平民いじめ④
風邪を引いたその日は大変だった。
見るからに体調が悪いオルフェオを騎士たちもさすがに無視することはできなかったらしく、心配するような声をかけてくる者がいるほどだった。正直立っているだけで限界を感じていたが、訓練中は気を引き締めていたからか、薬が効いていたからかは分からないが、なんとか訓練が終わるまで参加することができた。しかし、終わった後に症状は悪化した。動くだけで響く頭痛と吐き気、何故か足がおぼつかないことで動けなくなっていたところをユーリとキーランドの肩を借りて医務室まで運ばれていった。
だが、次の日になるとオルフェオの体調はだいぶ回復していた。少しだるさが残ってはいるが、頭痛も軽く昨日と比べたら雲泥の差だ。少し顔色が良くなったオルフェオを見て、ユーリは安心した表情を見せた。風邪だから気にかけているだけだと言われていたキーランドは、オルフェオが回復すれば元の態度に戻るかと思われていた。しかし、キーランドはオルフェオが回復しても自らオルフェオに声をかけて一緒に行動するようになっていた。ユーリとキーランドはずっと口喧嘩をしてはいるが、一番仲が悪いと言われていた者たちが急に仲良くなって、寮内で動揺が走った。
そして、さらに翌日。
オルフェオは自分の部屋のドアを眺めて立ち尽くした。
隣の部屋の騎士に外に出るように言われて、外に出てみると自室のドアや外側の壁に大量に紙が貼られていた。赤字で『出ていけ』や『消えろ』の他に、口にはしたくない言葉も乱暴な様子で書かれている。よろけて自室の向かいの壁に背を預け、髪を乱暴に掻く。
「これが騎士のすること?」
つい顔が引きつる。怒りなんてものはなく、ただただ呆れ、落胆した。騎士たちには騎士道という美徳を持っているため、まさかその美徳に反することをこのように堂々としてくるとは思いもしなかったのだ。
(それとも、それほどに嫌われてたということか……でもさ、でもさあ)
少し自分の行いの反省もしながら、静かに苛立ちがこみあげてくるのを感じた。オルフェオは嫌がらせをされること自体には納得している部分があるため、責めるつもりはさらさらなかった。ただやり方が気に食わない。水をかけられた時と同じく、こういったやり方は目撃者も出て、証拠も残ってしまう。これでは隠しようがないのだ。
犯人たちが分かっててやっているのか、そんなことも考えずにやっているのかは知らないが、どちらだとしても愚かだとしか思えなかった。これなら正々堂々、直接殴りに来た時の方が騎士らしいとも思った。
騒ぎを聞きつけて、様子を見に来る騎士たちが増えてきたため、オルフェオはとりあえず、紙をはがす。それと同時に、キーランドとユーリが駆けつけてきて、貼り付けられた紙を見るなり顔を歪めた。二人ともオルフェオより慌てた様子で、乱暴に紙を剥がしていく。
「何ですか、これは! 流石にやりすぎです!」
「どうしたらこんなことができるんだ」
紙をはがしながら二人ともが声を震わせる。しかし、ユーリがキーランドの発言に反応し、冷たい視線を送る。
「貴方も少し前までこれと変わりませんでしたけどね」
「……そうだな」
ユーリの言葉をキーランドは素直に認め、眉間にしわを寄せて拳に力が入った。ユーリはキーランドの様子を見て、また口を開く。
「だいたい貴方が急にオルフェオさんに絡むようになったからこうなったんじゃないんですか? 迷惑なんでもう近寄らないでいただけますか?」
「あ? なんだと! なんで俺が悪いみたいなことになってんだよ」
「別に貴方が悪いわけじゃないですけど……貴方もこの前まで平民出身いじめてたんだから分かるでしょ! 貴方が平民出身の僕らに絡んでいくのが気に入らない人の仕業ですよ!」
「はあ? なんだよ、それ!」
キーランドの顔に戸惑いの色が浮かび出る。口喧嘩になるとどうやらユーリの方が強いようだ。貴族側も平民が同じ騎士になることを面白くない者がいるようだが、ユーリのように貴族を良く思わない者も少なくないのかもしれない。この状態が騎士たちの間に微妙な亀裂を走らせているのだろう。
