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オルフェオが変わった日

※うちよその関係でストーリー順が前後して投稿することがあります。

割り込み投稿で順番は合うようにしています。

 オルフェオが目を覚ますとその部屋は静かで目の先には白い天井が映った。最初は見慣れなかったこの光景は今となっては当たり前になり始めている。

 今、オルフェオがいるのは病室だ。ドラゴンの尾の攻撃により体の至る所の骨が折れてしまっているため、足が挙上されていたり、色んなところが固定されていて動けるような状態ではない。

 この体勢は寝返りも打てず、居心地が悪い。体を動かそうとすると鈍い痛みが走り、息を止めた。止めた息を痛みが出ないようにゆっくりと吐いていく。


 痛い 痛いな


 包帯が巻かれてはいるものの唯一自由に動かせる右腕で顔を覆った。すると目頭が熱くなって、固く目を閉じると一筋の涙が頬を伝う。

 体のいたるところが痛い。どこもかしこもズキズキと痛み、痛すぎて呼吸がしづらい。ぽっかり胸に穴が空いたかのような空虚感とともに胸が引きちぎられそうなほど強く痛む。胸の痛みに気づくとそれがどんどん強くなっていき、大粒の涙がこぼれる。


「……くっ」


 痛い、体も心も。体全体がナイフで刺されているような気分だ。胸なんかナイフを刺したうえに、ナイフをグリッとねじられているような感じさえする。

 苦しくて、苦しくて、涙を堪えている方が体も心も痛くて、ついに声を上げて泣いてしまう。オルフェオの泣き声が病室に響いた。

 ここは小さな村の小さな病院だ。こんな大声を出してしまえば病院全体に声が響いてしまっているに違いない。それでも、オルフェオが泣くことを止めようとする者はこの数日の間現れることはなかった。


「ジェド、ジェドが死んじゃった」


 槍が折れ、ドラゴンの爪がジェラルドの体を傷つける光景が何度も目に浮かんでくる。その後の動かなくなったジェラルドの姿も。

 自分のせいでジェラルドを死なせてしまった。あの時、あの光景を見ることしかできなかった自分が許せない。どうしてあんなことになってしまったのか。どうして自分が生きてジェラルドが死んでいるのか。いろいろな思いがとめどなく溢れてオルフェオはそれらの思いに溺れてしまい、上手く息ができない。

 オルフェオのもう既に傷だらけの下唇を強く噛み、また血が流れた。

 コンコンとノックの音がして、失礼しますという女性の声と同時に病室のドアが開けられる。ついにうるさいと注意をされるのかと、オルフェオは涙を止めようと努力をする。


「申し訳ございません、バルディーニさん。お客様がいらっしゃったので……」


 ドアを開けた看護師が一歩下がると、ある男性が部屋に入ってきた。その人の第一印象はライオンのような人だった。男らしい黄金の髪は、前髪はかき上げられており、後ろの髪は上側の髪だけ結われて他は肩にかけられている。体格は相当鍛えられているのか、大きく厳かな風格である。

 オルフェオはこの人物を見たことがあった。なぜならジェラルドが休日のたびにこの人が載っている雑誌やら新聞やらを持って帰ってきては見せびらかしてきたからだ。そしてこの人の話を永遠と聞かされてきた。耳にタコができそうなくらい、すごい人だと、カッコいい人だと。スペードのキング且つ王国騎士団団長、ダヴィド。ジェラルドが最も憧れていた人だ。

 ダヴィドを目にした瞬間、彼について話すジェラルドの笑顔が目に浮かんでまた涙が溢れ出す。ダヴィドはオルフェオを見ると、眉を下げた。オルフェオに歩み寄ると、片膝をついて視線を合わせてくれる。


「キミがオルフェオ・バルディーニくん、だな」


 オルフェオは声が出せる状態ではなく、ただ頷く。


「ひどい怪我だ。村の人たちからもとても恐ろしい出来事だったと聞いている。駆けつけてやれなくてすまなかった」


 ダヴィドはオルフェオに頭を下げる。オルフェオは弱々しく首を振った。オルフェオの村は同じスペードの国民にも存在すら認識されているのか分からないくらい小さな村だ。そのようなところにダヴィドのような人が来れるわけがない。


