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浮いた存在

「ご苦労様です。では、出口までご案内いたします」



 ギュンターとの話が終わり、部屋を出ると、ギュンターの部屋まで案内してくれたメイドが綺麗なお辞儀をしていた。ズレのない礼の角度、手の位置、全くぐらつく気配もしない安定感があり完璧と思わせるこのメイドはもしかしたら機械なのではないかと思ってしまう。相変わらず表情が動く気配もせず、必要以上のことは話さない。

 またか、と泣き叫びたい気持ちをなんとか堪えてオルフェオはメイドの後を着いていく。


 やはり沈黙というものは慣れられそうにない。緊張で変に体に力が入り、息が詰まりそうだ。むしろメイド自身はどのように思っているのか聞いてみたい。もちろん無理なのだが。


 悶々と悩んでいるうちに城の外に出る。やっとこの張りつめた緊張から開放されるとオルフェオは心の中で泣きながら喜びを噛み締めた。城に呼ばれるなんてことは田舎で暮らしていた時には考えられなかったし、喜ばしいことなのかもしれないが、しばらくは遠慮させてもらいたいとも思う。



「では、騎士団の方には連絡はしておりますので今から騎士団寮にお向かいください」



 メイドから現在地と騎士団寮に印がつけられている地図を渡されると、オルフェオは地図を受け取り街を振り返り見た。ここから見るだけでも故郷とは全く違う。道路は土の道ではなくしっかり整備されて色んな方向に繋がっていて、建物は多くそして高く空間に余裕が無い。


 故郷は穏やかで小さくてのんびりとした生活が続いていた。都会に憧れた時期もありはしたが、これから毎日こんなにぎやかで豪華な街に住むと考えるだけで気後れしそうになる。


「はい、分かりました。ありがとうございます」


「……もし不安でしたら案内人をつけますが」


 オルフェオはメイドの言葉に首を傾げる。表情は変わっていないはずなのに、今の言葉は事務的ではなくほんの少しだけ心づかいを感じた気がした。


(心配、してくれてるのかな?)


「いえ、地図あれば大丈夫です。オレ、方向には自信があるので」


 オルフェオは安心させるようにメイドに向かってニッと笑顔を見せるが、メイドはそうですかと表情を変えずに返すだけだった。その返事にオルフェオはとてつもない冷気を感じ凍えそうになる。


(うーん、これが都会ということか……やっていけるかな、オレ)


 オルフェオはいつも明るかった故郷の人たちの恋しさに涙をこぼしたくなる。いけないと頭をブンブンと横に振り、では失礼しますと一礼するとオルフェオは騎士団寮に向かった。




ーーーーー




 騎士団寮までの道のりはさほど難しいものではなく、難なく辿り着くことができた。恐らく……。


 着いて最初に思ったことは、本当にここであっているのか、ということである。

 地図が示している寮の手前のところにつくと、横に長く4階建ての建物が現れた。赤みのレンガ造りの建物で歴史はありそうではあるが寮というより屋敷を思わせるような立派なつくりである。入り口は丁度真ん中あたりに大きな扉があるのが分かり、すぐに見つけることができた。

 扉を開けて入ってみるとそこは通路となっておりすぐに通り抜けることができる。


 短い通路を通り、また扉を開けると激しい熱気がオルフェオを襲う。扉の向こうは広い中庭なのだろうが、中庭でも花が育てられていたり、緑が広がっているわけではない。床は石のタイルで敷き詰められており、そこで百は超えているだろう大勢の騎士たちが剣を交えたり、素振りやトレーニングをしている姿が目に入った。

 中庭に入ってやっと気づいたが、この寮は中庭を囲うように建てられているらしい。向かいのほうに扉が見えるのだが、その騎士たちでそこまで通る道が見当たらない。


(え、えぇ……)


