八十三話 王子
「加勢します!!」
黒い鎧の若い男に向かって、俺はそう叫んだ。
すると、男は俺達の存在に気付き、一歩後退する。
よし、これなら魔法も放てるな。
「【氷槍】!」
俺は魔法名を唱え、氷属性の低位魔法をゴーレムに放つ。
わざわざ低位魔法を使うのは、あそこで戦う男に、俺達が普通の冒険者のように思わせるためだ。
する必要のない詠唱を行うのも、同じ理由である。
【氷槍】はゴーレムの足元で勢いよくぶつかり、その付近を凍らせた。
どうにか足の動きを封じるぐらいに威力を調節したが、狙い通りいったようだ。
「三人とも、頼んだぞ!」
ゴーレムに向かう三人。
その真ん中のルーンが叫ぶ。
「マリナ、ネール、今です! 腕を!!」
「はい!」
「お任せ!!」
マリナとネールはルーンの声に頷くと、二手に分かれる。
まず、マリナはゴーレムの右腕側に。
そしてネールは、左腕側に駆ける。
先にネールが突出し、自前のハルバードを背中から取り出し、振り上げた。
そのまま加速をつけたハルバードの刃は、ゴーレムの左腕を粉々に砕く。
マリナも負けじとメイスを大きく振り下ろした。
ネールのように砕くことは出来なかったが、大きくひびを入れることはできたようだ。
ゴーレムはそのかろうじて残った右腕で、マリナを叩き潰そうとする。
しかし、マリナがそれを跳ね返すように果敢に盾を前にした。
盾と勢いよくぶつかったゴーレムの腕は、ひびが広がり完全に砕けてしまった。
「二人ともよくやりました! あとは!」
ルーンは大きく跳んで、ゴーレムの頭に剣を振り上げる。
動きを封じられたゴーレムは成す術もなく、ルーンによって頭を砕かれるのであった。
すぐにその岩の体も崩れ、あたりに埃や塵が舞う。
「先輩、やるぅ!」
「さすがです、ルーン!」
ネールとマリナの褒める声に、ルーンは若干誇らしそうな顔をする。
ちょっと人間離れした跳躍力だった気がするが……まあ、魔法かなんかのおかげという理由で、十分誤魔化せる範囲だ。
その一方で、粉塵のせいだろうか、黒い鎧の男がせき込むのが見えた。
「ごほっ、ごほっ……こいつが未探検の場所でたまに現れるという、岩人形か……」
「そこの方、大丈夫ですか?」
俺は男に近寄り、声を掛ける。
この男だけではなく、倒れている他の者達も目立った外傷はなさそうだ。
ルーン達がその倒れている者達を薬や回復魔法などで癒すので、皆意識を取り戻しつつあるようだ。
そんな中、若い男は淡々と俺に訊ねる。
「問題ない……お前達は、ギルドから派遣されてきた者達か?」
「はい、地図作成などの調査依頼で来ました。失礼ですが、あなたは?」
「何? 私を知らぬのか?」
若い男は不満そうな顔で、俺をじろじろと見つめた。
「……なるほど、確かに王都の生まれではなさそうだな」
「ええ。最近、エルペンから来たので」
「ふむ。そうだろう、そうだろう。そんなことより……おい、お前達!」
男は意識を取り戻して間もない者達に怒声を浴びせる。
「この無能共! 一体いくら払ったと思っているのだ?!」
「り、リュアック王子、面目次第もございません」
冒険者達は口を揃えて、若い男……リュアック王子と呼ばれたその男に謝罪する。
リュアックは彼らの体調の心配などせず、高圧的な口調で続けた。
「我が王印の力を受けておきながら、この醜態……これからも王都で働きたいなら、さっさと探索の準備をしろ!!」
声を震わせ、再び頭を下げる冒険者達。
リュアックは黒い鎧についた埃を払いながら俺に言う。
「もし仕事が欲しいのなら、宮殿のこの私リュアックを訊ねろ。先程の戦いぶりを見るに、この無能達よりは護衛の役に立ちそうだ」
リュアックはそう言い残すと、足音をどかどかと立てて通路の奥へと向かっていった。
冒険者達は俺達に手短に礼を一言述べて、その後をせわしなく付いていく。
俺はリュアックの態度に、どことなく皇子であった時の兄弟の姿を重ね合わせるのであった。




