平民いじめ②
「あ~、やっと終わったー!」
今日の訓練が終わると、オルフェオは手を組んで上に伸びる。
訓練では模擬剣を使うため、邪魔にならないように少し離れたところに置いておいた魔剣を腰に差す。その様子を不思議そうにユーリが見つめていた。
「オルフェオさん、いつもその剣、訓練所に持ってきてますよね。使わないのに」
「ま、まあね、お守りみたいなものだよ」
実際は部屋に置いていっても、いつの間にかあるというのが事実なのだが、それを言っても仕方ないからあえて言わない。
「へぇ」
質問に答えたら、いつものようにそそくさ去っていくのかと思っていたが、ユーリはオルフェオの隣から去ろうとしなかった。予想外の様子につい沈黙をつくってしまう。
「……えっと、どうしたの?」
「今日は一緒に寮に帰ろうと思っただけですけど、何か」
「あ、なるほどね……え、どうしたの?」
何か企みがあるのではと、つい同じ言葉を繰り返してしまったことに後で気付く。ユーリは少し顔を紅潮させて、小刻みに震える。
「何も変なこと言ってないと思いますが」
「あはは、それもそうだね。うん、一緒に戻ろう」
頬を少し膨らませるユーリが少し子どもらしく見えてしまい、オルフェオはユーリの頭に軽く手を置いてから寮に向かって歩く。しかし、ユーリがついてきていないことに気付いて振り向くと、腕を抱えて顔を引きつらせて軽蔑に視線を送られていた。
「オルフェオさんは周りに愛想振りまいて色んな女性をとっかえひっかえにあれやこれやをしているといううわさを聞きましたが、本当なんじゃと思ってしまいましたよ」
「え、なに? その噂。すごいね。想像豊かだな~」
呆れて笑うしかない。また歩き始めると、ユーリが慌てて追いかけてくるのを感じる。
オルフェオの交際経験といえば、まだ十代の時に思春期のせいかそういう関係に興味もあり何人か交際もしたこともあった。しかし、誰一人長続きはしなかった。もちろん大切にしていたしちゃんと向き合っていたつもりだ。なのに、別れ際での決まり文句は「貴方は友人と恋人どっちが大切なの?」である。
(いやでもあれは逃げても捕まるのに、オレにどうしろと?)
「自主練サボっているから、そんな噂が立つんですよ」
ユーリが半目で見上げてくる。オルフェオが自主練に出ているのは多くて週に三回。毎日自主練をしているのが普通の騎士たちの基準で考えると、半分もしないなんて論外ということらしい。オルフェオはハハハと笑って視線を逸らす。
「それで、あの噂は本当なんですか?」
「女の子をとっかえひっかえってやつ? まさか、確かに女の子は可愛くて好きだけど、愛するのはちゃんと一人だけだよ」
手振りをつけて真剣に答えたつもりなのに、次はあきれ果てたような軽蔑の視線を送ってくる。
「今のめちゃくちゃ嘘っぽいし、ムカつきました」
「なんでよ」
誠意に対してこんな扱いはあんまりである。議論しようと苦笑いながらも不満を告げると、日頃の行いでは?、と半目で返されてしまう。そう言われると何も言い返せない。それでも、自主練をサボっているだけで、人間性を疑うような視線を送られるのも解せないものがある。
「だいたい、もう誰かと特別な関係になるつもりもないのにさ。失礼しちゃうよ」
「え、いや、そこまで言わなくても。交際は禁止されてはいませんし」
「うーん、そうなんだけど……。でも、いつ死ぬのか分かんないのにさ。置いていかれちゃうその子がかわいそうじゃん。そんな無責任なことはできないよ」
オルフェオは困ったように笑う。その姿は何故かこの風がやむと消えてしまっているのではないかと思わされてしまうくらい儚く感じた。
ユーリは、オルフェオには戦う覚悟も死ぬ覚悟もなく、一番に逃げるはずだと言っている声を聞いたことがある。それは一回だけではないし、恐らくほとんどの者がそう感じていると思うくらいだ。
(誰だよ、そんな嘘言ったの)
ユーリの全身に鳥肌が立つ。変な緊張を走らせていると、オルフェオが不思議そうに首をかしげてくる。
「オルフェオさんは、時たま怖すぎます」
「え、別に威圧したつもりはないんだけど」
