七十九話 初心な案内人
「わあっ……」
地下都市で仲間になったガーゴイルのベルタは、思わず言葉を漏らした。
始めて見る地下都市の外の世界を見て、感動しているようだ。
俺達はベルタを仲間にして、今日の所は奇妙な音の調査に関する報告のためギルドへ戻ることにした。
外に出ると、もう日は暮れていて、街灯が灯されている。
ベルタは帝国語を喋り【透明化】しているとはいえ、王都の通りは夜でも人が多い。
誰かに聞かれては面倒なので、俺が風魔法でベルタの声を誤魔化している。
マリナは姿の見えないベルタの声に頷いた。
「あ、やっぱ、ベルタさんも思いました?! この夜景、本当に綺麗ですよね!」
「え? ええ、そうですね……地上の街も綺麗です!」
ベルタの不思議な返答にマリナは首を傾げた。
推測でしかないが、【透明化】しているベルタの視線は、マリナの見ている場所とは違うものに向けられているのだろう。
どこまで続くか分からない空を見上げれば、満点の星……ベルタにとっては地下都市の中の天井がその代わりだったはず。
人の灯や雑踏などは地下都市でも見ていただろうし、そこまで驚きもないのだろう。
同じようにずっと洞窟という閉鎖空間にいたマリナとは、感動の対象も違うという訳だ。
そんなギルドまでの道中、ネールが俺に訊ねた。
「ねえ、ルディス様。そういえば、ギルドにはなんて報告するんです?」
「そうだな……適当に、ネズミの巣を退治したとでも言うよ」
「なるほど。しかし、そんな理由で信じますかね?」
「まあ、どちらにしろ音は止まるんだ。いずれにせよ、そんなもんだったろうと信じるだろう」
あまり仰々しい嘘を吐いても仕方がない。
どの道、シルバー級への昇格は時間が掛かるとのことだし、他の依頼をこなしている内に勝手に話を進めてくれるだろう。
確かにシルバーになれば受けられる依頼も増えるが、今は特段急ぐ必要もない。
それよりも……
「ルーン、マリナ……歩くの大変だろ? 先、戻っておいても大丈夫だぞ?」
「いえ! 大丈夫です!」
ルーンは通行人を華麗に避け、すかさず俺に応じた。
ルーンとマリナも自分の肩幅よりも大きな荷物を背負っている。
体力を心配はしてないが、何しろ通行人が多くて歩きづらそうだ。
「そうか……まあ、次からは荷物が少なくても、大丈夫だろう。ベルタが案内してくれるしな」
「はい、ルディス様! このベルタ、御身のお役に立てるよう精一杯頑張ります!!」
ベルタは元気よく俺にそう答えるのであった。
それからギルドに戻り、俺は受付嬢に調査の報告書を提出した。
ネズミ……ですか、と難しい顔をされたが、これから奇妙な音に悩まされることはもうないのだから、こちらとしても嘘に罪悪感はない。
報酬はやはり少なく、一人三デルで十二デルであった。
何はともあれ、最下層を知るベルタを仲間にできたことは、何よりの収穫と言って良い。
今日はそんなベルタの歓迎会をするかということで、宿の一室を貸し切り、二十デル分のご馳走を頼むことにした。
次々と運ばれる食事を見て、【透明化】を解いたベルタは不思議な顔をする。
「これは……食事ですか?」
「ああ。今日はお前の歓迎もかねて、少し奮発したんだ。思う存分食べていいぞ」
「あ、ありがとうございます。でも、こんなご飯、僕見た事もなくて……」
今食卓にある食事は、確かにこの宿では上等の品々だ。
だが、鳥や豚など、地下都市の住民でも決して目新しい食事ではないはず……
ガーゴイル自体が水以外にあまり食事を必要としないので興味が無いのかもしれないが、最下層ではよっぽど淡白な食事が供されているのかもしれない。
「あ! これは分かります! 随分綺麗な色ですけど、これはスープですよね? これから、いただきます!」
ベルタは恐る恐る、スプーンで玉ねぎのスープを掬ってみる。
そして一口口に含むと、思わず目を大きく見開いた。
「美味しい! これ……本当にスープなんですか?」
「ああ。これは、玉ねぎのスープだな」
「玉ねぎ……きっと高級な食材なのでしょうね……」
目を輝かせるベルタに、マリナが「そんな大げさな」と言うが、すぐにルーンがその口を塞ぐ。
「そうです。それだけ、ルディス様はあなたに期待してるのです。地下都市の案内しっかり頼みますよ」
「もちろんです!」
元気よく答えるベルタに、ルーンはよろしいと頷いた。
それを見たネールは、小声で呟く。
「ルーン先輩こそ、大げさのような……」
「む? 何か言いましたか? ネール?」
「まあまあ。とにかく俺も腹が減ってるし、冷めないうちに皆で食べようじゃないか」
俺が言うと、皆「はーい!」と答え、陽気に食事を始める。
結果として、ベルタは結構食べた。
肉も野菜も、地下では食べないものばかりだったらしい。
それもあってか、追加の注文にさらに十デル払うことになるのであった。