「やめなよ」
オルフェオの一喝にユーリとキーランドは気まずそうにして口を閉じる。
「キーランドのことはきっかけだったかもしれないけど、原因じゃない。ユーリが嫌な思いをしたのも分かっているけど、今回キーランドを責めるのは筋違いだよ」
オルフェオがユーリの頭に手を置くと、ユーリはうるっと目に涙を溜めた。
最初は暴力を加えられていたのはユーリだけだった。オルフェオが気にかけてくれていたのに、オルフェオの噂を真に受けて軽蔑し失礼な態度をとっていたと自覚している。それなのに、いつも優しく接してくれ、そして巻き込まれて、こんなひどい仕打ちを受けている。それが悔しかった。オルフェオに助けられたのに、ユーリから恩返しできるものは何もないのだ。
ユーリはしばらく涙を堪えていたようが、オルフェオの優しい手つきにボロボロと涙がこぼれてしまう。
「あははは、なーんで泣くんだよお。実は涙もろいー?」
オルフェオはへなっと笑いながらユーリの顔を覗き込んで頭をなでる。なでると余計に涙が零れてきてどうしたらいいのか分からないくなる。
キーランドは何とも言えない顔で少し顔を俯かせている。どうやらユーリに言われたことに心当たりがあるのか気にしているらしい。はあ、と息が漏れる。
「ほんと、キーランドが気にするようなことじゃないよ」
キーランドの背中を強く叩く。
(ほんと、手のかかる子たちだな)
こんな時、いつも一緒にいたあの友人がいたらと思ってしまう。彼なら、これを見て腹が立つほど大声で笑ってのけるのだろう。めっちゃくちゃ嫌われてんじゃん、とオルフェオを指さして涙を流しながら笑うのだ。もしかしたら、紙に新しい落書きをし始めたかもしれない。ツッコミどころがありすぎるあの行動にこういう時は助けられるのだ。
しかし、自分の代わりに怒ってくれる人がいるというのも少し心が温まるような感覚を覚える。
「……お前は次々と問題を起こしてくれるな」
自分に声かけられたのだと気づき、オルフェオは平べったい笑顔を声の主に向ける。
「えー、オレのせい?」
慌ててきたのかハーマンの髪はまだセットできていない髪をかき上げた。ハーマンの後ろは野次馬もついてきていた。このようないたずらは大事件だというように管理人のヨーゼフもリュトを含めた他の階の寮長たちも様子を見に来たようだった。
「お前の監督不行きなんじゃないのか」
「なんだと?」
リュトの一言にハーマンが片眉を上げる。二人は威嚇をし合い、ギスギスとした空気を漂わせる。被害者のオルフェオがまあまあと二人をなだめるのだが、そんな二人には目もくれず、ヨーゼフは床に置かれていた紙を取り上げる。寮長たちはヨーゼフの後ろから覗き込み、うわあ、と声を漏らす。
「これは間違いなく名誉毀損だな」
「まさかこの寮にこんなことをする奴がいるとは」
「情けない」
紙を見た瞬間、寮長たちの間に緊張の糸が張り詰める。面倒見の良い寮長たちとはオルフェオは顔見知りにであり、いつも笑顔を向けてもらっていた。笑顔ではなくとも、今やっと温かい対応をしてもらっていたことに気付く。今の彼らから出される空気で凍えるように背筋が凍る。
(この人たちだけは敵に回さないように気を付けよう)
オルフェオは心の中で犯人を憐れんで手を合わせるのだった。
筆跡から犯人を確定するらしく、とりあえず普段通りに過ごすように言われ、オルフェオたちは部屋を戻る。オルフェオがベッドに横になって眠ろうとしていると、ノックの音が聞こえてくる。ハーマンたちがオルフェオに聞きそびれたことがあったのかと思い、ドアを開ける。
「あれ、どうしたの? 二人とも」
部屋の前に立っていたのは、ユーリとキーランドだった。ユーリはまだ少し涙目であり、キーランドはユーリの肩を抱き、笑みを浮かべている。
「たまには庶民的な話に付き合ってやろうと思ってな!」
「その言い方は腹が立ちますね」
