なぜ、私が?
私はアイリス・プラティ。
由緒正しい伯爵家の長女で、兄が一人と弟が一人おります。
我が家は精霊魔法に特化した家で、昔から西の精霊使いなどと呼ばれ、時折精霊のいとし子と呼ばれる者が現れる特殊な一族でございます。
ちなみに今代の精霊のいとし子はお恥ずかしいことに私なのですが。
精霊のいとし子となると何かいい事がありそうな感じですが、現実は無情です。
四六時中、精霊さんが私に話しかけてきます。
庭師のボブ爺さんがうっかり花壇にしりもちをついた話から、娼館のナンバーワンの女性の性癖、はては他国の王位争いの裏側の話など。
情報過多で知恵熱をしょっちゅう出しておりましたせいでしょうか、巷の私の評判は病弱な深窓のご令嬢……。
この世に生まれてからずっと精霊たちのおしゃべりを聞いてきた私は、話を聞き流すという特技も得ました。
なにしろよちよち歩きどころか乳母の乳を吸う赤子の頃から政治から閨やら裏社会の話を聞かされる身としては、精霊たちに文句の一つも言いたいところです。
意思の疎通はできるのですが、話が一方的過ぎて私はいつもぼんやりと彼らの話が終わるのを待ちます。
お父様やお母様からの、精霊の事は放っておいて自分のペースで進んでよいのだという助言がなければ、私は一日中椅子に座ってただひたすら精霊の話を聞いていたことでしょう。
学園に通うようになってからは、マイペースな人見知りのご令嬢という評判でした。
もちろんそんな私も友人と呼べる方々がおります。
彼女たちとの出会いは、いわゆるお妃教育という将来の王妃様候補が集まる勉強会です。
私よりも一つ年上の、北の知恵姫と呼ばれるベタ侯爵のご令嬢、ローズ様。
同じ年で南の剣姫と呼ばれるグラミー伯爵のご令嬢、アネモネ様。
一つ年下で、東の魔法使いと呼ばれるクラウンローチ伯爵のご令嬢、デイジー様。
何人もいたご令嬢は年々少なくなり、最後には私たち四人となってしまいました。
学園に通うようになると、学業のほかにも社交界や慈善事業などの活動も増えて毎日がとても充実しておりました。
充実した日々というのは、過ぎ去るのも早いものでございます。
感慨深い卒業式では学園での勉強や活動において優秀な者だけが表彰される十人にも選ばれました。
引っ込み思案で引きこもり気質だったあのデイジー様も気が付けば生徒会長として送辞を立派に読み上げており、思わず感動のあまり泣きそうになりました。
年間首席のゼブラダニオ伯爵家のご長男、オスカー様による答辞は魅力的な声音でいつまでも浸っていたいと皆さまも思ったことでしょう。
そして生徒会による卒業パーティーが終われば私たちは学園に足を運ぶことはなくなります。
次に訪れる時は我が子の入学式でしょうか。
制服を着るのもこのパーティーで最後です。
「アイリスお姉さまっ!アネモネお姉さまっ!」
駆け寄ってきたのは新しい生徒会長、デイジー様です。
「ご卒業、おめでとうございます」
「ありがとう、デイジー。素敵な送辞だったわ。出会った時からなんて成長したのだろうと感動に打ち震えてしまいました」
アネモネ様のおっしゃる通りなので私も微笑んで頷きました。
「私もあなたがお友達で鼻が高いですわ」
デイジー様はうっすらと頬を染めて照れくさそうに微笑んでいます。
可愛らしくて胸がキュンキュンしますわ。
弟も嫌いではないですが、妹に欲しいですわね。
いっそ我が家の弟と結婚してくれないかしら。
