八話 最後の皇帝の像
「カッセル! 前に出すぎ!」
茶髪のポニーテールを揺らす女性、エイリスは弓を構えながらそう叫ぶ。
注意を受けた赤髪の男は、振り向きもせずゴブリンへ大剣を振り下ろした。
「はっはは! このカッセル様の力を見たか!」
ゴブリンを倒して、カッセルは気分が良さそうだ。
しかし、その後ろから迫ってくるゴブリンにエイリスが気づく。
「あ、馬鹿! ノール、お願い!」
「大丈夫よ。 ……【火炎球】」
ノールと呼ばれた緑色の髪の女性は、火の魔法をカッセルの後ろのゴブリンに放った。
燃え上がるゴブリン。これで十体いたゴブリンも、全てが倒れた。
俺は拍手をして、こう呟く。
「皆さん、お見事です!」
それを聞いて、カッセルが自分の赤い鎧をどんと叩く。
「はははっ! そうであろう! この大剣士カッセル様にかかれば、朝飯前よ!」
「あんたはただ剣を振り回してただけでしょ! ……それよりも、ルディスの魔法、たいしたものねえ。まだ冒険者になって数日なのに、今日だけで五体仕留めるなんて」
エイリスはカッセルの頭を軽く叩くと、俺を褒めてくれた。
「いや、僕なんて。皆さんが俺をフォローしてくれたからです」
この日、俺はエルペン西部の森へ、ゴブリン討伐に来ていた。
ギルドの先輩冒険者である、エイリス、ノール、カッセルが俺達を誘ってくれたのだ。
俺とルーンは、ここ数日ゴブリン退治を頑張っていた。
それが、新人に負けるかと、他の冒険者の心にも火をつけたようだ。
しかし、そのルーンは、今ここにはいない。
ブルースライム達に言葉や魔法を教えたいということで、少し暇を与えた。
今日この先輩達と討伐できたのは、ゴブリン三十体だった。
効率を考えれば、俺とルーンで狩っていった方が早い。
だが、この時代の戦闘…… 特に魔法について、俺は知りたかったのである。
そういうこともあって、俺の視線は主に魔導士であるノールに向けられていた。
この時代の魔法について知ることが出来るいい機会だったのだ。
エイリスは顔をにやけさせながら、俺の耳元で小声でささやく。
「あらぁ。もしかして…… ルディス、ノールの事好きなの?」
俺の視線がノールにばっか向けられているのを、エイリスは勘違いしたらしい。
「からかわないでくださいよ! ただ、その…… 格好いいなって思って」
ここは年頃の男らしく、誤魔化すような回答をしとくとしよう。
「あら、照れちゃって。まあ、魔導士なりたてならそうよね。ノールはアッピス魔法大学でも優秀だったみたいだし」
「え、そうなんですか?」
「私も人から聞いただけよ。基本、ノールは人と話したがらないし」
大学の優等生か。アッピスというのは、昨日地図で見た魔道共和国のことだろう。
そんな国の大学で優等生なら、この世界の魔導士としては一流のはずだ。
しかし、そんな優等生が冒険者になるのは、何か意味が有るのだろうか。
聞いてみたいが、あまり根掘り葉掘り聞くのも失礼だ。
「俺も、ノールさんみたいな立派な魔導士になりたいです」
「いい心がけだわ。何かあったら、ノールに聞きなさい。胸も大きいから、手取り足取り教えてくれるわよ」
「え、エイリスさん!」
こうやってエイリスに弄られながら、俺達はエルペンに帰る。
もちろん、ゴブリンの耳の入った麻袋を持つのは、後輩の俺の役目だ。
報酬は、たった五デルである。
しかし、今日はノールを通じてこの時代の魔法を少し知ることが出来た。
まず、【探知】を使う先輩は、一人もいなかった。
つまり、倒すよりもまず前に、見つけるのに時間が掛かる。
なるほど、皆ゴブリン討伐を割に合わないと思うわけだ。
そしてノールは、高位魔法を一切使わなかった。
使えるけど使わなかったのか、使えなかったのは不明だ。
だが、手軽に使える物じゃないのは確かだろう。
五体のゴブリンが密集してるのに、使わなかった。
ノールの持つ魔力が少ないことも影響しているかもしれない。
これは詠唱の事も考えると、かつての帝国より魔法全般が衰退していると言えそうだ。
とはいえ、魔法大学というのがどういう魔法を教えているかも分からない。
だから、確かなことは何とも言えないのだ。
しかし、オリハルコン級という、冒険者の最高ランク。
そのオリハルコン級であるノールは、この世界では決して弱者ではないはずだ。
俺はノールの背中を見て、そんな事を考えるのであった。
俺達がエルペンに着くと、エイリスがこう言ってきた。
「あ、ルディス。私、カッセルとこの街の将軍に呼ばれてるんだ。だから、ノールと一緒に先にギルドへ向かっててちょうだい。私達が帰るまで、乾杯は禁止だからね? 分かった?」
「もちろんです。お待ちしています!」
俺は元気よく返事をした。
その言葉通り、俺はノールの隣を歩き、ギルドを目指す。
魔法について何かを聞く、またとない機会だ。
だが、何を訊ねればいい? どうすれば魔法が上手くなりますかとか?
