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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

優しい優しい神父様

 その神父は、多くの村人から愛されていた。

 誰に対しても優しく親身に接し、やんちゃな子供の遊び相手を進んで引き受け、毎日のように老人の自宅を訪問して話し相手となった。

 かといって完璧というわけでもなく、自分の用事を忘れたり、どう見ても悪意を持って近づいてきた人間に茶を振る舞ったりなど、抜けている面もあった。

 そういうところも含めて、その神父は村人に受け入れられていた。


 その村には、もう一人の神父がいた。

 愛されている神父とは打って変わって、その者は、常に刺々しい雰囲気を纏っていた。話しかければ返事はするが、表情は固く、歩み寄ってこようとはしない。

 何より、その者は、弟子であるその優しい神父を虐げていた。何かにつけて彼を睨みつけ、彼の動向を探り、彼を監視していた。

 優しい神父は「先生はちょっと心配性なだけで、悪い人じゃないんです」と弁解したが、村人たちはどうも、その者のことが好きになれなかった。

 その者は、悪魔に憑かれているに違いない。

 そんな噂が流れ、その者は、村を追い出された。

 追い出されてもなお、村に戻ってこようと奮闘するその者を、村人たちは滅多打ちにした。肉を断ち、骨を砕き、顔面を踏み付け、村の外に放り出した。

 その行為におぞましい、信じられないと意を唱えた村人、神父を何故だか快く思えない少数の村人も、追い出された。

 後には心優しい神父と、彼を愛する村人たちだけが残った。




 リリィという女性がいた。

 彼女は都会で生まれ、田舎での生活に憧れていた。

 色々な村を見学した末に、その村を選んだ。

 そこの村人が皆揃って気立てが良さそうなのが決め手となった。

 新たな村人を、彼らは歓迎した。もちろん、神父も歓迎した。

 宴を催し、彼女が村に馴染めるよう、皆が気を配った。その甲斐あってか、彼女はすぐに村での生活に順応した。

 しかし、リリィは、神父に恋をした。女神に一生を捧げる聖職者を、自分の伴侶としたいと願うようになった。

 彼女の思いを告白された神父は、迷った。


「私は、あなたの気持ちには答えられません…そう、言うのが正しい姿なのでしょう。でも、僕は…」


 神父は、秘密にしようと持ちかけた。

 二人が結ばれていること、それを他の人間には内緒にして、一緒に過ごそう。

 リリィは喜んで同意し、二人は内密に、夫婦のような関係となった。


 村人たちは、即座にそれに気づいた。

 皆に愛される神父を独り占めにしようなど、何と罪深い女なのかと、憤った。

 彼らは夜、家に帰る途中のリリィを襲撃、緊縛すると、女神への供物にするべく、生きたまま鳥に食わせた。

 女神は空の上におわすという。空を飛ぶ鳥は、女神の使いとして大切にされていた。

 鳥が食べやすいように死体を細切れにして、差し出す。

 これは王都でも用いられる処刑法であるが、勝手を知らない村人たちは、鳥を捕まえ無理やりに食わせた。鳥にとっても良い迷惑である。


 だが、村人たちはやり遂げた。

 リリィは破片しか残らなかった。


 一方神父はいつまで経っても会いにこないリリィを探しに出掛けた。しかしリリィはもうこの世にいない。すでに女神の元へと旅立った。

 不自然な挙動をする村人たち。どこにもいないリリィ。

 リリィが殺された、と悟った神父は、大粒の涙を流した。どうしてこんなことに、と深く嘆いた。

 村人たちは気まずそうに落ち込む神父を見守っていたが、ある日、若い女が夜間に彼の元を訪れた。

 あの女の代わりでも良い、私を抱いて気を紛らわせて。女はそう言って、神父に身を預けた。

 神父は言われるがままに女を抱いた。

 その数日後、女はリリィと同じ方法で殺された。


 それからはいたちごっこだった。

 女は神父を誘惑し、男は女を殺す。

 村はどんどん人を減らしていった。

 ついに、村人たちは女を全て殺すことにした。母親も、妻も、娘も、等しく。神父を堕落に誘う肉体を持つ者はすべからく殺された。

 村には平穏が戻った。


 だがその一年後、村を大火が襲い、村人は全員巻き込まれて死んだ。