「そういうのじゃないです」
ユーリにため息をつかれるが、その様子を理解できないオルフェオは眉を下げて笑う。なんか悪いことしてしまったかと、少し的外れなことを考えながら。
歩いているうちに、寮にたどり着く。もうすでに自主練を始めている騎士の姿もちらほら見えた。
(ほんと、よくやるよ。全く)
「オルフェオさん、今日、自主練に付き合ってくれませんか? 直したい部分があって……」
「え、あー、今日は……」
「何だ? 今日もサボるつもりか。オルフェオ・バルディーニ」
「ひっ」
後ろから殺気に似たような気配を感じ、慌てて振り返る。相変わらず金の髪をかき上げてガッチリ固めているハーマンが、大股でこちらに向かってきてオルフェオの胸倉をつかんでくる。少し前まではこんなに乱暴に扱われることはなかったのだが、こうしなければオルフェオは逃げると学び、今では躊躇なく胸倉をつかまれるようになった。ひどいときは首に腕を回されて連れていかれる。
「いやいや、今日は医務室で打撲の状態を診てもらうことになっていて……」
「何を言うか。昨日お前が平気だと言ったことを忘れたか。その手には乗らんぞ」
「今日は本当ですって!!」
「くどい! そんなに診てほしいなら俺が診てやるわ!」
ハーマンが乱暴に服を掴むと、胸あたりまで見えるように勢いよく服を上げる。打撲の状態を目にすると、ハーマンは石のように硬直し、ユーリは両手で口を覆いながらひっと悲鳴をあげる。
「貴様、今日この状態で訓練に出たのか」
「見た目ほど痛くないですよ。安心してください」
「もうやだ、この人怖い」
安心してもらうことも目的だが事実を言っているにもかかわらず、勝手に服を上げられて挙句、ケダモノを見たかのような視線を向けられるのは納得がいかないことこの上ない。
ーーーーーー
怪我の状態を見たハーマンにはすぐに医務室に行くように叱りつけられ、ユーリには今にも泣きそうな様子で付き添うと言われてしまった。見た目ほど痛くないのは事実なのに、そう態度を変えられてしまうと自分がおかしいのかと錯覚を覚える。まあ、錯覚ではなく事実なのだが。
「失礼しまーす」
ノックしてから医務室のドアを開けると、先約がいた。意外な人物すぎて、オルフェオもユーリも何度もまばたきをしてしまう。その者はオルフェオたちを姿を目にして、痛切に嫌そうな顔をする。そんなことは無視して、オルフェオは慌てて駆け寄る。
「キーランド? どうしたの、その怪我!」
医務室の看護師に包帯を巻かれているキーランドは、腕や顔に擦り傷ができていた。
「足を踏み外して階段から転げ落ちたそうだよ」
仕切りの向こうにいた医師が顔を出して答える。
「えぇ!? 大丈夫? 骨折とか……」
「オルフェオくーん、人の心配してる場合じゃないよ。はい、こっち来て、お腹見せてー」
医師に手招きされて、医師の前に座ると服を上げる。異変がなかったかなどきかれて、答え終わると創部に手を添えられる。
「ぎゃ! 先生、触っちゃダメだって! さすがに痛い!」
「だよねー」
「だよねー、じゃなくてっさ。ビックリした」
「あと、上、全部脱いでくれる?」
「え」
医師の指示に従っていると、いつの間にか体の隅々診られてしまった。驚くことに医師に指摘されて初めてそこを怪我していたことに気付く部分もあった。オルフェオの反応などを見て、医師はカルテに情報を書き終わると口を開く。
「とりあえず、三週間は安静ね。日常生活は特に制限しないけど、訓練はしばらくドクターストップです」
「えぇ!? それはダメ! 体が鈍る!」
「でもそれを治すが優先。しかも、腹部、胸部の打撲をなめちゃダメ。何を損傷してるのか分かんないんだからね」
「そこをなんとか!」
オルフェオは頭を下げ、手を合わせるが、医師は首を横に振る。訓練に出られないと言われたことで、焦りがあふれるように込み上げてくるような感覚を覚える。
二年前から毎日三時間以上は体が鈍らないように、ランニングでも筋トレでも何かしら体を動かしていた。三週間も動かせないとなると、筋力も技術も落ちるだろう。それだけは回避したかった。
