七話 チビスライム(可愛い)
「さあ、今日からここがお前たちの家だぞ!」
俺は麻袋から、借りた宿の一室にブルースライム達を放つ。
全部で八体。皆、大きさはルーンの半分程で、手に乗せられる程に小さい。
スライム達は床に降りると、きょろきょろと周りを見渡した。
「ここどこ?! すごい明るいよ!」
「本当だ、洞窟とは全然違う!」
スライム達は、皆喜んでいるようだ。
ぴょんぴょんと跳ねて、笑っている。
そんな中、一体のスライムがベッドの上に飛び乗った。
「わあ、ここすごいフカフカしてる!」
「「本当?!」」
スライム達は、皆ベッドに飛び乗る。
そしてフカフカなのが新鮮なのか、そこで飛び跳ね始めた。
「本当だ! とっても柔らかいよ!」
「わーい! ルディス様、ありがとう!」
スライム達は、俺を見ながら喜びの声を上げる。
何とも微笑ましい光景だ。というか可愛い。見てるだけで和む。
しかし、ルーンは違った。
「こらっ!! お前達、ルディス様のベッドで何をしてる?!」
ルーンはセシルの顔を怒らせて、そう怒鳴った。
スライム達は体をびくっとさせる。
俺も驚いた。セシルの怒る顔なんて、見たことがなかったからだ。
スライム達は大慌てで、飛び跳ねるのをやめる。
「ごめんなさい、ママ!」
「もうしません……」
スライム達はしょぼんとしてしまった。
可愛いんだから、そのままで良かったのに……
俺はスライムの一体を持ち上げ、頭を撫でた。
「まあまあ! いいじゃないか、少しぐらいはしゃいだって」
「……しかし、ルディス様」
「ルーンよ、俺が許すのだ。主人が許すのだから、皆、自由にしろ」
スライム達は目を輝かせる。まず一体がこう言った。
「ルディス様、ありがとうございます!」
「「ありがとうございます!」」
「いや、礼はいらない。俺も君達を側に置くことで、より多くの魔力を得られるのだからな」
俺の声に改めてスライム達は、お辞儀のような仕草をする。
そして再びベッドの上で飛び跳ねるのであった。
「ルディス様、申し訳ありません…… 私の教え方が……」
「ルーンよ、くどいぞ。俺が許したのだ。それよりも、今後について、話し合おう」
「はい、ルディス様!」
ルーンと俺は、小さな机を挟んで椅子に座る。
「まずはこのスライム達についてだ。隅の部屋だから、中では自由にしていい。しかし、外には出ないようにということだけは、厳しく言っておいてくれ」
「かしこまりました。ですがルディス様、このスライム達もルディス様の帝印のおかげで、以前の倍の魔力を有しています」
「そうか。では、いくらか魔法も使えるのだな」
「私のように常時人間形態でいるのは難しいですが、一日ぐらいであれば【擬態】を維持することが出来るはずです」
「なるほど…… ただの人間として暮らすだけなら、十分だな」
朝出て、夜ここに戻る。一日も【擬態】が出来るなら、それが可能だ。
「はい。ですが、他の魔法を使うとなると、訓練が必要ですね」
「そこはルーンに任せる。俺の従魔である以上、より多くの魔法を覚えてもらおう。それがスライム達自身のためになるだろうしな」
俺の帝印は、魔物と魔法のためにあるようなものだ。
俺も従魔もこの力を利用しない手はない。
「もちろんです! 皆、ルディス様の役に立てるよう鍛えてみせます」
「ああ、頼んだ。では、必要な時はスライム達に【擬態】をさせ、部屋の外に出てもらおう」
動かせる人間…… もといスライムを増やせるのはありがたい。
大物を仕留めた時など、運び手になってもらえる等助かる。
「それで俺の魔力だが…… わずかだが、やはり増えたようだな」
俺は以前よりも魔力が増えているのを感じていた。
「はい! 私も【探知】でルディス様の魔力が増えたのを確認しました」