「それに、ジェラルドくんの件については本当に残念なことだ。彼の魂が安らかに眠ることを祈ろう」


 ダヴィドは目を伏せて眉間にしわを寄せていた。オルフェオはじっとその表情を見てしまう。騎士団長であり、とても有名で遠い人だと思っていたダヴィドがオルフェオとともにジェラルドの死を悔やんでくれていることに心を動かされる。少し心が穏やかになって、涙は自然と止まっていた。


「今日は君に渡さなくてはいけないものがあって来たんだ」


 ダヴィドは一つの封筒をオルフェオに見せてくれる。封筒にはジェラルドの字で『オルフェオへ』と書かれてある。ジェラルドは手紙を書くようなやつではなかったため、違和感を感じながら封筒を見つめた。


「これはジェラルドくんの遺書だ」


 オルフェオは信じられない単語を耳にして、は?と声が漏れてしまう。


「……遺書? なんでジェドがそんなの書いてるんですか?」


 声が震えた。つい興奮して体を動かしてしまい、また肋付近に強い痛みが走る。

 つまりジェラルドは前から死ぬことを覚悟していたということだろうか。それに気づけなかった自分に腹が立つ。

 痛むところを押さえるオルフェオの肩にダヴィドは優しく手を置いた。


「まあ、落ち着け。騎士団では大切な人に遺書を書くことになっていてな。彼は騎士団の者と村の者、家族、そして君に、四通も書いてあった。律儀だな、彼は」


 オルフェオは眉間にしわをよせながら手紙を見る。

 そうだ、ジェラルドは律儀なやつだった。ジェラルドはいつでも感謝と謝罪の言葉を大切にしていた。しかも、文章で伝えることはなく、その場でしっかり伝えるのだ。オルフェオはその場で伝えてくれるジェラルドが好きだった。それがジェラルドらしいと思っていた。

 遺書だなんてジェラルドらしくない。そう思う半面、ジェラルドがどんな思いでその遺書を書いたのだろうかと思った。


「今、読むか?」


 ダヴィドの問いにオルフェオが黙って頷くと、丁寧に封を破り、右手に手紙をしっかりと持たせてくれる。

オルフェオはゴシゴシと右腕で涙を拭いてから手紙に目を通す。



―――――



 親愛なる オルフェオへ


 残念だ。死んだか、俺。

 まだあの人に全く近づけた気がしないんだけど。

 悔しいな、悔しい。あーーー悔しい。

 オルフェ、最後の俺はどうだった?

 それが心配で、死んでも死にきれない。

 これでカッコ悪い死に方だったらと考えるだけで鳥肌がたつ。とりあえず、オルフェを追いかけ回す途中で事故、みたいなことではないことを祈る。

 あわよくば、カッコよくお前の隣で死んでたら最っ高だ!!!

 そうだといいな。一緒に共闘なんかしてさ。

 いいな。それがいい。

 もっとワガママを言うなら、お前と騎士の仲間として背中を預けたかった。

 お前とならどんなやつにも勝てる気しかしないんだ。



 早いな。お前もそう思うだろ?

 俺も自分が死ぬなんて考えられない。まだやることがたくさん残ってる。

 だけど、さっきは死に方を心配したけど、いや、今もしてるけど、俺は後悔はするような死に方はしないっていう自信がある。

 だから、安心してほしい。俺は後悔はしてない。


 ずっと楽しかった。幸せだった。

 苦しいと思ったことなんてないんだよ。

 すごくないか?

 それはオルフェ、お前が居たからだと思ってる。

 いっつも面倒くさがりやでいい加減に見られがちなお前だけど、本当は面倒みが良くて優しいということを俺は知ってる。

 そんなお前に俺はずっと支えられていたんだ。特訓だって逃げても最終的には付き合ってくれたし。

 ありがとう。本当にありがとう。

 何度お礼を言っても足りないや。

 お前が親友で良かった。ありがとう。



          これからもオルフェと共に

              オルフェオの親友

               ジェラルドより



―――――



 ジェラルドの遺書は思いついたことをそのまま書き記したようなものだった。真っ直ぐにジェラルドの思いが伝わってくる、ジェラルドらしい遺書だった。

 オルフェオはため息を吐く。一人のときだったら泣いてしまっていたに違いないが、何とか耐えることができた。

 胸をなで下ろしているとふと裏に何かが書かれてあることに気づき、紙をめくる。そこには『置いていってごめん』とそれだけが書いてあった。不意打ちだった。

 オルフェオは胸までを掛けていた布団を顔のところまで引き上げて、布団の上から顔を押さえた。人前では泣くまいと必死に堪える。といっても、勝手にボロボロと涙は零れてしまうのだが。