 オルフェオは困惑した。

 ここは訓練所ではないはずだ。教官のような人物の姿も見えない。やっている事がそれぞれバラバラな様子から、きっと彼らが今していることは自主練というものなのだろう。

 そろそろ日も暮れ始めているが、騎士たちは自主練をやめる気配はどこにもなかった。むしろ雄たけびのような声をあげている者もいるのを見るとこれから盛り上がっていくのかもしれない。

 その様子を見てオルフェオはただただ戸惑うことしかできなかった。義務的な訓練以外で何時間もひたすら身体を動かし続ける彼らはマゾなのではないだろうかと思ってしまう。


―――――オレが一番嫌いなタイプの雰囲気だ。


 肩から鞄の持ち手ががずり落ちる。深いため息が漏れ、首が垂れる。


「おう、すごいため息だな」


「ぎゃっ!!!」


 慌てて声が聞こえた方に振り向くと、煙草をくわえた長身の男性が丸眼鏡を光らせてオルフェオを見下ろしていた。長い銀髪の髪をハーフアップでまとめられており、落ち着いた青い瞳が男性の大人らしさを助長させていた。男性は右手で顎髭を擦りながら、フッと笑みを浮かべる。


「うわさ通り、こういう雰囲気は嫌いみたいだな。ここにはやる気に満ちた奴しか来ないから、お前みたいな奴は新鮮だ」


 笑いのツボに入ったのか、男性は口を押えて肩を震わせている。


(うわさ?)


 ギュンターもだが、初対面のはずなのにオルフェオのことを知っているような発言をすることがあるような気がして、不思議に思い片眉をあげる。


「あー悪い。俺はここの管理人をしている、ヨーゼフだ。よろしくな」


「オルフェオ・バルディーニです。よろしくお願いします」


 握手をするとヨーゼフの手はオルフェオよりずっとゴツゴツとして硬く、剣を持っていた手だということがすぐに分かった。年齢的に全盛期はもう過ぎているだろうが首元や肩もしっかり引き締まって風格があり、もしかして管理長といいながらもっと上の役職の騎士なのではないかと警戒もしてしまう。


「じゃあとりあえずお前の部屋にその荷物を置いてから、寮の説明するか」


 オルフェオが頷いて、動く前に肩にかけている荷物をずり落ちないように持ち直す。


「あー荷物を持ってやりたいのは山々なんだが、自分で持ってくれな。俺は力仕事はできないんだ」


「へ?」


 言われずとも自分で荷物を預けるつもりはなかったのだが、持ってもらおうと考える人が逆にいるのだろうかと気になった。

 それより、一目見た様子だと全盛期の騎士たちにも負けないくらい引き締まった体つきをしているのに、力仕事ができないという言葉に疑問を抱く。


 ヨーゼフに視線を送るとオルフェオはあることに気づいた。

 コートを肩からかけていたため気づかなかったが、ヨーゼフの左腕がない。そして、左側の膝から下は義足であることに気づいた。


 あ、とつい声が漏れてしまう。ヨーゼフはオルフェオの視線に気づくと、慣れた様子で笑みを見せる。


「あぁ、これか? ちょっと昔に魔物にな。多少不自由はあるが、事務的なことなら困ることは無いから心配するな」


「そう、なんですか」


 やはり魔物との戦闘で大けがをすることは珍しいことではないということを突きつけられる。確かに一か月前の事件もドラゴンの周りを飛んでいた魔物だけでもいくらかケガを負わされた。むしろ、あれだけで済んだのは奇跡だったのかもしれない。

 あの日の恐怖・絶望・後悔はまだ鮮明に覚えている。思い出す度に胸を締め付け怠けた体を引き締めるような感覚を覚える。不謹慎だけど、その感覚に安心する自分がいることに気づいた。


 今までヨーゼフの姿を初めて見る者の反応は大まかに三つの特徴に分かれた。ヨーゼフはついその反応を観察するのが癖になってしまっている。

 まず一つ目はなんと言えばいいのかと困惑するタイプ、二つ目は油断したのが悪いと心のどこかで思っているタイプ、三つ目が自分もそうなるのではと不安に思うタイプだ。オルフェオの眉間にシワがより少しだけ体に力が入るような反応は三つ目に近いと思った。