「このパーティーを最後に、お会いできなくなるのですね。寂しくなります」
「そうですわね。もう王妃教育で会う事もないですから……領地に戻ったらあえなくなりますわね」
何しろ東、西、南と綺麗に別れておりますものね。
「何とぼけたことをおっしゃっているのですか、アイリス。社交界でお会いできますわ。つい先週もローズと会ったでしょう」
「ああ、そうでしたわ」
王都にいれば簡単に会えるのでした。
「アイリス様は領地に帰るのですか?」
デイジー様が戸惑った顔で私を見ます。
「いいえ。各地の教会からお呼びがかかっておりますので、あちこち飛び回ることになりそうです」
点在する高位精霊たちに対してのあいさつ回りですが、楽しみで仕方ありません。
精霊たちに、美味しい食事や歌や踊りで楽しんでもらい、人間に力を貸してくださいお願いしますと頼むのがこれからの私のお仕事です。
「そろそろパーティーも終わりの時間ですね。デイジー様のご挨拶を楽しみにしておりますので、頑張ってくださいね」
「はいっ」
デイジー様はよいお返事で締めの挨拶をするべく舞台の袖へと向かわれました。
「本当に、デイジー様は変わられましたね」
「ええ。まさか生徒会長になるなんて、出会った頃からは想像もできませんでしたわ」
私とアネモネ様は妹分の優秀さを語り合いながら、最後の時を過ごします。
そして生徒会長のデイジー様と、卒業生代表のオスカー様が舞台の上に出てまいりました。
ああ、これで終わりなのですね。
寂しくて悲しい中に、未来への不安と期待がゆっくりと溶け出していきます。
お二人の挨拶が終わり、盛大な拍手でこのパーティーはお開きに……あら?
舞台の上に立つお二人に拍手を送っていた私たちは、いきなり舞台の上に出てきた三人の男子生徒と一人の女生徒の姿に首をかしげます。
「王子とその取り巻きが何をやっているのかしら」
アネモネ様の疑問は皆様方の疑問でもあります。
あら、本当にカージナル王子ですわ。
あの方の婚約者候補でしたのよね。
王子が卒業生代表ではない時点で色々とお察しでしょうけれど、一応は王族なので締めくくりに抜擢されたのでしょうか。
デイジー様からは何も聞いておりませんでしたが……。
オスカー様が王子に何か言っておりましたが、側近の二人の手によって舞台からおろされてしまいました。
不穏な空気に不安が立ち込めます。
「アイリス・プラティ!」
壇上の王子からのいきなりのご指名に、私に注目が集まります。
なぜ私が呼ばれたのか、まったくわかりません。
隣のアネモネ様が不安そうに私を見て、それから壇上を睨み上げました。
「そなたには失望したぞ!」
いきなりのダメ出しです。
訳がわからず呆然としていると、王子はフンと鼻を鳴らして話し出しました。
「とぼけたふりをしても無駄だ!お前がこのリリー・コリドラス子爵令嬢を虐げていたことは調べが付いている」
会場内がざわりとしましたが、いったい何のことでしょうか。
王子の傍らにいる女性はいったい誰なのでしょうか。
「リリーを公の場で無視をし、彼女の私物に手を出し、周りの者にまでそれを強いて彼女に心の傷を負わせたそうだな」
公どころか私的にもその方の事は存じ上げないのですが、王子はいったい何を言っているのでしょうか。
「おおかた私の心が彼女に移ったことで、己の立ち位置が脅かされたと嫉妬に狂ってリリーを苛め抜いたのであろう」
今の話のどこに私が嫉妬する要素があったと断じるのでしょうか?