「見た目ほど痛くないんだって!」
切羽詰まった様子で訴えるが、医師はため息をついて頭をかく。少し迷うように口元を掴むようにして、うなる。しかし、医師が迷っているのは訓練を許可するかどうかではない。どう、真実を伝えるか、だ。
「それなんだけどね、普通はそんなひどい状態で痛くないなんてありえないんだよね」
「……どういうことですか?」
「感覚鈍麻、ってところだろうね。意味はそのまんまで、感覚が鈍くなって痛みを感じにくくなっているんだよ。話を聞いている感じ、精神からきてるみたいだけど……」
「精神? 別にオレ、普通だけど」
オルフェオは困惑した様子で首を傾げる。確かに何もやる気が起きないなんてこともないし、精神的に追い詰められている様子も見られないのだ。
「うーん、無意識なのが一番怖いよね。……とりあえず、上には訓練させないように指示出しておくから。絶対安静だよ。分かったね」
「……はい」
項垂れながら返事し、仕切りから出ると、ちょうどキーランドの包帯が巻き終わったところのようだった。オルフェオは何事もなかったかのように平たい笑みを浮かべる。
「おっ、同じタイミングだったね。どう? 骨折とか大丈夫だった?」
「黙れ! っんで、てめぇが俺の心配すんだよ! クソが!!」
キーランドはガタッと音をたてながら立ち上がると、出口前にいたユーリを押しのけて医務室から出て行ってしまう。沈黙ができるかと思ったが、乱暴に閉められたドアがまた開けられた。医務室にいる者誰もが何事かと思う。
「あざした!!」
それだけを言うと、また勢いよくドアを閉められた。治療してくれたことへの礼を言い忘れていたことに気付いたようだ。オルフェオは一人吹き出して笑ってしまった。
「どうやら、怪我は大したものではなかったようだね」
ーーーーーー
キーランドは苛立ちを隠せずに、歯ぎしりをし眉を吊り上げる。
実はキーランド自身も、入団する前は騎士団は実力主義の世界だと考えていた。だから剣にはこれ以上ない程努力を重ね鍛えていたし、入団試験でもいい成績を残せるようにした。しかし、キーランドの周りには貴族出身の者たちがベルトルト家を目的に集まってきた。彼らはキーランドの実力を褒め、身の回りの事は自ら名乗りでてしてくれる。自分が偉くなった気がして、悪い気はしなかったのは事実だ。しかし、時が過ぎていくにつれ、彼らの行動はエスカレートしていく。
『キーランド様、あの庶民調子に乗ってますね』
そう言い出したかと思えば、彼らはキーランドの名を使って平民出身の者たちをいじめていくようになった。いけないと思ったが、キーランドには彼らを止める勇気はなかった。焦ったキーランドは被害者達に口封じをする。最初は忠告や軽い嫌がらせだけだった。なめられるのが怖くていつからか暴力をするようになってしまった。
被害者の中には騎士団を辞めていくものもいた。罪悪感はあった。
だが、誰にもなめられないように、プライドを守ることに必死だった。
そんな時に、
『そんなもん何の役にも立たないじゃん』
『君の方こそ何考えてんの? 君の家はそうやって権威を振りかざすためにあるわけ? 今はそんなことしてる暇はないだろ』
と、オルフェオが言った言葉には何も言い返せなかった。自分のプライドのために色んなものを傷つけて、失って、キーランドは自分自身に嫌悪感を感じるようになっていたのだ。それを突きつけられて、動揺しながら過ごしていたら、足を取られ階段から落ちたわけだ。
「あ、キーランド様」
寮の中庭に戻ると、いつも一緒に行動している者の一人が駆け寄ってきた。
「いやー大丈夫でしたか? 急に階段からずり落ちるからビックリしましたよ」
笑いをこらえるようにするその姿は彼らしいと言えばそうだが、それが心配する姿というものなのだろうか。階段から落ちた時だって、周りにいた者たちは少し口角が上がっていた。心配をするというのは、先ほどのオルフェオのような……。
キーランドは盛大に舌打ちをする。
(なんで、いつも一緒にいるコイツらより、俺らに殴られたアイツの方が心配してくんだよ!!)