「怖くなったか? 命をかけて戦うことが。そりゃあどんなに気をつけていてもこうなることだってあるぞ」


「いや、知っていますよ」


 ヨーゼフの問いに、オルフェオは爽やかな笑みを返す。先程まであった眉間のシワはなくなり、無駄な力が入っている様子はなく実に自然に口角を上げている。


「それに死への恐怖はもう置いてきましたから」


 少し視線を俯かせながら笑みを浮かべるその姿は放っておいたらどこか消えていってしまいそうな錯覚を覚える。

 オルフェオの笑みに対し、ヨーゼフの眉間にシワがより不自然に口角が上がる。


(おいおい、新人騎士がしていい表情じゃあないぞ、それは)


 確かに命をかけて戦う騎士はいくらかは死ぬ覚悟もしなければならない部分もあるかもしれない。そのために遺書を書くことを義務付けてもある。しかしオルフェオから自身の死への緊張感というものは感じられなかった。それはそれで危うい。

 報告ではオルフェオはジェラルドが死んだのを目の前で見たとあった。親友の死がここまで彼を追い詰めてしまったのかとヨーゼフはため息をついてしまう。


(仕方ないと言ってしまえばお終いだが、気にかけてやらないと……)


「あっ、そうだ。手がほしい時とかがあったらいつでも声かけてくださいね。オレ、できることなら何でもしますんで!」


「は?」


「え?」


 予想外なことが起き、気の抜けた声が出てしまう。オルフェオもヨーゼフの反応が予想外だったのか、笑顔から呆けた表情に変わった。

 オルフェオが言ったことは、ヨーゼフがそっくりそのまま言おうと思っていたことだった。言おうと思ってた言葉が取られて言葉を失う。まず何故オルフェオが今その言葉を出してきたのかが分からない。


「ありがとう」


 とりあえずお礼だけ言って、館内へと向かうことにした。


 館内に入ると、まず管理室にオルフェオの部屋の鍵を取りに行く。管理室も普通の部屋と同じように壁で仕切っているが、受付はガラス張りで少し中が見えるようになっている。オルフェオは覗くようにしてガラス越しから管理室を見る。


「へぇ、建物にしては小さめの部屋ですね。書類の量は思った通りですけど……」


 整理が大変そう、と苦笑いする口元を手で隠す。ヨーゼフは特に返事はせずにオルフェオに部屋の鍵を渡すとしっかりお礼が返ってくる。


「ヨーゼフさんはいつも何してるんですか?」


「ん? まあ、事務的な事だな。伝達とかもあるし、会計とか……」


「へぇ、効率よくしないといっぱいになりそう。一人でやってるんですか?」


「まあ、ほとんどな。……ってどうでもいいだろ、こんなこと。聞くならもっとお前に関係すること聞け」


 無駄なことを聞いてくるオルフェオをしっしと手であしらい、ため息を漏らす。オルフェオは不思議そうに首を傾げた。


「え、でも、もしかしたらオレに手伝えることもあるかもだし」


 オルフェオは笑顔を見せた。ヨーゼフは思わず勢いよくオルフェオの頭をはたくと、あだっとオルフェオが声を上げる。自分でも初対面の青年を叩いてしまったことに困惑しているが、とにかくコイツは危ないと体が反応した。


「お前な、他人のことじゃなくてもっと自分に興味をもて! ここの生活は自分との勝負でもあるんだぞ!」


「いやいや、オレは自分のことしか考えてないです。逆に人とか規則に合わせるとか苦手なのでそこが怖いんですよね」


 オルフェオは困ったように眉を下げながら笑みを見せる。何を言ってるんだこいつと思ったが、それは一週間後にはいやでも分かることだった。




ーーーーー




「バルディーニ!! 出てこい!!」


 全体の訓練が終わると、四階ある内の一階の寮長かつオルフェオの所属している小隊の隊長、ハーマンの怒鳴り声が響くのが日常になり始めた。ハーマンは我慢限界を超え、鬼の形相で廊下を前のめりで歩いていく。しかし、探されている当の本人が現れる様子は全くもってない。