二人なりにオルフェオを元気づけようと協力して来てくれたようだ。確かに仲が悪いはずの二人がオルフェオのために一緒に来てくれたことには心が温まった。
「どうぞ、入って。お茶とかはないけどね」
オルフェオがユーリの頭に手を置くと、キーランドもいたずらするようにユーリの頭をぐしゃぐしゃになでた。ユーリは不快そうな表情でキーランドの手を強くはたくが、おかげで涙は止まったようだった。
「うわ、お前の部屋、何にもないのな。生活感なさすぎだろ」
キーランドは部屋に入った途端、目を丸くする。ユーリが反論せずに部屋を見渡してる様子を見ると同意見ということだろう。確かにオルフェオの部屋には最初からある机と椅子、ベッドに加えて数冊の書物と筆記用具、写真立てが一つあるだけだった。
「……まだ買い物とかまともに行けてないだけだよ」
正直、これ以上増やす必要もないと思っていたが、空気を読んでそう言っておいた。
二人が部屋に入って椅子やベッドに座ってもらった時に、またノックの音が鳴る。オルフェオたちは顔を見合わせた。今日はやけに客人が多い。今までよっぽどのことがなければノックが鳴ることはなかったため、少し疲れてしまう。
「はーい。うわっ!」
ドアを少し開けた時点で、強い力でドアを開けられる。次に現れたのはキーランドの取り巻きたちだった。おそらく今回のいたずらの犯人でもあるだろう。彼らはもう包み隠すつもりはないらしく、殺気めいた表情でオルフェオを睨む。
(どういう状況?)
「おい、お前ら、何してんだ!」
キーランドが異変に気付いて、駆け寄ってくる。キーランドがオルフェオの部屋の中にいるとは思わなかったのか、取り巻きたちは驚いた表情を見せたがすぐに険しい表情に戻る。いや、最初より表情は険しくなったかもしれない。その様子を見て、オルフェオは少しキーランドを下がらせた。
「オレになんかよう?」
「庶民が。貴族に敬語を使わないなんてありえないんだよ」
「そうなの? そんなこと隊長には言われたことないけど」
「そんな一般常識、あの方に教えてもらおうとすることがおかしいんだよ」
取り巻きたちは口を開きだすと、オルフェオへの不満が溢れ出てきてしまって止まらなくなる。まとめれば平民出身の癖に貴族を敬う態度が見られないこと、自主練をサボりいつも怠けており騎士らしくない態度であること、今は改善したが遅刻があったことや、騎士団では当たり前なことがオルフェオはできていないことが騎士団の風紀を乱していると訴えてきた。
「お前みたいな庶民がキーランド様と共にするなど身の程知らずにもほどがあるんだ!」
彼らにとって一番言いたかったことはこのことだったんだろう。人目など気にしてられないほどに彼らはキーランドの気を引くために必死だったのだろう。キーランドの側にいることで、ベルトルト家との関係を良好にすることを目的として、キーランドの周りに人が集まり始めたのが事の始まりだった。彼らは誰よりもキーランドの気を引くためにいじめを始めた。だが、キーランドが自分たちから離れようとしているのに気づき、焦り、いじめがエスカレートし暴走してしまったのだ。
オルフェオの部屋の周りには騒ぎを聞きつけて野次馬が集まり始めていた。オルフェオはさっさと終わらせてしまおうと思って、相槌を止めて口を開いた。
「こうやって言いに来るなら、最初からそうすればよかったのに」
オルフェオが眉を下げて困ったように笑うと、取り巻きたちは口を紡ぐ。
「君らがいうことはごもっともだと思うよ。悪いけどよっぽどのことがなければ治すつもりもないけどね」
「そこは嘘でも、気を付けるとか言えよ」
平たい笑顔で言いのけるオルフェオに、呆れたような声でキーランドは口をはさんだ。言い訳をするオルフェオにまたキーランドがツッコミを入れる。その仲睦まじい姿を見せつけられ堪忍袋の緒が切れた一人がオルフェオの胸倉をつかんだ。
「お前みたいなやつ、この騎士団にはふさわしくないんだ! 出てけよ!」
