講師は需要が少なかった。
大吉の職も需要が少なかった。中国語とベトナム語とポルトガル語を話せる大吉は、大手メーカーの工場で通訳をしていた。工場の労働力は完全に外国人に頼りきっていたので、3か国語を話せる大吉は会社から重宝されていた。だが、スマホの通訳アプリの性能向上にともない、人間の通訳はもはや無用の長物と化していた。
12.
街路樹の葉が、1枚、また1枚と落ちるころ。2人の家には、不採用通知の山が築きあげられていた。
不採用通知の山を見て、郁美が言った。
「私、もう、塾講師をあきらめる。これからは仕事を選ばないことにしたよ」
「オレもそんなことを考えてたところだ。この際、たとえ給料が安くてもいいから、なんでも職にありつきたい」
そこで2人は、インターネットの求人サイトを見て、この仕事なら自分にもできそうと思われる職種に、片っ端から応募した。
応募がひと通り終わると、大吉がこう言った。
「それにしても、オレたちをこんな境遇におとしいれたヤツらに、復讐したいな」
「それは私も思う。でも、誰に復讐するの?」
「それは難しい問題だ。独身税を可決したのは国会だけど、その国会議員を選んだのは国民だ。いったい、誰に復讐したらいいんだろう」
「総理大臣でいいんじゃない?」
「そうだな。総理大臣でいいか」
「じゃあ、総理大臣で決まりだね」
13.
決行の日がやってきた。
道端には色づいた葉が落ちていた。
踏まれて潰された銀杏が犬のフンみたいなニオイを放っていた。
青空はどこまでも透き通っていた。
大吉は、まず、公衆電話から各テレビ局に電話をかけた。朝9時のことである。
「本日15時に首相官邸にロケットを撃ち込む。われわれの要求は独身税の撤廃だ。首相官邸にロケットを撃ち込まれたくなければ、本日15時までに独身税を撤廃しろ」
ニヤニヤしながら大吉が電話ボックスから出てくると、
「すごい! まるで映画みたい!」
と、郁美がはしゃいだ。
「オレ、演技の才能あるかな?」
「ある! 役者に転職したら?」
「じゃあ、どこかの劇団に応募しようか。とりあえず、いったん家に帰ろう」
家に帰り、テレビをつけた。テレビ局は、まだ、犯行予告について何も報じていなかった。報じるとしたら、昼のニュースだろう。
郁美が、興奮しながら、こう言った。
「ドキドキしてきたなー。逃げるのに失敗したら、即、逮捕だよね?」
「そうだな」
「そしたら、私たちは、どうなっちゃうの?」
「しばらく離れ離れになるな」
「それはイヤだ! ぜったい、2人で逃げようね!?」
「うん」
乳繰りあっているうちに、昼のニュースの時間になった。
「今日午前9時ごろ、首相官邸にロケットを撃ち込むという犯行予告がありました。犯人は、ロケットを撃ち込まれたくなければ独身税を撤廃せよと要求しました。警視庁は、首相官邸とその周辺の警備を強化しております」
それから、ニュースの司会者は、軍事ジャーナリストに、どんなロケットが想定されるでしょうかと質問した。軍事ジャーナリストはこう答えた。
「最悪の場合、RPG-7のようなロケットが想定されます。RPG-7は、世界各地の紛争地域で必ず見られるロケットです。いわば、世界でもっとも流通量の多いロケットです。入手もしやすいわけです」
「このRPG-7の射程距離は何メートルなのでしょう?」
「製造国がどこによるかで変わってきます。RPG-7は元々旧ソ連の兵器でしたが、構造が簡単なため、あらゆる国でコピー品が作られています。コピー品はだいたい粗悪品が多いです。コピー品の場合、標的から80メートルぐらいの距離で、ようやく当たるといった命中精度です」
「ならば、犯人は、首相官邸から半径80メートル以内にひそむだろうというわけですね?」
「RPG-7を使うのであればね」
大吉は腹をかかえて笑った。
「RPG-7だってさ! こんなものどうやって手に入れるんだよ!? ここは日本だぜ!」
郁美も笑いすぎて涙が止まらない。
「ロケットって、せいぜいこんなものなのにね!」
郁美は、ロケット花火を手に取った。
14.
決行の時刻が近づいたので、2人は、首相官邸にやってきた。だが、首相官邸は、厳戒態勢で近づけなかった。
機動隊の装甲車両によって急ごしらえされたバリケードを、恨めしそうに遠目で見て、郁美が言った。
「どうする? こんなオモチャのロケット花火じゃ、80メートルどころか、せいぜい10メートルぐらいの射程距離しかないよ?」
「しょうがない。あきらめよう。オレたちは、十分、復讐を果たした。少しではあるけど、世の中をかき回してやったんだ」
「そうだね。じゃあ、帰ろうか」
「ああ。明日から就職活動だ」
2人がきびすを返し、帰ろうとした、そのときである。背後からロケットの発射音がして、首相官邸が爆発したのは。
15.