キーランドは両手の拳を強く握りしめた。
ーーーーーー
「オルフェオさんって心広いですね」
固定のために胸回りにサポーターを付けられているオルフェオを見て、ユーリはため息をついた。
「僕なら、キーランドの心配なんてできませんよ。むしろざまーみろって感じでした」
「あーー、まぁね、言っても年下だし」
「それだけですか?!」
ユーリは目を見開いてオルフェオを見る。オルフェオは少し戸惑いながら、頷いた。
オルフェオの故郷では農作業などで手が外せない大人の代わりに、年上の子どもが年下の面倒を見るのが当たり前だった。それがどれだけ反抗期に入った生意気な小僧だったとしてもだ。会う度に声をかけていくのは、故郷でもオルフェオだけだっただろうが、まあそういう風習はあった。
しかし、それではユーリは納得いかないらしい。
「じゃあ、同じ騎士団の仲間だから?」
「仲間……仲間ですか。暴力してくる奴が仲間ですか。いや、あれは敵ですよ!」
「でも、キーランドが作った傷はコレだけだしさ」
それは、模擬剣で打たれた肋骨辺りの打撲だった。ユーリは眉間にしわをよせ、その様子を見ていた看護師は困ったような笑顔を見せる。
「その傷が一番ひどいです。オルフェオさん」
確かにその傷は少し痛い。
しかし、キーランドはオルフェオが魔剣を掴んでいる間は容赦なく打ってきたが、離していまえば殴ってくることはなかったのだ。殴ってきたのは周りにいた者たちだ。まあ、止めないキーランドにも罪があるといえばそうなのだが。
「まあ、仲間割れなんてしてる場合じゃないからね」
肩をすくめながら言うと、ユーリが拗ねた様子で口をすぼめる。
「でも、こっちがその気でも、あっちはそうとはいきません」
「時期に治まるよ。しばらくは監視が入って暴力も減りそうだし」
「治まるのを待つつもりですか」
ユーリは深いため息をついた。普通なら自分の被害のことを心配になるようなことなのに、全く危機感のない目の前の青年が心配でならなかった。
ーーーーーー
「オルフェオさん、おはようございます!」
翌日、ドアをノックされ、出るとユーリがいた。
「おはよう」
オルフェオはふあっと欠伸をする。もう食堂は空いてはいるがまだいつもの朝食の時間より早い。体も動かせないため、オルフェオはさっき起きたばかりだった。そのため、着替えの途中でシャツのボタンを止められておらず、上半身ははだけた状態だった。そんなオルフェオの姿を見て、ユーリは慌てて両手で顔を覆う。
「なっ、ボタンとめてから出てきてくださいよっ!! もう!」
「何言ってんのさ、男同士で。しかも、君昨日胸まで見たじゃん」
「……あれはそれどころじゃなかったし」
ユーリが人差し指をつんつんと合わせて、口をとがらせている。オルフェオはドアを開けたまま、腕輪を右腕にはめに行き、ボタンを止める。
「ていうか、朝食には少し早くない? どうしたの?」
「え、ハーマン様に呼び出しされたじゃないですか。忘れたんですか?」
オルフェオは動きを止めて、昨日の記憶を引き出す。
そういえば、昨日訓練に出られなくなったことを隊長であるハーマンに報告しに行った時に、今日の朝、早めに食堂にいくように言われていたのだ。
やべ、とオルフェオは声を漏らした。
まだ早い時間のため、食堂には騎士の姿はあまりみられない。その中、食事を食べ終わって、食後のコーヒーを飲んでいるハーマンの姿があった。
「隊長ー! おはようございます!」
ハーマンが振り向くと、オルフェオは大きく手を振ってから歩み寄る。その様子を見て、ユーリは顔を青くしてオルフェオを止めようとする。
「ちゃんと来たか。まあ、お前は来るつもりはなかったのだろうが」
「やだな~、来るつもりはありましたよ」
「忘れていましたけどね」
咄嗟にユーリの口を塞ぐ。ハーマンが呆れはてた表情をしているところを見ると、時すでに遅しである。
食事のついでに話すことでいいらしく、オルフェオたちは食堂の受付から料理を受け取りハーマンの向かいの席に座る。
「それで、お前からの報告を受けたのに、わざわざ呼びつけたわけだが……しかもユーリにも来てももらって。その意味が分かるか?」
「い、いえ、分かりません」
オルフェオが首を振ると、ユーリも小さく首を振った。
「お前の報告は信用できんということだ」
「えっ、ひどい!」
「なるほど」
「ユーリまで!!」
昨日のことで仲良くなったと思ったユーリにまで裏切られ、オルフェオはむすっとふてくされる。ユーリはクスクスと笑う。
「それでわざわざ医務室に報告を受けに行ったわけなのだが、感覚鈍麻だったという報告は受けていなかったな」