 唯一生き残った神父は、黒ずんだ村の跡地で、蹲って泣き喚いたという。




***



 その神父は、村の真ん中で、座り込んで肩を震わせていた。

 村が焼けたと聞いて慌てて未だ傷の残る体を引きずって戻ってきた、かつて村人たちに悪魔と断じられ追い出された神父は、背中を向ける彼の姿を目にした途端に、叫んだ。


「お前は!お前は、自分が何をしたか、分かっているのか!!」


 彼は答えない。ただ、体を震わせるだけだ。

 しかし、追い出された神父には、見当がついていた。

 彼は、


「お前!お前は…!何の罪もない人々を、殺したんだぞ!」

「…クッ…ウ、ウ…ギャーッハッハッハッハッ!!」


 柔和な顔立ちを醜悪に歪めて、笑っていた。

 笑いを堪えて体を揺らすのもそこが限界で、彼は涙を流して笑い転げた。


「何の罪もない人々!?んなわけねえだろ!女を毎晩のように殺したのはこいつらだぜ!?いやあ、せんせーにも見せてやりたかった!馬鹿みてえに次々鳥に食わせていく姿!鳥頭なのはてめえらだってのにな!ヒャハハハハッ!」

「貴様…!」


 激情を抑えきれない神父は弟子の胸ぐらを掴み、投げ飛ばす。それでも彼は笑い続けていた。


「いや、最高。人って素晴らしいわ。女も抱けたし、拷問も達成したし、俺としては超満足。やってみたかったんだよなあ、火あぶり」

「貴様ぁ…!…貴様が…貴様が悪魔であったら、何の躊躇いもなく、殺していたのに…!せめて、先生の言いつけさえなければ…!」

「あぁ、残念だなぁ。俺ってばれっきとした人間。せんせーとも、ししょーとも同類の人間よ。あーあ、ししょーの言いつけがなかったら思う存分俺を殺せてたのになああああー!」


 神父は、ゲラゲラと笑う彼を蹴り飛ばし、「貴様が先生の言葉を語るな…!」と追撃を加える。

 殴られ、蹴られながらも、彼は笑うのをやめない。


 神父の恩人である「先生」は、ある日、一人の少年を亡国から救出してきた。

 聞けばその少年はその国の王子で、唯一生き残った人間であるという。

 国で何があったのか、と尋ねれば、少年はさも面白そうに「国の守神がさあ、城の奥に祀ってある玉に宿ってるらしくてさあ、こーんなちっこい玉なんだけど。壊したらどうなるんだろーってやってみたら、天変地異が起こってさあ。もう最高。あんな刺激的な光景、胸躍る体験、初めてだったわ」と意気揚々と語り、神父を絶句させた。

 「先生」はその少年に何を見出したのか、「彼がこの世界の救世主となる」と断言し、世話を神父に任せた。

 それ以来、神父は少年を矯正すべく、様々な教育法を試してきた。

 が、何をしても少年の異常性を消すことはできなかった。

 滞在する土地全てで騒ぎを起こす少年のせいで、元々冷たく見られる神父の端正な顔立ちはますます険しさに磨きがかかり、眉間のシワはどうやっても取れなくなった。

 加えて少年は、猫を被るのが非常に上手かった。

 いくら神父が「こいつは危険だ」「関わらないでくれ」と頼んでも、人々は少年を気に入り、気安く接した。

 少年が青年に成長しても、中身は一切改善せず、むしろ女遊びを覚えてますます悪化した。


 そして、今こうして、この青年によってまた一つ村が壊滅させられた。


 確かに、村人たちもやり過ぎた面はあっただろう。実際、神父は彼らに重傷を負わせられている。制裁に参加しなかった親切な村人がすぐに介抱していなければ、神父は死んでいた。

 だが、それとこれとは関係ない。

 村人たちが神父を傷つけたとしても、死に追いやりかけたとしても、村人たちが死んでいい道理はない。

 傷つけていい道理はない。

 彼らは、決して死んでいい存在ではないのだ。

 だから、神父は彼らを殺した青年に罰を与える。無念のうちに亡くなった彼らの恨みを晴らすかのように。


 神父は泣きながら彼を殴り、蹴り、叩き、言葉になっていない声を上げて痛めつける。

 青年はそんな神父の姿を一瞬も見逃すことなく視界に収めながら、嘲笑い続けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ううむ。私には難しい。 ただ、涙をこぼす刺々しい神父と狂気を快楽とする柔和な神父の関係が興味深くは感じました。 なぜ彼らの先生は狂気の彼を将来救世主になると思ったのでしょうね。狂気を孕んだ彼…
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