八十話 明るい先輩の秘め事
ベルタを仲間にした次の日の朝、宿の朝食が出来上がるまで、俺達は今日の冒険の準備を整えていた。
「うーん。やはり香炉は必要のはず……」
「いや、ルーン先輩。それー、絶対いらないと思いますよ……てか、昨日あれだけ荷物あって、一つでも使いました?」
「何を言うのですか、ネール! いいですか! ルディス様の従魔たるマスティマ騎士団は常にですね!」
ネールの問いに、ルーンは準備の大切さを説き始めた。
マリナも昨日ほどではないが、それなりの荷物を持っていくらしい。
俺の方は、もうとっくに準備を済ませているんだがな……
基本は魔法でなんでもできるので、筆記用具や薬、水の入った小瓶ぐらいしかポーチに入れていない。
あとは腰にある魔力を供給するための剣ぐらいのものか。
俺は準備に手間取るルーン達から、ベッドに目を移す。
そこには、腹を大きく膨らませ、ぐうぐうと寝息を立てるガーゴイルがいた。
昨日仲間になったこのベルタは、元からまん丸い体型をしていた。
しかし、今はもう翼の生えた球なんじゃないかという形だ。
昨晩はだいぶ腹いっぱい食べたのだろう。
今は満足そうな顔ですやすや寝ているだけだ。
基本、ガーゴイルは寝なくてもいいはずだが……
「おーい、ベルタ。朝だぞー」
「……むにゃむにゃ。もう少し、もう少しだけ……あ、そのはちみつくだひゃい……」
「うむ……」
布団をいとおしく思うかのように頬をすり寄らせるベルタ。
数十年もずっとあの地下都市でラッパを鳴らし続けてきたので、こういった布団で寝るということはなかったのだろう。
なんだか起こすのもかわいそうだ。
「……よし。とりあえず、俺一人でギルドまで行って依頼を受けてくるよ。朝食の後そのまま地下都市に行けたら楽だしな」
俺が言うと、ルーンがすかさずに答えた。
「それでしたら、私も同行したします!」
「いや、ルーン。お前たちはそのまま準備を済ませておいてくれ。どうせここから歩いて数分だ」
「それはそうですが……では、ネールを同行させましょう」
ルーンがそう言うと、ネールは「良いんですか?」と少し驚くような表情をした。
「歩いてそこまででしたら、あなたでも大丈夫でしょう。くれぐれも頼みましたよ」
「はーい! それじゃ、ルディス様行きましょ!」
ネールはルーンに元気よく答え、俺の手を引いていくのであった。
俺とネールはそのまま宿を出て、ギルドへと向かう。
まだ早朝という事もあって、人もまばらだ。
そんな中、俺の腕を掴むネールの鼻歌が響いた。
「ふふん。まさか、あのルーン先輩が私とルディス様を二人にさせるなんて!」
最初あれだけ信用されていなかったので、ルーンに認められたことがネールも嬉しいようだ。
俺としても、ネールが打ち解けつつあるのは嬉しいが……
ルーンと結託されると、色々厄介なことも考えられるな。
特に、寝る場合は注意が必要だろう。
俺がそんなことを不安に思っていると、小道の方から声が響いた。
「ちょっと! 話が違うじゃない!!」
その声は、俺も良く知る声だった。
恐る恐る、俺は小道を覗いてみる。
だが、そこにはいない。なので先程の声の方向を頼りに、さらに奥まった小道を探してみた。
すると、そこには茶髪をまとめた女性エイリスと、身なりの良い肥満気味の商人がいた。
顔を真っ赤にするエイリスに、商人はあたふたとした顔で答える。
「そう言っても……本当にこれしか用意できなかったんだ! 最近は東部も戦争続きだし、あらゆる相場が高騰してるんだよ」
「あんたが最低でも一年分は用意できるって言うから、千デルも預けたんでしょ! それがたったの五か月分なんて……ちょろまかしてるとしか思えないわ! 少なくとも、四百デルは返してよ!」
「わ、わるいが、本当に千デル使って、五か月分なんだ! 信じてくれ!」
「信じるもなにも、これじゃ詐欺と一緒じゃない!」
エイリスの気迫に怯える商人。
どうやら取引でなにかがあったらしい。
だが、エイリスははあっと溜息をつく。
「……もういい。あんたを選んだのは私だし……とにかく、あるだけ渡して」
「わ、わかった。悪かったよ」
商人は大き目の麻袋をエイリスに渡すと、そそくさと立ち去るのであった。
「あれ……エイリスさんですよね。なんかあったんですかねー」
「ああ……何かを仕入れようとしてたみたいだが……」
一年分……あの麻袋の中はいったいなんなのだろうか?
話からするに、東部でしか手に入らない物で、それをあの商人に仕入れを頼んだようだが……
千デル払った割には、取引の結果はあまり良くなかったようだ。
しかし、千デルか……それだけ払って、一年分のものが五か月分になるなら怒るのも分かる。
一人俯くエイリスの肩に、どこからともなく現れた赤髪の男カッセルが優しく手を乗せる。
「エイリスよ……しつこいようだが、なんとか俺の親に頼んでみようか?」
「カッセル……前にも言ったけど、これは私の家族の問題。自分で解決しなきゃいけないことだし、あなたの家だって大変なんだから」
「しかし……」
悔しそうにするカッセルに、逆にエイリスが微笑んだ。
「大丈夫だって。とりあえずは、五か月は伸びたんだから!」
「エイリス……」
「さ! こんなとこでじっとしてられないわ! これ送ったら、今日もじゃんじゃん仕事しなきゃ!」
エイリスはいつものように明るい口調でそう言って、一人ギルドへ向かう。
だが、その顔はやはり悲しそうな顔であった。
カッセルも悔しそうに拳を強く握ると、決心したように「ああ」とエイリスについていく。
エイリスが何かとお金にこだわるのは、何かありそうだな……
俺はこの日、いつも気楽に思っていた先輩の意外な顔を目にしたのであった。