いや、それでは得られる情報が少ないだろう。
そもそも、こういうことは信頼を深めてからの方が良いのかもしれない。
だから、何か世間話でも…… うーん。
俺はエルペンの街を見渡した。その時、前方の広場に大きな像があった。
剣を天に掲げ、王冠を被った立派な男の像だ。
「あ、ノールさん。あの像って、誰なんですか?」
俺の声にノールは首を傾げた。
「あの像を知らないの?」
「はい。俺の故郷、すごい田舎で。像なんて見るの初めてなんです」
「この像は、ルディス様の像よ」
自分の名前が呼ばれているのかと思い、正直驚いた。
「ルディス? 俺の名前と一緒ですね」
「そうね。多分、あなたのお父さんやお母さんは、このルディスからあなたの名前を考えたんだと思うわ。そうじゃなくても、ルディスって名前は、この像の”ルディス”が元々の由来のはずよ」
なるほど。俺の名は、このルディスという有名人が元々の由来なのか。
両親は、皆つけてるからということで、俺の名前を考えたようだが。
「そうかもしれません。でも、一体何をした人なんでしょうね」
「知らないのね。 ……このルディスは、最後の皇帝よ」
「最後の、皇帝?」
「そう、帝国の六十六代目皇帝、ルディス・ヴィン・アルクス・トート・リック・ウエスト・サコッシュ・クラッチ。帝国に安寧をもたらした”賢帝”よ。この世の全ての魔法を操り、数々の戦いと不正に終止符を打ち、戦火にあえぐ人々を助けた。人々から今なお愛される、最後の皇帝よ」
「へ、へえ。すごい人ですね……」
そ、それって……
俺のことかあああああ?!
いや、待て。まだ確証が…… でも、正式名称に間違いはないし、六十六代目だし……
俺は銅像をまじまじと見つめた。
たくましい肩幅に、男らしい顔。
それを引き立てるような、壮麗な鎧と長剣が眩しい。
じゃあ、この美化されまくった銅像は、俺の像なのか……
ノールは少女のように笑い、こう続けた。
「すごい…… ふふっ、そんなものじゃないわ。逸話は沢山有るけど…… まずは、この銅像の最初のモデルを作ったのが、皇帝を殺した男ってことかしらね」
まさか、俺を殺したあの男の事か?
「彼は皇帝を殺したことで、復讐のむなしさを知ったの。それからの彼は、皇帝ルディスが実は正しかったことを目の当たりにするわ。飢えはなくなり、不正は消え去ったの。ルディスの志を継ごうと護民官となった彼は、ついにはルディス主義者と呼ばれる、熱心な信者となった」
「へ、へえ」
そうか、俺の死は無駄ではなかったようだ。
でも、ルディス主義って何だ。
「そして五百年前の帝国滅亡の前後、世界が荒れに荒れた頃、ルディスはついに神になったわ」
「え? 神様ですか?」
か、神だと? 話が飛躍しすぎじゃないか?
「再び起こった魔物の侵略、人間同士の争い…… 汚職と腐敗…… 民衆は、賢帝ルディスの復活を願うようになったの」
「復活、ですか」
「そうよ。ルディス様が蘇り、この世の悪をすべて正してくれると」
ノールは俺の像の前で足を止め、見上げる。
何だか、話がとてつもないことになっているようだ。
理解が追い付かない。
とりあえずまとめると、俺の政策は間違っていなかった。
そして帝国は、五百年続いたということだ。
何だか、報われた気がした。俺は間違ってなかったんだ。
でも、それもたったの五百年のこと。
五百年は長いのか短いのか、いや短くはないか。
しかし、もはや亡者となったただの男の復活を望むとは。
そんなことあり得るはずがない。いや、ある意味で復活したわけだが……
俺はもう、皇帝じゃないんだ……
「……でも、もう五百年以上現れていない。復活は有り得ないでしょうね」
「そう…… ね」
そう答えたノールは、どこか切ない表情だった。