「そうか。やはり、こいつらを連れてきた甲斐があったようだ」
「もっと従魔を増やせれば、良いのですけどね」
ルーンは俺にそう答えた。
確かに従魔を増やしたい。
しかし、皇帝という圧倒的な力を持つ立場にない今、かつてのように従魔を増やすのは難しそうだ。
ルーンのように生きている元従魔がいれば、再び仲間になってもらえるかもしれないが。
「それはおいおいだな。今はここよりも良い住処を得られるよう、頑張ろう」
「はい。では、これからもゴブリン退治を続けていくのですね」
「しばらくはな。とはいえ、街道で姫殿下が襲われるような状況だ。とにかくこの時代についての情報も収集したい」
俺は市場で購入した『ヴェスト文字入門』を開いた。
「まずは、俺とルーンでこの文字を【魔法言語化】しよう。エルペンや周辺の都市で使われる文字だ」
「かしこまりました!」
俺とルーンは『ヴェスト文字入門』を開く。一種の勉強を…… するためじゃない。
【魔法言語化】でヴェスト文字を、俺の知っている帝国文字に置き換えるのだ。
そうして一度置き換えることで、いつでも少量の魔力で翻訳できる。
「うむ…… 形は違うが、帝国文字と同じ表音文字か。これならわざわざ【魔法言語化】せずとも、すぐに覚えられそうだな」
何しろ言葉は俺も覚えているのだ。
ルーンはここの人間と話すとき、毎回【魔法言語化】で言葉を発してるので大変そうだが。
「はい。私も、言葉と文字を覚えられるようにします」
「ルーンなら、すぐに覚えられるだろう。では、次は『世界地図』を見てみるか」
俺は市場で買った『世界地図』を開く。
「俺達のいるこのエルペンは、大陸西部、ヴェストブルク王国の都市のようだな。首都はヴェストシュタットか」
大陸西部には他にもいくらか国があるようだが、このヴェスト王国が一番大きな勢力のようだ。
「元帝国領は…… うわあ、分裂しちゃってますね」
ルーンの言うように、大陸東部の元帝国領は分裂していた。
大陸西部と比べ、その勢力も倍以上だ。
しかし、その中でも国土が大きい国があった。
「主な国は、東のエスト王国、南のアッピス魔道共和国、北のレインファルス聖王国か…… 帝の字も見当たらないな」
加えて、どれも聞いたことのない名前の国ばかりだ。
千年という時間を考えれば、無理もないが。
ルーンは地図の北側を見て答える。
「はい。それに、大陸北部にあった魔王領が更に拡大していますね」
「そのようだな。俺達の時代では、大陸北部の小国だったが」
恐らくは帝国が分裂し、人間国家が弱体化したので、魔王領が勢力を増したのだろう。
いつ帝国が分裂したか気になるが、何にしろ元皇帝としては複雑な心境だ。
とはいえ、俺は農民。今更人間同士のいざこざに首を突っ込むつもりはない。
そういった難しいことは、王様なりお偉いさんがやればいいのだ。
俺は俺の魔法で、困っている人達のために最低限出来ることをやるだけ。
「とはいえ、俺らのいるこの大陸西部は、比較的安全そうだ」
「国も少なく、元帝国領とは中央山脈で隔たれていますからね」
俺はルーンの声に頷く。
「うむ…… 決めたぞ。このエルペンかヴェストブルク王国内で住処を探そう」
「はい、ルディス様! 明日からも依頼頑張ります!」
「ああ。頑張ろうな、ルーン!」
俺はルーンに言ったつもりだったが、スライム達も声を出す。
「「頑張ります!」」
声を揃えるスライム。皆、健気だ。
「そうです! じゃあ今夜は皆で、ルディス様のお布団になりましょう!」
「「はい、ママ!」」
その申し出を一度は断った俺だが、誘惑に負け、受けることにした。
ルーンの枕だけでも最高の寝心地なのだ。
布団にしたら、どうなるだろう。
俺はこの日、ぷにぷにとしたスライム布団の上で就寝するのであった。