「別にそれで困ることないと思って」
「後、訓練に出れないことで取り乱したからフォローをしてやってくれと頼まれた」
「取り乱したって大げさな」
一つの指摘に一つの言い訳を返すオルフェオの態度が癪に障り、ハーマンは冷たい視線を送る。
その時、ふとオルフェオのことをヨーゼフに相談した時に、ヨーゼフが困ったように笑いながら助言をくれたことを思い出した。だが、オルフェオの態度を見るとさすがにその助言が正しいと思えなかった。
(くだらない)
ため息をついて、席から立ち上がった。ハーマンから視線をそらしていたオルフェオは、見上げる。
「筋力維持だけでもと思って、どうしたいか聞いてやろうと思ったのだが。余計なお世話だったか」
「えっ、待って。待ってください!」
オルフェオは慌ててハーマンの腕を両手で捕まえる。その行動は、ハーマンもユーリにとっても、オルフェオ自身ですら驚くべき行動だった。すがるように助けを求めるオルフェオの姿は最高に格好が悪いともいえる。それでも、オルフェオはハーマンの腕を掴む手を離さず、真剣な眼差しハーマンを見る。ハーマンは席に座りなおす。
「いいか、ここまで面倒見てやるのは今回きりだぞ。これからは、しっかり、全てを報告しろ。お前に報告の内容を選択する権利はない」
納得がいかないのか腑に落ちない表情をしているオルフェオに、ハーマンは補足を入れることにした。
「隊長ってのは隊員の命を預け預かった状態で指示を出すんだ。感覚鈍麻があると知ったら、隊長としてやることが変わってくる。知らないことで、最悪な状況になることだってあるんだ。……それに、不安があると相談されたら、何か方法がないか一緒に考えることだってできる。今みたいにな」
「……つまり、全部言ってくれないとできることもできないってことですか?」
オルフェオなりにハーマンの言ったことをまとめてみる。
そういえば故郷では泣いている子がいて、理由を聞いてもあまり答えてくれなくて困ったことがあった。喧嘩で先に手を出してしまった子が何が嫌だったのかを聞けないと、その子が悪いことになってしまうからどうしようかと迷ったことも。
ハーマンはオルフェオの反応に対し、意外なものを見たという顔つきになってから、考えるように上に視線を向ける。
「まあ、だいぶほぐして言えばそうか」
ハーマンの言葉にオルフェオは呆気にとられてしまう。
「叱りつけるためではなく?」
「オルフェオさん……」
オルフェオは真面目にきいたつもりだったのだが、冗談でもそれを言ってはダメですとユーリは何度も首を横に振る。ユーリの顔は血の気が引いて真っ青だ。ハーマンは眉間を押さえてため息をついている。
「お前がまともに行動してくれたら叱りはしない」
「オレはいたってまともですよ」
「それはない」
「ないですね」
「なんで!!」
両手の拳をテーブルに落とす。ユーリは食べ終わったらしく、手を合わせていた。ユーリが食器を返しに立ち上がると、ハーマンも一緒に片づけに行ってしまった。どうやら真逆の性格にも見える彼らは気が合うようだ。
(オレのどこが、どこがまともじゃないっていうんだよ!)
「集団行動の知識は子どもレベルね……」
ハーマンはやっとヨーゼフが言っていたことが少し分かった気がする。オルフェオは自分勝手な行動は知識がないからだ。しっかり行動の意味を理解できれば、それはましになっていく可能性はある。
「どうしたんですか? ハーマン様」
食器を片付け終わったユーリが不思議そうに見上げてくる。
「ユーリ。悪いが、アイツに集団行動というものを教えてやってくれ」
「えっ、僕ですか?」
「あぁ、お前は真面目だしまともな感性を持っているようだ。それに、あいつのことを頼めるのはお前しかいないようだからな」
オルフェオは今では騎士団内で一の嫌われ者と言ってもいい。その嫌われ者に近づく騎士といったら今はユーリしかいないのだ。
(少し話せばすぐにいい人ってわかるのに、もったいない)
ユーリはオルフェオに視線を送り、小さな笑みを浮かべる。
「分かりました。やってみます」
「よろしく頼む。……はぁ、先が思いやられる」
ハーマンは呆れたような表情を見せているが、オルフェオを見捨てることはないだろう。ハーマンは騎士団に強い忠実な心を持っており、騎士団が向上していくことに情熱を注いでいることで有名だ。特に自分の小隊の隊員にはより目をかけて面倒を見ているということも。
ユーリとハーマンは握手をする。オルフェオの知らないところで、協力関係が出来上がっていた。