 ハーマンの声は騎士団一の声だと言われるくらいの声量であり、オルフェオを呼んだ声は寮内全体に響いた。それでも出てこないということは自然と故意であるということを証明することになる。他の隊員ならばハーマンに呼ばれると慌てて反応するのだが、オルフェオといえば欠伸をしてハーマンの声が遠ざかっていくのを待った。


「飽きないなー。ハーマン隊長も」


「お前もな」


 オルフェオの欠伸まじりの声にすかさずヨーゼフが突っ込みを入れる。ハーマンの声が響いているにも関わらず、 机の下に体を縮めこんだまま書類を数秒見てはめくりまた数秒見てはめくりを続け、見終わるとヨーゼフに手渡す。


「ん、全部問題なしだよ」


「はいよ」


 ヨーゼフは書類を受け取り、印を押す。


 入団して2日目にオルフェオは管理室に駆け込んできた。何事かと思えば作業を手伝うからハーマンから匿ってほしいとの事だった。騎士である者が2日目で駆け込んできたことにヨーゼフは呆れもしたが、いつか諦めて自主練習に励むだろうと考え良しとしてしまった。

 しかし正直、オルフェオは文章を読むのも早く、知識も豊富、柔軟な発想も持ち備えており、何より何故か事務作業に慣れている様子で、オルフェオに手助けをしてもらうようになってから作業は数倍もスムーズに進むようになっている。オルフェオの人懐っこい性格にも絆され、ヨーゼフはあまりきつく言えなくなっている。しかし、ハーマンの声が聞こえるたびに罪悪感を覚える。


「いかないのか? 毎日探してるぞ」


「やる気のない奴なんかほっとけばいいのにねー」


 相変わらず、興味がないというように、書類を読みながら答える。

 ハーマンがオルフェオを探しているのはオルフェオに自主練習をさせるためである。仕事など義務的なことならすぐに対応するが、自主的なことは他人に強いられてするものではないと考えるために無視しているそうだ。言い訳にしか聞こえないが。

 オルフェオは書類を読み終わると満足げな表情を見せ、角をそろえて渡してくる。


「お前がそれを言うのな」


 ヨーゼフはため息をつきながら、その書類を受け取ることしかできない。


「それに、最近お前のうわさで持ちきりだぞ。しかも悪い方の」


 ヨーゼフは寮の管理人をしているだけあって、寮員から話しかけられることが多い。普段は流行りのことだったり訓練についての話が多いのだが、ここ最近ではオルフェオの話ばかりだ。この一週間だけでも、オルフェオの噂は寮内全体に広がり、日がたつにつれ評判は下がっていった。

 集合時間の5分前集合がなかなかできなかったり、自主練習をしていることろを見たことがないことや、任務中には私語があったり、騎士としての自覚がないなど悪い評判ばかりで、良い評判の情報が一向に入ってこない。

 悪い奴ではないのだが、とヨーゼフは思うが確かに騎士らしくはないとも思う。


「だから言ったじゃん、規則や人に合わせるのは苦手だって」


 口をとがらせて膝に顎を置くと、ヨーゼフが困ったような笑みを見せる。


「オレからしたら皆のほうが異常だよ、変態だよ! なんであんなしんどい訓練後に自主練すんの?! 体休めようよ!!」


 騎士団の訓練自体がすでに過酷なものである。訓練のみの日だと朝の8時には集合し、昼までランニングや筋トレなどの準備運動を集中して行われる。昼から武器を握ったり実践に向けられた訓練が日が暮れ始めるあたりまで行われる。訓練が終わった時点で体はかなり疲労状態であることには間違いなかった。