カージナル王子の正気を疑ってしまいます。
「あげくに貴様は聖女を騙り、リリーを貶めた!そなたのような性根の腐った女に王妃など相応しくないっ!この場を以て婚約を破棄させてもらおう!」
顎が外れるほど驚いたという表現がありますが、危うくそうなるところでした。
「どうしましょう、アネモネ様、私、王子が何をおっしゃっているのかさっぱりわかりません」
「安心して。私もわからないわ」
「話を聞いておるのかっ!」
残念ながら、聞いているからこそ戸惑っております。
「恐れながらカージナル王子、発言をお許しいただけますでしょうか」
「どうした、この期に及んでいいわけか?いいだろう、話してみろ」
どや顔で何をおっしゃっているのでしょうか。
「なぜ私がその方を苛めなければならないのでしょうか?」
「何をとぼけるっ。私の寵愛を受けられなかった腹いせであろうがっ」
会場中が首をかしげています。
「王子の寵愛を、なぜ私が受けるのです?」
「貴様が私の婚約者だからだ」
思わず隣にいるアネモネ様と顔を見合わせてしまいました。
「なんだっ、何が言いたいっ!」
「カージナル王子、アネモネ・グラミーが発言いたします」
「なんだっ」
よく通る声でアネモネ様が王子に声をかけます。
アネモネ様の凛としたお姿に私を含め、周りの方々はうっとりとしてしまいました。
「何か誤解なさっているようですが、今日を以て私たちは王子の婚約者候補でなくなることは三年前から決まっていることでございます」
アネモネ様がはきはきと王子に説明します。
「なぜ今まで婚約者候補だったかといえば、私たちは真の婚約者になる方の身を守るための盾となるためにその肩書が必要だったからです」
剣姫と呼ばれるアネモネ様らしい説明の仕方です。
私と彼女はそのためだけに婚約者候補になったのですよ。
「なん、だと?」
何をそんなにショックを受けているのでしょうか。
三年前にご説明があったと思うのですが……。
「まさかと思いますが、アイリス様が婚約者だと?」
えええええっ、嘘でしょ~。
今、会場中の心の声が一つになったと思います。
「なぜ私が婚約者だと思ったのですか?私は婚約者候補の一人にすぎないのですが……」
憐れむような視線が王子に集中しております。
隣ではアネモネ様があちゃ~っと呟きながら額に手を当てております。
勘違いに気が付いたのか、王子の顔が真っ赤になっていきました。
「馬鹿だとは思っていたけれど、底抜けの能天気でもあったのね……」
アネモネ様が深いため息をついております。
「だ、だが我が愛がリリーに向けられていることに嫉妬していただろう!」
「王子の妻になる方が誰か知っている私が、なぜ愛人候補に嫉妬しなければならないのですか?」
「愛人候補だなんて、なんて失礼な方なのでしょうかっ!」
リリー様が顔をしかめます。
「我が国では国王の妃は三人までと決まっております。みな妃教育を受けねばなりません。教育を受けずに寵愛を受ける場合、立場は愛人となり子は産めません。ですから現時点では愛人候補となります」
私の説明にリリー様はあっけにとられています。
常識だと思ったのですけれど、違ったのかしら?
「そうね、これから妃教育を受ければ、早くても五年後には第二王妃として迎え入れることが可能なんじゃないかしら」
アネモネ様が補足します。
「えっ、なぜ五年後ですの?」
「妃教育は五歳から始まり、学園の卒業で終了です。基準に達していない場合は達するまで延長されます。十年以上かけて受ける妃教育ですよ。今から受けるとなると、優秀な方でも数年は必要でしょう」
リリー様がどの程度の学力なのかはさておき、上位に入れない時点で相当の努力が必要だと思われます。
「妃教育の結果はちゃんと上層部の方々が目を通しておりますし、年に四回、各大臣と面談形式のテストがございますから、不正はできませんよ」
「えっ」
自国の大臣たちと話ができない者が、他国の外交官と話ができるとは思えませんもの。
意外と厳しい妃教育の実態に驚いている方々がおりました。
何人かのご令嬢が遠い目をされておりますが、妃教育の途中で見たことがあるご令嬢達です。
心なしかリリー様の顔色が悪いですが、大丈夫でしょうか。
「ま、まてっ、では私の婚約者とは……」
いったい誰なのかと今、それを、聞くのですか?