 ヒックヒックと布団の下で揺れるオルフェオをダヴィドは落ち着くまで待っていた。


 オルフェオは落ち着いてくると、もそもそと布団から顔を出し、すみませんとダヴィドから目を逸らしながら言う。


「構わない。辛いな、大切な友人を失うのは」


 眉を下げながら笑ってみせるダヴィドにオルフェオはただ頷く。ふと目を逸らすとダヴィドの手にもう一つ封筒があることに気づく。


「あの、それは?」


「ああ、これか。これもキミにとって重要なものだ」


 封筒が開けられて、見せてもらったものは手紙ではなく書類のようなものだった。内容の前にオルフェオの目に止まったのは、国王のサインである。目を疑った。なぜ田舎のただの平民のオルフェオに渡す書類であるものが国王直々のものなのだろうか。慌てて内容を読み上げるが、またしても目を疑う。


「お、オルフェオ・バルディーニをスペードの7の兵士に選定する? ……は? ど、どどどういうことですか?」


 むかしむかし、ジョーカーという災厄をもたらす存在がいたらしい。それは街を壊し、人々を虐殺し、人々に恐怖を与えた。そのジョーカーは古代に封印されていたのだが、それでもまたジョーカーが復活することを恐れた人々は、ハート、ダイヤ、クラブ、そしてスペードの四国でジョーカーから世界を守るためにトランプ兵団を立ち上げたのだった。

 オルフェオがまだ子どもの頃にジョーカーの封印が解けてしまったと聞いている。ジョーカーの襲撃はとても不定期で正直オルフェオは実感が湧いていないのだが。それでも、ジョーカーに対抗することができるトランプ兵が選出されると国全体でお祭り騒ぎになる存在という印象があった。

 目の前にいるダヴィドもスペードのキングでトランプ兵の一人だ。そして、スペードの7の兵士もまたトランプ兵の一人のことを指す。

 オルフェオは頭が真っ白になる。スペードのトランプ兵は騎士団の中から選ばれると噂で聞いたことがあった。何がどうなってオルフェオがトランプ兵に選ばれたのか理解ができない。


「スペードのトランプ兵の選出は少し異様なものでな。陛下が選出するものではないんだ。スペードのトランプ兵はスペードの武器に選ばれた者がなる。つまり、バルディーニくん、キミはそのスペードの7の武器に選ばれたんだ」


 ダヴィドは病室の隅に立てかけられてある、オルフェオの銀の剣を指さした。オルフェオは次は耳を疑う。あの剣は二年ほど前にジェラルドに押し付けられたものだ。普通に武器屋にあったと聞いていたし、トランプ兵の選出が武器が流れついた人に、みたいな感じで大丈夫なのだろうか。


「で、でも、オレは騎士でもないですし、その剣はジェドに押し付けられただけで、まず選ばれたってどういう……いや、そうじゃなくてもっと相応しい人がいるかと」


 混乱しすぎて自分でも何を言っているのか分からなくなってくる。


「この原理を理解することは恐らく難しいだろうな。ただ、一つ言えることは、スペードの武器を持っていたらトランプ兵だと言うわけではない。武器それぞれで選択の仕方は違うらしいが、キミは既にその剣との本契約が済んでいると陛下が仰っていた」


 何となく言っていることが分かるようで、何のことだかよく分からない。ダヴィドから少し視線を逸らし眉を下げるオルフェオを見て、ダヴィドはフッと笑みをこぼす。


「……まあ、スペードの7の兵士はキミでなければならないということを分かってくれたらいい」


 ダヴィドは真剣な表情をオルフェオに向けた。一瞬真剣な視線に圧倒されてオルフェオはダヴィドと目を合わせるが、視線を下げ仕舞いには目を閉じてしまう。

 一番大切な友人でさえ守ることができなかった男に、どうして世界が守れるのだろうか。それが最初に思ったことだった。トランプ兵はオルフェオにとっては眩しく遠い存在だ。とても強くて、どんなピンチでも最終的には皆を守ってくれそうな信頼がある大きな存在。まさにダヴィドのような人のことだ。そんな存在に自分がなれるはずがない。


