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八十八話 先輩の過去

「……呪い?」


 俺が訊ねると、エイリスは酒の入った杯を見つめながら答えた。


「ええ。ある日の事よ……私はその日、初めて猟に出たの。初めてだから、家族にもいいところを見せたくて、それは張り切っていたわ」


 でも、とエイリスは続けた。


「まだまだ見習いの私じゃ、とても動きの速い鹿やうさぎは仕留められなかった……だけど、そんな時に傷ついていたワイルドボアを見つけたの」

「ワイルドボア……ですか。初めての猟でそんな強い魔物と会ったら、俺だったら逃げちゃいそうです……いくら大物といっても」


 ワイルドボアは猪のような見た目をした強力な魔物だ。

 体は大きく、突進されれば人間はひとたまりもない。

 しかも頑丈な皮膚を有しており、堅い魔物としても知られる。


 そんな魔物が傷だらけか……


「ええ。ワイルドボアは巨大な魔物。その肉は鹿一頭の何倍にもなるわ。だから私は、木の上から奴の額を狙った」

「おお、さすがエイリスさん。でも、さすがに一発じゃ」

「それが、一発でワイルドボアは倒れたのよ」

「一発でですか?」

「ええ。思えば、この時点でこのワイルドボアがおかしいことに気が付くべきだった……」


 顔を曇らせるエイリスはそのまま続けた、


「私は大喜びで、そのワイルドボアを処理していったわ。もちろん、全てはもっていけない。だから、腹の一番美味しい部分を切り取って、とりあえず家族や村の皆に伝えることにしたの」


 大の大人が何人いたとしても、巨大なワイルドボアは持ち運べないだろう。

 小さく切り分け、何回かに分けて運ぶ必要が有る。

 

「私は初めての狩りで大物を仕留めたことが、たまらなく嬉しかった。家に帰ると、父や兄弟は猟に出ていて、一人いた母さんにそれを自慢したわ……それから私は残りの肉も取りに戻りに行った。だけど、そこには……」

「エイリスさん。もう大丈夫です……」


 エイリスは言いづらそうにするので、俺はそう言った。

 だが、エイリスは首を振って続ける。


「そこには、黒い靄が出た肉があったの……どうしてそうなったかは分からない。でも、これは危険だってことは、すぐに分かったわ。そこにいるだけで、体がおかしくなりそうだった」

「……黒い靄?」


 おそらくは呪毒か……ワイルドボアは呪毒に侵され、弱っていたのだろう。


 しかし、空気だけで呪毒を伝染させるとは……ただの呪毒ではなかったのかもしれない。


「私はすぐに家に向かって、走った……でも、家に戻ると……」

「皆、倒れていたというわけですね……」


 うんと頷くエイリス。


「村長が言うには、大陸西部だと珍しくない病だと言ってたわ。家畜も人間もこうなると。治療方法は分からない……でも、東部ではこの呪いの進行を食い止める薬があるって」

「なるほど……それで商人に薬を」

「ええ……加えて、皆体を満足に動かせないから仕送りも必要……ごめんね、こんな話を聞かせて」

「いえ、そういうことでしたら尚更使って頂きたいです。しかし、呪いですか……」


 以前羊が同じように呪毒で苦しんでいたのを見るに、西部ではこの手の話は絶えないのだろう。

 ……しかし、ちょうど俺の従魔の里では、薬を作り始めるところだ。呪毒を解く薬も、俺が教えてある。


「エイリスさん……俺の村でもそういった話はありました。ですが、治すための薬はあります」


 俺の言葉に、エイリスは優しい顔でふふっと笑った。


「ありがとう、ルディス。でも、そんな薬があったら皆苦労してないわ」

「そうでしょう……とても作るのが大変な薬なので。もしよければ、村からエイリスさんの家に、その薬を持っていくよう頼みますよ。もちろん、効くかどうかは分かりませんが……何でもやってみなければ分かりません」

「ルディス……分かったわ。その薬、買わせてちょうだい」

「いえ、お代は結構です。お世話になってますし、そんな話を聞いたらお金なんてもらうわけにはいきません」

「にしたって、薬を作って届けてもらうのだから……はい」


 エイリスは金を俺に渡す。


「エイリスさん……ありがとうございます。それじゃあ、今夜にでも村に連絡を送ります」

「助かるわ。本当に治ったら、このお金は全部あげるから」

「いえ、それも結構です。本当に俺達はもう十分報酬は頂いてますから」

「ルディス……」


 目をうるっとさせるエイリス。

 しかし、後輩には泣いてるのを見せられないと、すぐにいつもの調子で言った。


「分かった……それじゃあ、あなたのいう事何でも聞いてあげる。本当に何でも良いわよ」

「な、何でもですか……」


 どことなく視線を感じる。

 ルーン達がにやにやと俺を見てるようだ。

 俺が何かいやらしいことを要求するんじゃないかと、思っているのだろう。


「……そ、それじゃあ、また今日みたいに皆でご飯を」

「そんなんでいいの?」

「え、ええ! ここの料理、美味しいですし。ぜひ!」

「分かったわ……一回と言わず、何度もやりましょう!」

「はい!」


 その後、エイリスはいつものように楽しそうに酒を飲むのであった。


 そして俺は、連絡係として呼んでいたヘルハウンドに、エイリスの薬の件と他にあるものを持ってくるよう、アヴェルに伝えさせるのであった。

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