思い切りオルフェオを押すと、オルフェオはバランスを崩し尻もちをついた。オルフェオは少し驚いた様子で、彼を見上げる。キーランドがオルフェオの肩を支えて声をかけているのを見て、舌打ちをする。
「だいたいこの部屋だってそうだけど、ジェラルド先輩の代わりとして入団したみたいだが、お前みたいなヤツ、比べもんにもならないんだよ! あの人と同郷かなんか知らんが、当たり前のように入ってくんな!」
ジェラルドの名前が出て、初めてオルフェオの平たい笑顔が固くなる。
ジェラルドは平民出身だったが、若くして飛びぬけた実力を持っており、トランプ兵の候補といわれたり騎士団長のダヴィドとも関わりも持っていたことから尊敬に値する存在であったらしい。
オルフェオが少しずつ顔を俯かせているのが分かった。今まで歪むことのなかったオルフェオの表情にやっと変化が見られたことで、しめたと思い勢いづけて口を開く。
「お前みたいなやつがあの人の代わりになるはずがない! なんであの人が死んで、お前みたいなやつが生きてんだよ!」
言葉を投げた瞬間、頬に重い衝撃が走り、反動に耐え切れずに倒れ込む。
今までオルフェオに止められて、様子を見ていたはずのキーランドがオルフェオを指さしていた彼の顔に拳を入れていた。殴られた反動で転んでもキーランドは勢いは止まらず、それどころか馬乗りをし何度も拳を入れようとしてくる。
「ちょっと、キーランド! やめてください!」
ユーリがキーランドの両脇に両腕を入れて、キーランドを止めに入る。何度もキーランドに殴られても、自分の非を認めず、むしろ正しいことだと思い込んで、キーランドを怒らせた言葉を何度も言いのける。
「なあ! 何であの人が死んで、お前が生きてるのかってきいてるんだ!」
「てめぇ!!」
「キーランド! ダメですって!!」
流石に野次馬たちも止めに入ろうとするが、両者止めようとしない。もう事態は収拾がつかなくなってしまっている。
「何事だ!」
騒ぎを聞きつけたハーマンたちが駆けつけて、暴動を止めに入った。取っ組み合いをしていた二人を引き剥がすことができるとヨーゼフたちに暴動の収拾をつかせるのは任せて、ハーマンはオルフェオに視線を向ける。何があってもあのムカつく平たい笑顔を歪ませることがなかったオルフェオの表情が歪んでいる。
「大丈夫か?」
ハーマンはオルフェオの腕を掴んで、立ち上がらせる。オルフェオの部屋から離れるように連れていかれそうになっているにも関わらず、諦めの悪い声の主がまた叫び訴えてくる。
「答えろって! 何であの人が死んで、お前が生きてるのかってきいてるんだよ!」
ヨーゼフやリュトに怒鳴られても、なあ!とオルフェオに答えを求めてくる。
「あいつ……」
ハーマンは品性もなく醜い彼を睨みつけてから、オルフェオの背を支える。あの鋼の心を持つオルフェオがここまで動揺しているのだ。今はだいぶ参っているのだろう。
ハーマンが励ましの声をかけようとしたその時だった。
「……ってるよ」
オルフェオが俯いてはいるもののやっと口を開く。オルフェオの主張を聞こうと、全員の動きが止まった。
「言われなくても、誰よりもオレがそう思ってるよ!!」
声を裏返して、体からふり絞るように力いっぱいに声を上げる。オルフェオの声が響くと、辺りは静まり返った。
悲痛な表情をしているオルフェオを見て、騎士たちは初めて自分たちの過ちに気づく。能天気のように見えたオルフェオは、能天気を装っていただけだったのだ。騎士を目指していたわけでもない、死ぬ覚悟も誰かの死を見る覚悟もできていないただの青年が目の前で親友を失えば、平気でいられるはずもなかった。騎士たちはオルフェオの軽い雰囲気に乗せられたいたことに気づく。
「あの日からずっと同じ夢を見る。何度も目の前でアイツが怪物の爪で抉られて倒れる光景を見せられる。何度も呼びかけてもビクともしないアイツを見せられる! その度に思うよ。なんでアイツなんだって。俺が死ねばよかったのに……って」