呆れ果てて誰もが口を閉ざし、アネモネ様もこれには答える気はないようです。
しかたありません、ここは私が。
「ローズ・ベタ侯爵令嬢です」
「あの年増かっ!」
会場が水を打ったように静まり返りました。
たった一つ上のご令嬢に対して年増とは……。
あまりの暴言に会場中のご令嬢を敵に回しましたね。
「しかし貴様は公の場でも彼女を無視し、茶会にも招待しなかったというではないかっ」
さすがにまずいことを言ったと気が付かれた王子は話をそらすために別の話題を持ち出しました。
「知らない方に話しかけるのは抵抗がございますし、そもそも存在自体を知らない方をどうやって招待するのですか?」
リリー……コモドラゴン子爵令嬢でしたかしら?
聞いたこともありませんのにどうしろと。
「しらばっくれる気かっ!」
「クラスでも選択授業でもお顔を拝見したことがありませんし、当家と関係のある方ではありませんので」
リリー様が真っ赤な顔で私を睨みつけておりますが、本当に接点がありません。
なぜ彼女が私の名を出したのか理解に苦しみます。
「しかも貴様は聖女の名を騙ったではないかっ!聖女とはリリーのためにあると言ってもいいのだぞ」
隣のアネモネ様があからさまに何言ってんだコイツといった顔をなさっておいでです。
気持ちはわかります。
「なぜ私が聖女だと言わねばならないのですか?」
「知らぬっ!おおかた己を清らかな存在だとアピールしたかったのだろうよ」
吐き捨てるようにおっしゃっていますが、王子は聖女という存在をそのように思ってらしたのですね……。
私を含めてみなドン引きです。
「カージナル王子。私は精霊のいとし子なので、聖女と口にできる立場にはないのです」
「は?」
何をいったい驚いているのでしょうか。
「馬鹿すぎて話にもならないわ。彼女はプラティ伯爵の娘なのよ。精霊に愛されし一族の中でも特に愛されているのがアイリスなの。彼女は聖女ではなく、精霊のいとし子という称号があるのよ」
「しかし、それとこれとは……」
「精霊のいとし子が自らを聖女と名乗って精霊がへそを曲げたら大変な事になることぐらいわかりますよね?精霊って気まぐれだけど自分のお気に入りに対する独占欲は強いって授業で習いましたよね?」
アネモネ様が精霊に気遣って大きな声で言い放ちました。
「自分たちの存在よりも他の存在をとったと彼らが誤解したらどうするおつもりですかっ!」
精霊は気まぐれだ。
善きこともすれば悪しきこともする。
「いとし子一番、神様二番、三番以降はどうでもいいっていうのが精霊なんですよ!」
本当に不思議なのですが、その通りなのです。
ちなみに三番は我が一族と少しのお気に入りと人以外の生き物で、越えられない壁があって四番手が有象無象の人間だそうです。
我が一族のあるあるですが、精霊が嫉妬するのでペットと召喚獣と使役魔獣は禁止です。
馬は移動手段に必要なので、お目こぼしをいただいておりますが。
「彼女は聖女ではなく精霊のいとし子なのですから、不用意な言動はお慎み下さい」
アネモネ様が念を押すと、王子は押し黙ってしまった。
「私は婚約者でもありませんし、リリー様とは無関係ですし、聖女ではなく精霊のいとし子です。それからカージナル王子の事は何とも思っておりませんしリリー様の事は存じませんので嫉妬のしようがありません。なぜ私がそのように思われていたのか不思議でなりません」
何をどう誤解すればそうなるのでしょうか。
私の事を陥れようだなんてことをしたら精霊が大人しくしていないでしょうし……本当に謎ですわ。
「それから私は精霊のいとし子なので、身分に関係なく愛した方との結婚が許されており、逆に王族との結婚は禁止されております。それは代々の国王ならばご存知です」
「えっ、なんで?」
「意に添わぬ結婚をすれば精霊が忖度し、相手を害する可能性が高いからですわ」
浮気でもした日には、精霊たちのお仕置きで何をされるかわかったものではありません。
私に子が生まれず第二王妃を娶ってその方を精霊が浮気相手と勘違いしたら?
