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八十七話 豪遊

「さ、どんどん持ってきて!」

「は、はい……でも、エイリスさん。お代の方は大丈夫なんです?」

「もっちろん! 食事だけじゃなく、酒も全種類頼むわよ!」


 エイリスの声に酒場の給仕は不安そうな顔をするが、「エイリスさんが言うなら……」と厨房の方へ向かっていった。


 俺とルーン、マリナ、ネール……加えて、エイリスとカッセルは、王都の酒場に来ていた。

 エイリス行きつけの味が良いと評判のお店だ。


 すでに俺達の囲む食卓の上には、いい匂いの料理の数々が所狭しと並んでいる。

 普段は王都の市場でも見られないような果物や、鳥を一頭丸焼きにしたものまであった。


 エイリスはぱんっと手を叩く。


「さあ! 今日は食べて飲むわよ!」


 ルーン、マリナ、ネールは待ってましたと応じる。

 そして三人は食事に口を付け始めた。


 だが、この豪勢な食事に、エイリスの隣のカッセルは額に汗を浮かべる。


「え、エイリス……今計算したが、すでに六十デルは頼んでいるぞ。いや、酒も全部となると、更に……」

「あんた、本当に心配性ね! 私が大丈夫って言ってるんだから、大丈夫に決まってるでしょ」


 そう言ってぐいっとエールを飲み干すエイリス。

 

「し、しかし……ふむ。ルディスよ。ここに来るまでに何かあったのか?」

「ええ……あまり大声では言えないのですが、俺達があの倉庫から持ってきた物が結構な値段で売れてしまって……」

「先ほどの白い球がか? それで、いったい……」

「……前金で五千デルでした」


 俺の小声に、カッセルは一瞬白目を剥いたような顔をした。

 が、すぐに首を横に振る。


「待て待て、絶対に騙されているだろう。恐らく偽のデルを掴まされて……」


 カッセルは、ぐびぐびと酒を飲むエイリスの腰から麻袋を取り、周りの視線を気にしながら中を確認する。


「……本物だと」

「驚きましたよ……何でも今は絶滅した魔物から取れたもののようで」

「なるほど。遺物関係はそういう話を良く聞くが……それにしても、五千デルは聞いたことがないな」


 一人呟くカッセルの肩に、エイリスが腕を回す。


「何、いつもみたいな難しい顔してるのよ。もっと喜びなさいって。これがあれば、あなたも婚約者とよりを戻せるのかもしないのよ!」

「そ、それはそうかもしれぬが……しかし、これはルディス達が見つけたのだ」


 カッセルの声に、俺は首を振る。


「いえ、これはエイリスさんとカッセルさんへのお礼の品です。そもそもあの宝石商さんも、エイリスさんだから取引したのでしょうし」

「だが、さすがにこんな額は……」


 自分で得た金でないとカッセルは遠慮してるようだ。

 だが、俺達も仕事をもらわなければ、あの倉庫にはいかなかったわけだし気にするようなことでも……


 俺がそう伝えようとした時、エイリスが言った。


「大丈夫だって。これは皆で六等分するわよ。もちろん、追加で入ってくるお金もね」

「それならば……」


 エイリスの声に頷くカッセル。

 だが、六等分してしまったら、エイリスのお金が……


「でも、それじゃあエイリスさんの取り分が……」

「え? いやいや、前金も分割しても、だいたい八百デル。逆に十分すぎるぐらいだわ」


 確かに十分高額……しかも、朝の一件で聞いた損したお金も補填できる。

 だが、もっとあれば悩みを解決できるのではないだろうか?


 ここは正直に言って、遠慮の必要がないことを伝えるか。


「エイリスさん……俺実は、朝エイリスさん達をお見かけしてしまって」


 俺が言うと、エイリスは酒を飲む手を一旦止めた。


「なるほど、聞いてたわけだ……それでやけに気を遣ってくれたのね」

「ごめんなさい……」

「ううん、気にしないで……そっかあ……」


 エイリスは今度は静かに酒に口をつける。

 誰でもお金云々でもめたことは知られたくないはずだ。それが別に自分に非がなくとも。


「……なので、失礼かもしれないですが、お金はやはりお二人で分けて欲しいんです」


 俺の声にエイリスとカッセルは顔を合わせる。


 そしてエイリスは言いづらそうに口を開いた。


「ありがとう、ルディス……確かに、私はお金が欲しい……これだけあれば、家族が数年、また生き延びることが出来るから」


 エイリスは確か猟師の家の出身と言っていた。

 それだけ生活が困窮してるということだろうか。

 別の仕事をするにも、この時代の農民身分は確か移動の自由がないのだから、厳しい。 

  

 つまり、三千デルもあればそれなりに数年暮らせるはず……


 しかし、エイリスの顔は晴れない。


「これで……数年呪いの進行を止められるわ……」


 エイリスはぽつりとそう呟くのであった。

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