 それでも……


「……やります、オレ。強くなりたいです。守れるようになりたい。……誰かが死ぬ光景を見るだけなんてもう嫌なんです」


 まだ守れる力なんてない。自信もない。足でまといにだってなるに決まってる。だけど、自分に資格があるならやるに越したことはない。

 今からなってやるんだ。他のトランプ兵のようにヒーローにはなれなくても、自分のやり方で誰かを守れる存在になってやる。

 オルフェオは額の上で右手を固く握りしめ、涙が出ないように目を固く閉じ、唇を噛み締める。すると、ダヴィドの大きく硬い手がオルフェオの拳を優しく包む。


「あぁ、強くなろう。共に」


 とても優しく、だけど力強い声だった。オルフェオはこれからはこの人を背を追うのだなと思った。やっと、ジェラルドの気持ちが分かった気がした。



―――――



 一ヶ月後、退院したオルフェオはスペード国の中の名のある村から街のほとんどを囲む極大の塀を潜り、塀の入口から一番奥にある城の前に来ていた。塀の中に入るとどこもかしこも栄えてる街ばかりに見えた。故郷と同じくらいの規模の村に見えても、故郷では物々交換が多かったが、硬貨がちゃんと使われているし、もっと大きな街では建物は高いし豪華というべきか光沢感があった。それだけでも圧倒されて口が塞がらなかったのに、城を見上げれば後ろにひっくり返りそうになる。


(住む世界が違う)


 急に故郷が恋しくなる。これではいけないとブンブンと首を振っていると、いつの間にか目の前にメイド姿の女性が現れていた。


「ひぇっ」


「オルフェオ・バルディーニさんですね。遠い所からご足労おかけいたしました。では早速ですが、こちらへ。陛下がお待ちです」


 メイドは表情を全く変えずに淡々と告げると、城の中へと歩いていってしまう。オルフェオも置いていかれないようについて歩いた。歩き始めるとひと言も話さず、ただ目的の場所へ歩みを進めるという沈黙の時間が続く。故郷では周りにおしゃべり好きな者しかいなかったオルフェオには、居心地が悪すぎる。とはいえ、こちらから話しかけるのは怖すぎるためオルフェオも無言を貫いた。

 メイドはある部屋の前に立ち止まると、三回ノックをする。ドアの前に立っている騎士も無表情でオルフェオは横目で見上げるも身を縮める。


「陛下、スペードの7様がお見えです」


「……入りなさい」


 少し老いた男性の声が聞こえると、騎士がドアを開ける。メイドは道を開けるように横に避け、オルフェオに向かってお辞儀をしている。どうやら、一人で入らなければならないらしい。


「失礼します」


 オルフェオが部屋の中に入ると、執務中だったのか執務机に向かっている還暦を迎えるくらいの男性とその後方で手を後ろで組んで立っている護衛騎士がいた。座っている男性は高齢に見えるが、体は引き締まっていて気迫があり、頼もしさを感じる。これが国王かと、オルフェオは息をのんだ。

 国王であるギュンターは立ち上がるとオルフェオに歩み寄りながら手を広げる。


「よく来たな。バルディーニくん。新たなスペードの兵士の誕生を嬉しく思う」


 ギュンターはオルフェオの目の前に立つとオルフェオの両肩を支えるように掴んだ。少し目を見開くオルフェオの顔を見て、ギュンターは優しく微笑む。


「スペードの兵士は、私にとって実の子のような存在だ。そんなに固くなる必要はない。あ、でも君の年齢じゃ孫の方が現実的か? だったら、私のことはおじいちゃんと呼ぶといい」


 はっはっはっと、ギュンターは高らかに笑う。


(いや、呼べるわけがない!!!)


 オルフェオは微動だにしない騎士に視線を向ける。相変わらずこの城の者は表情を変えない。しかしこの瞬間だけは騎士の体に力が入ったような気がして、オルフェオは怯える。ギュンターの冗談に乗れば、きっとオルフェオは国王を侮辱したとしてこの騎士に斬られると予想し、顔を青くする。 


