九十三話 陰謀
ユリアに声を掛けられたリュアックは、その場から立ち上がり、俺達の横をすり抜け階段を下りようとした。
しかし、その行く手にユリアが立ちふさがる。
「お待ちを、お兄様」
「普段こんな場所に来ない男だからといって、私がいるのがそんなにおかしいかね?」
リュアックはそう言って、ユリアを睨んだ。
ユリアはそれにも動じず、質問を重ねる。
「お兄様は、あの者達に心当たりはないのですか?」
「おいおい! まるで私がこの者達をけしかけたような物言いだな!」
「では、お兄様は全く関係ないと?」
「当然だ。私はこんな者達など知らぬ」
リュアックはそう言って、剣を抜いた。
そしてすぐ近くで拘束されている者に剣を振り下ろした。
「ひっ! いでぇっ!」
突然の行動にユリアは思わず口を抑えた。
「お兄様、何を?!」
「不遜にも王族を手を掛けようとした愚か者どもを、私自ら成敗してやるのだ!」
リュアックはそう叫び、他の拘束者にも剣を下そうとする。
その顔は、あきらかに拘束者に対する憎悪が浮かんでいた。
本当に妹を思って……というわけではなさそうだな。
以前、地下都市で俺がリュアックと会った時、彼はゴーレムに襲われていた。
しかし、俺達が助けたことで一命を取り留めた。
その際に彼の雇った護衛が何人かいたが、全くゴーレムに歯が立たず皆倒されていたのだが……
戦いが終わったあと、俺達が治療した護衛にリュアックは無能と蔑んだ。
その時の顔と、今の顔は全く一緒だ。
思い通りにいかない時に、やつあたりするような、そんな印象を受けた。
相手が王族だけに、衛兵もどうすればよいか困っているようだ。
俺といえば、皆に分からないように回復魔法に【透明化】を掛け、拘束者を治療している。
ここまですれば、死なないだろうが。
リュアックが剣を振り上げた時、ユリアが声を上げた。
「もうおやめください、お兄様! お兄様でないことは分かりました!」
「ふん……分かれば良いのだ」
リュアックは剣を振って血を落とすと、鞘に戻した。
「衛兵! さっさとこやつらの首を刎ねてこい!」
「え? は、はっ! とりあえず、中央監獄に!」
衛兵は拘束者を連れて、階段を下りていく。
「いえ、処刑はさせませんよ。彼らに命じた者達を捕えなければ、意味がない」
「ふっ。相変わらず、甘い奴だ……そんなことより」
リュアックは俺に顔を向けた。
「お前は……見覚えがあるな……」
「はっ……以前に地下都市でお会いしたかと」
「そうか。随分とユリアと親しいようだな?」
ユリアは俺とリュアックの間に割って入った。
「この男は何も関係ありません。たまたま、本について訊ねられ、教えようとしただけです」
「ふっ、どうだか……確か、冒険者だったよな」
リュアックは俺のつま先から頭のてっぺんを見ると、こう言い放った。
「夜道には気を付けるのだな。あと、部屋の戸締りも」
「……ご忠告感謝いたします」
俺が頭を下げると、リュアックは「それでいい」と階段を下りて行った。
「ルディス……ごめんなさい」
「いえ、とんだ災難でしたね。お怪我などは?」
「全くないわ……それにしても、こんな強引な手を打ってくるなんて」
「心中お察しいたします……ところでロストンさんは、ここにはいらっしゃらないんですか?」
「ええ。すぐ外よ。きっとこの騒ぎで向かってるとは思うけど……まさか、図書館の中でこんなことが起きるなんて想定してないもの……現にこんなことをしでかしたのは、王国史上あのリュアックしか……」
ユリアの顔は明らかに青ざめていた。
「殿下……出過ぎた事とは申しますが、外は危険では?」
「そうね……ロストンには悪いけど、付かず離れずでいてもらうしかないわね……」
しかし、俺もロストンには悪いが、先程の姿を隠す暗殺者の前では、ロストンじゃ歯が立たないと思う。
あのレベルの暗殺者が他に居なければ良いのだが……
俺は【思念】でルーンにあることを頼む。
(ルーン。悪いが、外部に待機しているヘルハウンドに、ユリアの護衛を頼めないか?)
エルペンから王都に来る際、付かず離れずヘルハウンドが二体俺達に付いてきている。
今は一体にアヴェルに連絡を頼んでいるので、残り一体だけだが十分に守れるはずだ。
(それがよろしいでしょう! ヘルハウンドであれば、さっきのような暗殺者も防げるかと。早速、向かいます!)
(ありがとう)
俺はすぐにこう言った。
「ルーン。一応、ロストンさん達にこの件について、伝えてきてくれないか? あと、俺は帰宅まで殿下をお守りする。皆に、遅くなると伝えてくれ」
「かしこまりました! 殿下、失礼いたします! それではごゆっくり!」
ルーンはちょっとにやりとした顔を俺に向けると、すぐに階段を下りていった。
ごゆっくりって……うん?
ユリアはなにやら、顔を紅潮させ、ふらりとしている。
「で、殿下? 失礼します」
俺は思わず、ユリアの体に手をやって支えた。
「ありがとう、ルディス……ごめんなさい。私、ちょっと頭が……」
魔法で状態を見てるが、毒とかではなさそうだな。単純に疲れか、ショックだろう。
まあ、こうなるのも仕方ない……ユリアとその家族の仲が良くないのは何となく察していたが、まさか命を狙われる羽目になるとは思いもしなかっただろう。
それだけに、リュアックが何を考えているのか気になるのだが……
まさか、ここで堂々とリュアックは何故ユリアを殺そうとしたのかなど、聞けるわけがない。
「とりあえず、ロストン殿が来るまで少し休みましょう。あっ……」
ユリアはそこで足を崩してしまった。
「ご、ごめんなさい。ちょっと立てなくて……」
「し、失礼します……」
俺はぎこちない手つきで、ユリアを横抱きするのであった。
次回は、2月8日更新です!