 オルフェオは別に自主練習を否定しているわけではない。そのため自主練というものだからどんなことをするのかと観察していると、個別性に合わせているわけでもなく訓練が延長されたようなものだった。

 それならば休憩もあまり挟まず疲れた体にストレスを与えるだけの苦行にしか思えない。あれを続けて、効果を感じた者はいるのだろうかと疑問にすら思う。確かに数は重ねているのだから、全く効果がないということはないと認めるが、効率は悪いにもほどがある。

 やるなら、休みも作る必要がある。バカなジェラルドでもできていたことだ。

 その場の空気に流されて、体を壊すのだけはごめんだと思う。


「じゃあまず5分前集合くらいはしないか?」


 ヨーゼフが人差し指を立てて提案してみると、オルフェオは不満げに見上げてくる。


「あー、でも集合時間に遅れたことないんだよ? その5分で何かをするわけでもなくじっとしてるだけなのに、なんでそんなに言われなきゃいけないのか分かんない」


 フンと鼻息を鳴らす。それはまるで拗ねる子どものようだった。 


「まあそう思ってしまうこともあるかもな。だが、5分前に集合してたら決められた時間に物事が確実に進められるように準備ができる。今みたいな訓練はそう重要性は感じないかもしれないが、戦闘前となるとどうだ?」


 言ってしまってからヨーゼフはしまったと思う。つい子どもに語りかけるような口調で話してしまった。確かにオルフェオは性格的に甘え上手で幼く見えることもあるが、成人は迎えている。分かっているようなことを子ども扱いのように教えて、不貞腐れてしまったりしないだろうかと不安になる。

 恐る恐るオルフェオに視線を向けるが、素直に首を傾げながら自分との考えと葛藤している様子が見られた。


「んーーー、分かった。気を付ける」


 牙をむくことなく素直に首を縦に振る姿に、呆気を取られる。

 噂では遅れてきても堂々としており、怒鳴られても謝りもせず高慢な態度だと聞いていた。しかし今のオルフェオは自分の過ちを恥じるように少し頬を赤く染めながら、なに?とヨーゼフを見上げている。


 そうか、とヨーゼフは腑に落ちる。オルフェオは覚えも早いし、頭もいい。他の騎士と比べても頭脳は人一倍優れている。だからつい忘れてしまいそうになるが、田舎で時間にとらわれずに過ごしてきたオルフェオは、集団行動の経験が圧倒的に少なく、一般常識のように思えることでも彼にとっては当たり前ではないのだ。だから、集団行動に苦手意識があるし、行動の意味も理解できない。

 だが、しっかり(いち)から理由を説明してやって理解することができれば、考えを改めることができるのだ。


「ったく、ちゃんといい子じゃないか」


「今さらー。……あ、これは見直してね」


 ヨーゼフの目の前に書類を差し出される。まさかと思いオルフェオの座り込んでいる横に視線を逸らすとオルフェオが点検した書類が山積みされていた。

 自分の話をしているにもかかわらず他に意識が向くということは、やはり自分のことに疎いということを示しているのだろうか。

 ヨーゼフはため息をつきながら首を横に振るが、オルフェオにはそのわけを理解することはできない。


「それより、だいたい普段はなんでそんなにギリギリに行くんだ?」


 ヨーゼフは書類を受け取ると机の上におく。手ぶらの状態で椅子に座り頬杖をついてオルフェオを見つめる。

 ヨーゼフが作業していないことに気づかないのかオルフェオは作業を止めようとしない。


「んーー? 今日は果物屋のポールおじさんのオレンジの収穫を手伝いにいって、昨日はメアリおばさんの子どもが熱出したっていうから風邪の時に作るスープを教えに行ったからかな。集合時間に間に合えばいいと思ってたから2、3分前くらいになっちゃってさ。あとー、一昨日より前はギリギリ5分前ではあったんだよ? これからお世話になるから挨拶とそのついでに世間話をしてたから、つい話こんじゃってホントにギリギリだったけど」