あの光景は今でも目に浮かぶように覚えている。思い出してしまうと涙が止まらなくなる。だから、ずっと思い出さないように、泣かないようにしていたのだが、今は止めようがない。
止まらない涙をぬぐいながら、ずっと心から思っていたことがつい漏れてしまう。
「オレだってジェドの代わりに死ねるなら死にたいよ……」
でも、それが叶うことはない。言葉にしてもただ虚しいだけで、胸が締め付けられる。
本当は笑って過ごす余裕なんてなかった。それでも前に進まなくてはいけないと自分に言い聞かせて、笑顔で過ごそうと思った。あのバカだって、それを望んでるはずだと思ったから。でも、立ち直れるはずもなかった。親友であり、相棒であり、兄弟のように一緒に育ってきたジェラルドを急に失って、ぽっかり空いた穴は一向に埋まらない。
オルフェオは胸あたりの服をぐしゃっと掴む。何故か今まで感じなかった傷の痛みがズキズキと感じる。
「急にいなくなっちゃうなんて聞いてないよ……」
しかも、目の前であんな残虐的に親友を殺されるなんて、思いもしなかったし、考えたくもなかった。あの親友とはこれからずっとバカし合う未来しか見えていなかったのに。一度、親友のことを思い出すと、あの日のことと共に思い出さないようにしていた楽しかった出来事も思い出してしまう。
「……ジェドに、会いたい」
もう言わないようにしようと思っていたのに、ついぽろっと本音が漏れてしまう。
言っても叶わないから仕方がないと言い聞かせ、ずっと封じてきた。でも、声にしてみると心に突っかかっていたたものが取れて、荷が降りた気がした。押さえつけていた枷が外れ、涙は余計に溢れてくる。
涙を拭うのが面倒になり始めたオルフェオの頭に大きなコートがかけられる。そして大きな手で頭が押され、胸に置かれた。
「ったく、こんなに大きいものを抱えていたとはな」
ヨーゼフはポンポンとオルフェオの頭を撫でる。声だけは抑えようと、オルフェオが唸る声が上着の下から聞こえてきた。
「管理室行こうか。温かいお茶飲んで、少し落ち着こう。な?」
上着の下で頷くのがわかる。ヨーゼフはオルフェオの肩を抱き、管理室に向かおうとし、野次馬には部屋に戻るように手で払うような仕草を見せる。はっと気づいて彼らは慌てて帰っていった。
「では、俺はあの馬鹿どもの方に行ってきます」
ハーマンは他の寮長たちに連れていかれている暴動を起こした者たちの方を見る。
「なんだ、話聞いてやらんのか」
ハーマンは涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっているオルフェオの顔に一度視線を向けるが、首を横に振った。
「俺は怒鳴りつける方が性にあってますし、こいつの場合俺がいたら話せるものも話せなくなりますよ。メンタルケアはヨーゼフさんに任せます」
ハーマンはヨーゼフに一礼すると、オルフェオの肩を軽く叩いて、去っていった。
「……隊長が優しいの気持ち悪い」
「そう言ってやんな」
鼻をすすりながら、悪態をつくオルフェオを見ると少し安心をする。ヨーゼフが軽く頭にチョップをすると、オルフェオはあたっと声を上げた。涙は零れたりもするが、普段通りの調子になる余裕は出てきたようだった。弱くだが笑顔も見せてくれる。
(これがこいつの強がりだったとは)
緊張感のない態度で騎士たちには良い印象を与えてはいなかったが、その態度のおかげでジェラルドの死について自分を追い詰めていることは気づくことが出来なかった。今までのオルフェオの行動を見てきて、オルフェオの態度には巧妙な計画が仕組まれているように感じてきてしまう。
(ったく、油断も隙もない)
ヨーゼフは小さく息を吐く。
「よし、何が飲みたい? 紅茶、珈琲にココアもあるぞ」
「うーん、紅茶、かなあ」
「よし、紅茶な。確か何種類か茶葉があって……」
ヨーゼフはオルフェオの心を少しでも和ませられるように、いつも通りの態度に少し優しめな態度で話しながら管理室に向かった。