「バルディーニくん」


「は、はい!!」


 オルフェオが返事をするとギュンターはまた笑みを見せ、オルフェオの腰に差してある剣に視線を向ける。


「少し、君の剣を見せてもらってもいいか?」


 オルフェオは剣を慌てて外し、ギュンターに手渡す。ギュンターは剣を両手で大事そうに受け取ると、隅々まで剣を見る。


「……なるほど、強い剣だ。そして明るく優しい。君が本当に大事だということが伝わってくる。……しっかり守ってやってくれ、頼むぞ」


 最後の言葉はオルフェオではなく、剣に囁いているように見え、オルフェオは首を傾げた。

 ギュンターから剣を受け取り、腰に差すと、ギュンターにまた名前を呼ばれる。


「君には騎士団に入ってもらうことにした。知っての通り、スペードの兵には騎士の者が多い。彼らと交友を深めるのにもいいだろう。そしてなんと言っても騎士としての訓練は、人を守り、君自身を強くするためにも役立つ事が多くあるだろう」


「はい」


「騎士団に入るにあたって聞いておきたいことはあるかい?」


 オルフェオは少し迷ってから口を開く。


「あ、あの、オレがスペードの兵士というのを発表するのは少し待っていただけませんか?」


 ギュンターはぱちぱちと瞬きをしたが、何故かと聞いてきてくれる。


「オレは、正直に言うと……まだトランプ兵としてやっていけるか自信がありません。騎士としてどうやって生活していけばいいかも想像がつきません。新しい生活に不安もあります。それに加えてトランプ兵だというプレッシャー、となると……耐えられる気がしないんです。すみません、頼りないやつで」


「いやいや、そりゃそうだ」


 オルフェオは情けないと言われるのを覚悟で声を震わしながらも思いを告げたのだが、ギュンターはその通りだと笑い飛ばす。


「新しい環境に慣れるというのは意外と困難だ。そうだな、発表は三ヶ月後にしよう。気づいてやれなくてすまんかったな」


「いや、そんな……」


 オルフェオは顔を俯かせながら首を振る。


「だが、それにはいくつか条件がある」


「条件……」


 オルフェオが表情を固めると、ギュンターはまた声を上げて笑う。


「そんな気を張ることでもない。まず、一つ、発表の日までトランプ兵の力を使ってはならない。バルディーニくんの場合はドラゴンを斬った時に使ったあの力だ」


 正直、オルフェオはその時の記憶が曖昧であった。どうやってもう一度あの力を引き出せるのだろうかと思っているほどに何をしたのか覚えていない。なら大丈夫かと特に気にすることなく、ギュンターが出した条件に頷いた。しかし何故ギュンターがあの時のことを知っているのだろうと疑問を抱く。


「次に三ヶ月経っていなくても、ジョーカーの襲撃があればトランプ兵として出動しなければならない」


「それは、はい、そのつもりです」


 オルフェオが真っ直ぐとした視線をギュンターに向け頷くと、ギュンターは眉を下げて笑みをつくる。


「あと、これは条件とは関係ないのだが……」


 ギュンターは愛おしい子どもを相手にするように、オルフェオの頭を撫で優しく抱きしめる。オルフェオは心の中で悲鳴を上げる。


「トランプ兵は世界を守るために戦わなくてはならない。それは本当に大変なことだ。敵は強さは計り知れないし、過去のトランプ兵の中に帰ってこなかった者もいた。君自身の身の危険を感じる日もあるかもしれない。それでも、どうか、無事に帰ってきてほしい 」


 ギュンターの切実な願いがひしひしと伝わってくる。帰ってこなかった者がいた時、ギュンターはどのような思いでその出来事を受け入れたのだろうか。オルフェオには少しその気持ちが分かる気がした。


「……はい」


 オルフェオはギュンターの肩に額を預けて、目をつむった。



―――――



 ギュンターとの話が終わるとオルフェオは城から去っていった。ギュンターは椅子に座り、ため息をついたかと思えばフフフと笑い出す。


「あれが我々の新しい家族だ。どうだ、可愛かっただろ?」


「ええ、反応が怯えた子犬のようでしたね。愛らしくてつい笑ってしまいそうになりました」


 ギュンターの後ろにいた騎士が口に手を当てて、クスクスと笑う。ギュンターも確かにと笑う。そして、表情を真剣なものに戻すと執務机に肘を置き顔の前で手を組んだ。


「鳥よ、引き続きあの子たちの監視を頼むぞ。私の大切な子たちだ。何一つ細かい変化も見逃すな」


「……御意」


 ギュンターと護衛騎士の二人しかいないはずの部屋に、別の男性の声が部屋に響いた。



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