 オルフェオが説明している半分ほど、しっかり聞き取れている自信がない。予想外な返答に空いた口が閉まらない。

 オルフェオには悪いが、めんどくさいからだったり寝坊が理由だと思いこんでしまっていたのだ。


「じっとして時間が経つのを待つより動いてる方が性に合ってるんだよね……ってその顔は何?」


 自分でどんな顔をしていたかは分からないが、オルフェオがジト目で睨んでくる様子からよっぽど馬鹿らしい顔をしていたのだろう。

 ヨーゼフはため息をつき首を垂らしながら、右手で顔を覆う。


「ちゃんといい子じゃないか」


「それさっきも言ってたよ?」


 くくくと書類で口元を隠しながら可笑しそうにオルフェオは笑う。


「いや、本当にお前の行動力には驚かされた」


「そう? ここ来る前もこんな感じだったから、その生活をそのまましてるって感じだ」


「こんなに人の手助けとか人に関わろうとするやつ初めて見た」


「あー、でもそれは結構言われるかも。あ、でもさ……」


 珍しくオルフェオが書類から視線を外して、ヨーゼフに視線を合わせる。

 オルフェオはずっと気になっていたことがあった。ここに来た日にヨーゼフが「荷物をもってやれない」とわざわざ言ってきたことだ。


「むしろ、自分の荷物を持たないとか自分のことすらしない人とか騎士団にいるの?」


 やっと話に集中したかと思ったら、自分のことではなく他人のことである。ヨーゼフは盛大にため息をつきたい気分だったが、子どものような視線で聞いてくるオルフェオの疑問に答える。


「貴族の子どもが多く入団してくるからな。本当に最初はなんでやってもらえるものだと思って入団してくるやつもいないわけではない。まあ一週間もたてばそんなことを考えるやつはいなくなるがな」


 あー、それでとオルフェオは笑う。直接言ってきたりしてくる者はいないが、入団初日からオルフェオのことを軽蔑するような視線がちらほらとあった。田舎の平民が入団試験も受けずに入団してきたら、貴族でなくても面白くないのだろうが。

 オルフェオを良しとしない視線があることには最初から気づいていたが、特に気にする事はないと思った。


(オレはオレのやりたいように、オレのやり方で強くなる。強くなるのに人に合わせる必要なんてないよね?)


 書類のキリのいいところまで読み終わると、外の様子を伺う。ハーマンの声はもう聞こえず、寮内は静まり返っていた。ほとんどの者が中庭に移って自主練習をしているということだろう。

 机の下から抜け出して、手を組み上に伸びる。


「っはぁ! じゃあ、今日は用事があるから行くね」


「用事? また誰かの手伝いか?」


 違うよ、とオルフェオは困ったように笑う。


「今日はリュトさんに戦術について教えてもらうんだ〜。じゃ、時間だからいってくる!」


 約束の時間が迫っていたため、ヨーゼフの返事を聞かずにオルフェオはリュトがいる2階へと急ぐ。管理室に取り残されたヨーゼフは呆然とオルフェオの姿が見えなくなるのを見送った。


「な、なんだって?」


 一人しかいない部屋でヨーゼフは頭を押える。

 ツッコミどころが多すぎて頭の整理が追いつかない。

 まず、今オルフェオが尋ねに行ったリュトとは2階の寮長であり、若くして騎士団の総指揮官を任ぜられた人物である。確かに戦術などを知識を教えてもらうためには最高の人物ではあるが、なんと言ってもリュトはハーマンと犬猿の仲と言っていいほど仲が悪い。ハーマンの指導から逃れ、リュトの指導を受けにいっていたことがハーマンにしれたらと思うと頭痛がする。


「もう、どうなっても知らないぞ」


 命知らずにも程がある。

 ため息を漏らしながら、雑に頭をかく。

 明日辺り寮の物品が何かしら壊れそうな予感がするため、反省文用の用紙などの準備と明日までの作業を早めに終わらせるためにヨーゼフは机に向かうのだった。

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