一生浮気しないという決意がないと私と結婚はできません。
「ではなぜお前が王妃教育を……」
「ですから、私は最初から婚約者候補の方々を害意から守るための盾でしたのよ」
アネモネ様の言い方が格好良かったので真似てみました。
こてりと私が首をかしげるのを見て、アネモネ様は何かに気が付いたように目を見張り、そしてリリー様を見てからもう一度私を見ました。
いったい何でしょうか。
「ああ、そうなのね……うん、なんか話の流れがわかった気がする」
アネモネ様の言葉に会場の皆様方も困ったような顔をなさっておいでです。
「よくわからないのですが……」
「アイリス様はそのままでいてください。それが平和への道ですわ」
何やら壮大な事を言われてしまいましたが、周りの方々も同じ意見なのかこくこくと頷いている方もいらっしゃいます。
そこへ少々着衣が乱れたオスカー様が大股で王子のそばに歩いてきたかと思うと、何かを告げました。
「貴様っ、私を誰だとおっ……」
激高した王子の鳩尾にオスカー様はとてもいい笑顔で拳をねじり込むと、王子が白目をむきました。
オスカー様は王子を肩に担ぎ上げると、来た時と同様に大股で舞台のそでに引っ込みます。
残されたリリー様が慌てて後を追いかけていなくなると、デイジー様がものすごく不本意そうな顔で舞台の上に現れました。
「以上を持ちまして、本日の卒業パーティーを終了いたします。先輩方の未来に幸ある事を後輩一同、願っております。ご卒業、おめでとうございました」
過去形で最後を結び、これが本当に最後なのだということを思い出しました。
結局、パーティーは盛り下がったまま解散となりました。
カージナル王子とリリー様はいったい何をなさりたかったのか、私をどうしたかったのか、なぜ私だったのか、疑問だけが残ったパーティーでした。
後日談
私はカージナル王子の婚約者であるローズ様にお茶会に招待されました。
アネモネ様とデイジー様もご一緒です。
「あのバカ王子、よりにもよってアイリスに喧嘩を売ったんですってね」
大人の色香を放つローズ様は妖艶な笑みを浮かべました。
一つしか違わないのにどうしてこうも色香に差が出るのでしょうか。
アネモネ様がフフンと鼻で笑います。
「喧嘩にもなりませんでしたわ。……ローズ、今なら昨日の件をたてに婚約破棄ができるのではありませんか?」
「そうしたいのは山々ですけれど、女王の座は魅力的ですもの」
王妃ではなく女王とローズ様はおっしゃいます。
アネモネ様とデイジー様は冗談と思っていらっしゃるようですが、ローズ様は宰相と成人した王族の方々と秘かに密約を交わしております。
なぜ私が知っているかといえば、精霊が教えてくれたからですわ。
馬鹿な王子と結婚して王妃となるも、実権はローズ様が握り、国政を動かすと。
「あのバカ王子、私のことを年増と言っていたけれど、調教が必要ね。婚約後が楽しみだわ」
「ローズお姉さま、リリー様はどうなさいますの?」
「贅沢三昧を夢見ている時点で愛人にも相応しくないわ。婚約者候補と知って陥れようとした件で修道院行きは決定ね。あの手合いは野放しにしておくと男女のいざこざを撒き散らかすから丁度よかったわ」
「学園で男をとっかえひっかえしたあげく、最終的に王子とその側近を誑かしてモノにした手腕は見事でしたけれど、争いの種も撒き散らかすようでは使い道もありませんものね」
アネモネ様がばっさりと切り捨てます。
「ところで皆様、私にはどうしてもわからないことがありますの」
「なにかしら?」
「なぜ私だったのでしょうか?」
三人は顔を見合わせ、ため息をつきます。
「あの駄犬はね、貴方が初恋だったのよ」
「はつこい?」
「ええ。でも馬鹿だから自分の恋心に気が付かなくて、初恋をこじらせちゃったのね。相手にしてもらえないから腹いせに罰を与えて、落ち込んでいるあなたを慰めて恩情を与えてそれをたてに貴女を手に入れようとしていたのではないかしら」
「それっていわゆるマッチポンプってやつですね」
