八十五話 国王のお宝
「うーん……暗くてよく見えませんね。今、明りつけます」
ネールはそう言って、魔法の扉の先の部屋に【灯火】を放つ。
すると、部屋は一瞬で眩しくなった。
マリナが目の前の光景に声を上げる。
「こ、これは!」
やがて、俺の視界もこの眩しさに慣れて、部屋の全容が分かった。
俺達の目の前には、文字通りのお宝が山積みになっていたのだ。
部屋の広さは、ベッドが二つか三つ置いてあるようなちょっといい宿の一室ぐらい。金や銀で模られた家具、装身具や武具の数々……それらにはもれなく、色とりどりの宝石が惜しげもなくちりばめられている。
俺が皇帝になる前、父や兄達はこぞってこれらの宝物を国内外から集めていた。
結局は、皇帝になった俺が、それを国の予算とするため売り払ったのだが……
それはさておき、ここにある宝の量も大したものだ。
帝国の貴族でも公爵以上でなければ、ここまで貯めることは無理だっただろう。
「こ、こんなの初めて見ましたよ……」
ベルタもこの宝の山に驚いたようだ。
とすると、今まで回ってきた場所でこんなところはなかったということか。
これは調べ甲斐が有りそうだ。
だが、まずは……
「……ルーン」
「はっ! 扉も閉めましたし、外には音が聞こえないよう魔法を展開してます」
「ありがとう、ルーン」
俺とルーンのやり取りに、ネールが口を開く。
「あ、さっきのあの王子に見つかったら大変ですもんね」
「まあ、俺らを追い出すのは目に見えてるな」
さっきの態度を見るに、何かを探していた。
それがこういったお宝かは分からないが……
どちらにしろ、信用のおける人物ではなさそうだ。
「絶対そう! これは私達が見つけたんですから、私達だけで分け合いましょう。これなら、服も買い放題ですし!」
うきうきとするネールだが、俺はこう言う。
「いや……服を買うのは良いが、こんな大量に金銀を捌いたら、役人に睨まれるのは目に見えている」
「そ、それはそうかもしれないですが……」
「もちろん、俺達もいくらかはいただいていくつもりだ。エイリスにも渡さなきゃいけない。だが、ここの暮らしで困っている人にも、何らかの形で分け与えても良いだろう」
「ルディス様……やっぱ皇帝ですね。うんうん、そうしましょう」
やっぱ皇帝、というのは今まであまり皇帝らしくなかったということだろうか。
まあ、納得はしてくれたようだ。
「だが、その前にもう少しよく調べてみる必要が有りそうだ。どの道全部は持ってけないしな」
一見こういったただのお宝にも色々な側面がある。
形などの様式で、年代や地域が分かったりもするのだ。
これらのお宝が本当にヴィンダーボルトのものかの証拠もあるかもしれない。
俺が宝の物色を始めると、さっそく所有者のめどがついた。
マリナが部屋の奥を指さしたのだ。
「これ、人の像ですよね?」
「ああ。しかも、名のある人物の像だろうな」
等身大ほどの、黄金に輝く恰幅の良い男の像。
王冠と重厚な鎧、大きな斧を持つその像の土台には、帝国語と帝国文字でヴィンダーボルトと彫られている。
これだけの黄金を使用しているのだから、ヴィンダーボルト本人かその子孫の者である可能性は高い。
そしてだいたいのお宝には、ヴィンダーボルトの名が彫ってあった。
まず、ヴィンダーボルドのものと見て間違いなさそうだな。
「見覚えのあるものもありますね! これ、帝国でも使われていた杯と似てませんか?」
ルーンが俺に、銀色の杯を見せる。
細く洗練された造形……たしかに、帝国の様式そのものだ。
「この髪飾り……可愛い」
マリナが持つのは、大陸東北部で良く用いられる花の紋様の髪飾りだ。
そしてネールが今手に持った独特な反りのある短刀は、大陸南部の部族が好んで使うもの……
なるほど、大陸各地のお宝がここにはあるようだ。
「……ベルタ、気になる物はあるか?」
「何か地図のような物があればと思ったのですが……あ! これは」
ベルタは部屋の隅にあった小さな台に向かう。
「これは見た事があります! 最下層で用いられていた金の鍵です!」
「とすると、最下層に行くのに必要になるのか?」
「いえ、必要はないかと思いますが……ただ、これを使う扉の向こうは常に近道になってました! もしかしたら、どこか秘密の通路の鍵かもしれません!」
「ほう。それは持っておいても損がないな。ベルタ、持っていてくれるか?」
「はい!」
この地下都市で使われていた鍵である可能性は高い。
どこか使える場所もあるかもしれないな。
俺達はこの後もこの部屋を調べ、宝の目録を作成する。
また、王子に見つからないよう、扉にさらに強力な施錠魔法をかけた。
そして宝の一部は、自分達とエイリスのため、地上に持って帰るのであった。




