七十八話 案内人を雇う
「……どうしよう? このままじゃ帰れない……」
詰め所を汚すだけ汚したベルタは、机の上にバタンと伏せた。
そんなベルタに、ルーンが訊ねる。
「つまり……火口の蓋までどうやって行くかは分からない、ってことですか?」
ベルタはコクリと頷く。
「はい……ここの道、どこも同じような造りで……いや、また言い訳しちゃった。こんなんだから、僕はラッパしか吹かしてもらえなかったのかも……」
一人涙を流すベルタの頭を、マリナがよしよしと撫でてあげる。
そうか、戻り方を忘れたか……
まあ、何十階とある地下都市だ。
途中までは大きな階段で降りれるが、それから下に行くには複雑な道を通らなければと聞いた。
魔物といえど、簡単には覚えられない道なのだろう。
ベルタはマリナに差し出された手拭いで涙を拭く。
だが、案内のしようがないので、途方に暮れているようだ。
こちらとしても最下層まで行きたかったので残念だが……
ここでさようならというのは、こっちとしても色々と情報を逃すことになる。
「ベルタ、ちょっといいかな」
「は、はい……すいません、案内できないのでは見学もなにもないですよね……」
「そうだな。だが、最下層まですぐに案内は出来なくても、所々道を覚えてたりはするだろ?」
「そ、それはまあ。本当にうろ覚えですけど……」
ベルタは自信なさげに言うが、ここまで広大な地下都市だと、うろ覚えの情報ですら有用なはずだ。
「そこで、だ。俺達はいずれにせよ、最下層を目指している。だから、俺達の案内役になってくれないか?」
「案内役ですか? でも、さっきも言いましたが、僕はとても案内なんて……」
「知ってる限りで教えてくれればいいよ」
「ほ、本当ですか? しかも、最下層まで来てくれるってことですよね」
「ああ。もちろん、夜になれば地上に戻ったり、寄り道はすることになるが……」
「それでも構いません! ……僕で良ければ、最下層までご一緒しますよ!」
ベルタは黒く小さな翼をバタバタと広げ、すっかり元気を取り戻したようだ。
「よし、決まりだな。よろしく頼む」
「ええ、こちらこそ!」
俺はベルタの小さな手と握手する。
その時であった。
「……うん? 何だか、とっても懐かしい感じが……あれ、この手の印って……」
ベルタは俺の右手にある六芒星の帝印に気が付いたようだ。
「ああ、これは俺の帝印だよ……」
「帝印?! それじゃあ、あなたは人間なんですか?」
「隠すつもりはなかったが……その通りだ。他の皆は、正真正銘の魔物だが」
「そうでしたか……しかし、困りましたね。人間に来てもらうわけには……」
頭を悩ますベルタに、ネールが面倒くさそうに呟いた。
「別にいいじゃん、そんなこと。火口が危ないって言うのに、そんなこと気にしてられる?」
「そ、それはそうですが……いえ、そうですね! ルディス様は魔物、そういうことにしましょう!」
随分とあっさり受け入れたが、この先誰が見つかるかも分からない。
ベルタとしても、俺達とこのまま別れたくないのだろう。
「うんうん、そういうことにしとこって! あんたなかなか物わかりいいじゃん!」
ネールは豪快に笑って、ベルタをポンポンと叩く。
ベルタはそれに少し戸惑いながらも、ありがとうございますと言った。
「さて……出発と言いたいところだが、今日はもう遅い。俺達は一旦地上に戻るよ」
「そうですか! それでは僕は、この詰め所で待機しておりますね!」
「ああ。明日の朝、またここに来る」
「かしこまりました!」
敬礼するベルタに、俺は手を振ってこの詰め所を後にしようとした。
だが、ベルタの顔はどことなく寂しげだ。
「うん? どこか調子が悪いのか?」
「い、いえ。ただ、その……久々に話せる方と会えたので、別れるのがつらくて……明日、必ず来てくださいね……」
「約束するよ…… だが、もし寂しいんだったら、俺達と地上に来るか?」
「ち、地上にですか?! ……しかし、それはできません」
一瞬目を輝かせたベルタだが、すぐにぐっと堪えるような表情になった。
ルーンが訊ねる。
「ふむ。地上に出ることも規則で禁止されているということですか?」
「は、はい……命令ですので」
「ふむ……それも帝国の総督とやらの命令という訳ですね……でも、ベルタ。ここにいるルディス様は……それよりも偉い帝国皇帝! そのひとなのですよ!」
ルーンはそうベルタに告白した。
いや、さすがにそれは信じないだろう……
そう思ったが、ベルタは真面目な顔を俺に向ける。
「や、やはりっ! 帝印……しかも、五芒星の帝印ももってらっしゃる!! あなたはきっと、いや……絶対に皇帝陛下に違いない!」
どことなく演技っぽいのは、都合よく解釈してるようにも思えるからか……
結局のところベルタは、何か理由をつけて地上に行きたいのだろう。
「……まあ、嘘ではないが」
心の底から信じてるかは分からないが、皇帝と明かしてしまった以上、ベルタを従魔としておく方が意思疎通も取りやすいだろう。
「ベルタ……地上に行きたいなら、俺の従魔になってくれると色々と助かる。もちろん、最下層に着くまででいい」
「願ってもないことです、皇帝陛下!!」
こうして、俺の従魔にベルタというガーゴイルが加わるのであった。




