九十四話 野心
「ありがとう……」
俺に抱きかかえられたユリアは目をそらして、そう言った。
真っ白な頬を紅く染め、体は若干熱っぽい。毒ではなさそうだが、少々調子が悪いのかもしれない。
だが、俺が視線を上げると、ユリアの視線がこちらに向けられるような……いや、やっぱ逸らした。
「……殿下、何か?」
「いえ……別に……」
ユリアはぷいっとまた顔を逸らしてしまうのであった。
まさか、やはり平民が王女を抱えるなんて失礼だったか……なら、そう言ってもらえれば。
俺は不思議に思いながらも、ユリアをそのまま椅子に座らせる。
「……ありがとう、ルディス」
ユリアは少し切なそうな顔をするも、そう呟いた。
やはりそこまで調子が悪くはなさそうだが……一応。
「今、回復魔法をかけます」
「ええ……悪いわね」
ユリアの声に、俺は体を癒す【治癒】と体の痛みを取る【鎮痛】を掛けた。
だが、正直いって体はどこも悪くないだろう。
どちらかといえば、気分が落ち込んでいる。だから、気休めにすぎない。
ユリアは相変わらず顔を赤くして、俺に答えた。
「ああ、気持ちいい……やはり、あなたの魔法は……とても」
うん? 魔力は加減したつもりだったが、何かおかしく思わせたか?
だが、ユリアは首を横に振った。
「……さっきのあなたの魔法、あれは護身に便利そうね」
「あれは【放電】。低位魔法ですよ」
「【放電】? そう……もっと変わった魔法だと思ったけど。というより、あれは周囲に雷属性の魔力を放出する魔法じゃ?」
「上達すれば、狙いを定めることもできるようになるんですよ」
「それは興味深いわね……教えてもらえるかしら?」
「もちろん。ですが今は、お休みください。お茶をお持ちしますね」
俺は各階に設けられた菓子や食器のあるテーブルへと向かう。
ここで俺は茶器に水を入れ、火魔法で温め、茶を淹れた。
そしてそれをユリアに渡す。
「美味しい……相変わらず、美味しいわね」
「ここの茶葉が良いからですよ」
「いえ、宮中の誰が淹れてもこんな味にはならないわ……」
ユリアは一口、また一口と茶を口に含め言った。
色々ユリアに聞きたいことはあるが、今は安静が絶対。
そう思っていると、ユリアのほうから口を開いた。
「リュアック兄さま……ついに野心をむき出しにしたのね……」
「それは……どういうことでしょうか?」
「彼は王国を手中に収めるつもりよ……いえ、王国だけでなく、この大陸を」
「仮にそうだとして、何故殿下を……いえ、失礼しました」
ユリアは民衆の支持を受けているが、宮廷ではあまり地位が高くないとの話だ。
俺の今の言い方では、ユリアは大した影響力もないのに、何故暗殺対象になったのかと、馬鹿にしたような言い方になってしまう。
しかし、ユリアは首を振る。
「気にしないで。むしろ、私が王宮から疎まれているからこそ、暗殺の対象に選んだのよ。兄妹であっても、邪魔であれば殺す……単にそれを示すため、私を殺そうとしたにすぎない」
「では、これはリュアック殿の独断と?」
「ええ。力を示すことで、宮廷内での影響力を高める……最近、地下都市に頻繁に出入りしているのも、きっと力に関連するものを探している……」
「なるほど、それで……」
俺は地下都市でリュアックと会ったことを思い出す。
王子自ら、しかも金で護衛を雇ってきていたのはそのためか。
「そうよ。兄さまも地下都市の兵器、とやらに興味があるんだわ」
なるほど……もっとも、彼は地下都市の兵器の正体とやらは掴めていないだろうが。
しかし、ヴィンダーボルトの子孫という地位を利用し、最下層の魔物たちを掌握。彼らの力を己の大陸統一という目的のため使われれば……
ユリアはすっと立ち上がると、足早に本棚に向かった。
「殿下、まだご無理は……」
「ルディス。地下都市の秘密は、お兄様には知られてはいけません。彼は、きっとその秘密を、己の野心のため使うでしょう、だから……あなたが先に地下都市の最下層に向かうのです」
俺に振り向き、ユリアは続けた。
「私達で止めなければ」
俺達で止める……
俺はユリアの声に頷くのであった。




