八十四話 扉の向こうは
「何なんですかね、あの男! お礼の一言もないなんて!」
リュアックが去ると、先程までルーンに口を抑えられていたネールが声を上げた。
ルーンはバタバタとするネールを諭すように言う。
「まあまあ、ネール。落ち着いてください」
「ルーン先輩! あんなこと言わせておいて、ルーン先輩らしくないじゃないですか!」
「ああいった輩は、私もルディス様も慣れてますから」
ルーンの声に頷き、俺はネールに言った。
「ネール。人間の王族はだいたいあれが普通なんだよ。放っておけばいいさ」
「で、でも…… 分かりました。ルディス様がお気になさらないのだったら。でも、前会ったユリアとかいうお姫様とは、ずいぶん違ってますね。あの方は、品があったと思います」
「ユリアは……確かに、なかなかああいう王女はいないかもしれないな」
あのリュアックという男は、ユリアと違っていかにも悪い意味で王族っぽい男だった。
「まあ、あの男の事は放っておこう。それよりも、俺達は……」
俺はゴーレムの崩れた体から、光る灰色の岩を見つける。
これがゴーレムの心臓部たる核だ。
核さえあれば、体はいくらでも復元できるし、そもそも人型でない体すらも作れる。
野生のゴーレムはだいたいがそこら辺にある岩や石を自分でくっつけただけの姿をしているが、第三者によってつくられた個体は意匠の凝った形をしていることも多い。
俺が皇帝時代に従えていたゴーレムたちは、やはり人間の美術品の影響を受けてか、互いに美しい体を作ろうと切磋琢磨していた。
今戦った無骨なゴーレムの体は、見た所切り出されたような直角の岩なので、誰かによって造られた可能性は大きい。
俺の後ろからバタバタと小さく羽ばたく音とともに、こんな声が響く。
「ご、ゴーレム。こんな階層にもいたなんて」
振り返るも姿は見えない。
喋っているのは【透明化】したガーゴイルのベルタだからだ。
「ベルタか。このゴーレムもスケルトンたちと同じ、ヴィンダーボルトの指示を受けているのか?」
「はい。僕たち最下層保全隊とは、命令が違うみたいで……僕もたまに襲われたことが有ります」
俺達が三十八階で見た魔鉱石の装置から召喚されたスケルトン。
ベルタによれば、そのスケルトンはヴィンダーボルトから命令を受けているという話であった。
「なるほど。このゴーレムも恐らくは、何かを守るために配置されていたのかもな……」
「だとすると、この階層に何か守るべき価値のあるものが……?」
あたりをきょろきょろ見渡すマリナに、俺はうんと頷く。
王子の向かった奥に……いや、何もないだろう。
あるとすれば……
俺はゴーレムが埋まっていたであろう壁の穴を調べる。
ゴーレムが倒れても尚、この壁の部分に魔力の反応があったのだ。
隣で見ていたベルタは既に、それに気が付いていたようで……
「これ、この前ルディス様をご案内した詰所と同じ、魔法の扉です!」
魔鉱石によって、自動的に開閉する魔法が仕掛けられた扉……その更に奥には魔力の反応はない。
ただの詰め所かもしれないが、一度見てみるのも良いだろう。
「やっぱりか。どれ……」
俺は【開錠】の魔法を一見壁と変わらない扉にかける。
すると扉はごごっと低い音を立てながら、ゆっくり開くのであった。