デイジー様がしたり顔でうなずきます。
自作自演であんな騒ぎを起こすような方が将来の王だと思うと不安しかないですが、彼女が王妃(女王)として傍らに立つと思えばあら不思議、安心感しかありませんわ。
「リリー様とはご縁が全くなかったのですが、あの方はなぜ私を目の敵に致しましたの?」
婚約者候補だからといえばそれまでですけど、それでもアネモネ様とデイジー様も婚約者候補として学園に在籍していましたのに。
私が不満そうにしているのを見てローズ様はくすりと笑われました。
「自覚のない王子の恋心に気が付いていたのだと思うわ。自覚する前にあなたの評判を貶めて恋と自覚しないよう誘導していたのよ」
それを聞いてアネモネ様が深いため息をついた。
「密偵として雇いたいくらいの人材なのに、単なる男好きじゃ本当に才能がもったいないわ」
お勉強ができるのと人の心の機微を読むのではまったく違う才能ですからね。
皆様方が惜しむ気持ちもわからないでもないですが、巻き込まれた当事者としては何とも言えません。
「だからといって冤罪で私を貶めようだなんて……」
不満を口にすると、お三方が顔を見合わせてもの言いたげに目くばせをしています。
「……あのね、アイリスお姉さま」
デイジー様がおそるおそるといったように口を開きました。
「リリー様の悪意を感じ取った精霊が悪戯した……なんてことはありませんか?」
「……………まぁ、ありえますわ……」
なんてことでしょう。
まるっきり冤罪というわけではなかったということですね。
いえ、精霊が勝手に気を使ってしでかしたことに関して私が責任を負う必要はありませんが、ありませんがモヤっとはいたします。
リリー様のいらっしゃる修道院に寄付でもしておきましょう。
「……精霊は王子に悪戯しなかったの?」
「わかりませんわ。そういった事は聞いても教えてもらえませんの」
いらない情報はほいほい勝手に話していくのに、そういう事はしらばっくれるのです。
「していた可能性はありますが、おそらく大した事はしていないと思います」
「なぜ?」
「ローズ様が躾けてくださると精霊たちもわかっているからですわ」
顔を見合わせてお三方はくすくすと楽しそうに笑っておいでです。
「アイリス様は、どなたか気になる方はいらっしゃらないのですか?」
もうすぐローズ様とカージナル王子の婚約が正式に発表される。
それと同時に私たちは婚約者候補ではなくなり、自由の身になるのだけれど。
「そういうお二人は?」
「ああ、デイジーは私の兄と内々に婚約が決まっているのよ」
一番年下の彼女に、婚約者が……。
おめでたい話なのですが、なぜか焦ってしまいます。
「私は騎士見習いのあと、おそらくローズの護衛になると思うので、そのあたりで見繕おうかと」
すました顔でおっしゃっておりますが、精霊から話は聞いております。
いかつい顔の近衛副団長を落とすとご家族に宣言したとか。
「それで、アイリス様は?」
問われて頭に浮かんだのは卒業パーティーでの最後の場面。
一撃で王子の意識を刈り取り、荷物の様に運んでいったあの人。
あの時のいい笑顔が忘れられません。
あれはひょっとして、一目ぼれというやつでしょうか。
「あらあら。どなたか意中の方がいらっしゃるようですね」
「うふふ、楽しみですわ」
「そうですわね。ぜひ応援させていただきますわ」
こちらをワクワクしたように見ている三人の声など私はもう聞いていませんでした。
自分の考えに没頭していたのです。
一目ぼれなんて、物語の中だからだと思っていましたわ。
あの方は同じクラスで話もしたこともあれば一緒のグループで授業を受けたこともありますのに、今更一目ぼれなんておかしくありませんこと?
ああ、だけどあの時の笑顔が忘れられません。
なぜ私が一目ぼれなど……。
世の中、不思議なことだらけですわね。
感想は受け付けていますが、返事はシャイなのでしていません。
読んでくれてありがとうございます!
早速の誤字脱字のご指摘、ありがとうございます!