首相官邸には、やはり、RPG-7が撃ち込まれた。
犯人は、当初、この翌日に犯行を実行する予定だった。だが、何者かが、勝手に犯行予告を出したので、犯行が予定より1日早められたのである。
犯人は、大胆にも、機動隊のバリケードの真正面にトラックで近づくと、荷台にいた男が、機動隊員たちの見ている前で、RPG-7を首相官邸に向かって放った。RPG-7を撃った男も、トラックを運転していた男も、すぐにピストルで自決した。
なお、首相官邸には1人の死傷者も出なかった。あらかじめ全員が避難していたからである。
独身税に反対する会は、ユーチューブに犯行声明を出した。
「これはほんの序章にすぎない。次は東京上空にロケットの雨を降らせる」
例の軍事ジャーナリストは、テレビでこう解説した。
「もしかすると、彼らが東京に降らせようとしているロケットの雨は、カッサームロケットのことかもしれません。カッサームロケットは、かつてハマスが使っていたお手製のロケットです。お手製であるがゆえに、どこに落ちるのか予測不可能で、迎撃は大変困難です。ハマスは、かつてイスラエル上空に、それこそ書いて字のごとくカッサームロケットの雨を降らせました。イスラエルはアイアイドームによって迎撃しましたがね。日本の防空システムは果たしてどうでしょう。なにしろ日本の場合は実戦経験がありませんからね」
東京都民は混乱した。
田舎に身内がある者は、東京から疎開した。
そうでない者は、声高に独身税撤廃を叫んだ。
16.
深夜のことだった。
玄関のチャイムが鳴った。
同じベッドで寝ていた2人は、目をさました。
「こんな時間に誰…?」
不機嫌そうに、郁美が言った。
「ほっとけよ。どうせピンポンダッシュだろ」
大吉は寝直そうとした。
だが、チャイムは、その後、執拗に、何度も鳴らされた。
「私、出てくる」
眠気を引きずりながら、郁美は電気をつけて、玄関まで行くと、ドアをあけた。汚い身なりをして悪臭を放つ男が、玄関の外にいた。男は覆面をかぶっていた。
「おまえか。勝手に犯行予告を出したのは」
覆面の男が言った。
覆面男の言っている意味が、郁美には、即座に理解できた。
「犯行予告? なんのことですか?」
「とぼけるな! われわれの計画を勝手に狂わせるな!」
郁美の悲鳴があがった。
大吉がベッドから跳ね起きて玄関に駆け寄ると、郁美が血を流して倒れていた。
覆面男が、今度は大吉に襲いかかってきた。このアパートは、玄関とダイニングとキッチンが同じ間取りにあった。大吉は、ダイニングの椅子を取ると、覆面男を椅子で殴った。椅子の脚が折れた。覆面男は、なおも大吉を刺そうとした。大吉は、キッチンへ後ずさると、皿を投げた。覆面男は皿をよけた。耳をつんざく音を立てて、皿が割れた。もう1枚皿を投げた。またしても激しい音が響いた。
皿の割れる音が、功を奏したらしい。覆面男は、騒ぎになることを嫌って、逃げた。
17.
郁美は死んだ。心臓を刺されて。即死だった。
犯人は、まず郁美の顔をめがけて上から刃物を振り下ろし、相手が顔を両手で防御したところを、瞬時に、無防備になった心臓部分へ照準を変え、肋骨と肋骨の間から心臓を刺した。人を殺す訓練を積み重ねた者による犯行だった。
大吉は警察から事情聴取を受けた。犯人に心あたりはないかと。
犯人に心あたりはあった。だが、大吉は、
「わかりません」
とだけ答えた。
18.
警察から帰ると、大吉は何本も包丁を買った。それも、よく切れて、よく刺せそうなものを。
それから、一眼レフのカメラを買い、名刺を何枚も印刷した。
19.
一眼レフのカメラを首からさげ、フリージャーナリストみたいな格好をすると、大吉はカバンに新品の包丁を何本も入れて、新宿に出かけた。
新宿の路上生活者のひとりひとりに、独身税に反対する会の現状を取材させてほしいと言った。だが、大吉が声をかけた路上生活者は、誰も彼も、独身税に反対する会とは無関係の者ばかりだった。
そうしているうちに、歯抜けのおじさんが、酒くさい息で、こう教えてくれた。
「ああ、あいつらならね、上野にいるよ」
「ありがとう」
大吉は上野に移動した。
そして、新宿のときと同様、路上生活者のひとりひとりに声をかけた。独身税に反対する会の現状を取材させてほしい、と。
すると、独身税に反対する会の一員に、すぐに会うことができた。
「お忙しいところすみませんが、取材をさせていただけないでしょうか」
声をかけた相手は、まったくもって暇そうであったが、大吉は、下手に出て、そう言った。
「いいよ。ところで、いま何時かな?」
独身税に反対する会の男が、そうたずねたので、大吉は時計を見て、
「14時です」
「オッケー。ついてきな」
男は、大吉を案内した。
それから、大吉が帰ってくることはなかった。カバンに忍ばせた包丁が使われることもなかった。
大吉は、待ちぶせをしていた者に、背中から刺されて、死んだ。
「いま何時?」
この質問は、まさに、合言葉だった。警察のスパイが、この合言葉によって、何人も帰らぬ人になっていたことを、大吉は知らなかった。
それから3日後、東京はカッサームロケットの雨によって壊滅した。
終
この作品をすべての独身者に捧げる。