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七十七話 帝国の残骸

「火口の蓋が危ないんです!」


 ベルタは額に汗を浮かべ、そう訴えた。


 俺は自分が訊ねたいことを今はぐっと抑え、ベルタに訊ねる。


「このままだと、この山が噴火する……そう言いたいんだな」

「はい! すでに隊員は五十体を下回っており……あ、でももう四十年経つから、今はもっと……」


 うーんと悩むベルタに、ルーンが言った。


「あなたは四十年、仲間のもとには帰ってないのですか?」

「はい! 新たな隊員を見つけるまで、戻るなと言われまして!」

「それで見つけたのは私達……と。そこら辺の人間では駄目だったのですか?」

「人間の入隊は禁じられてるのです! ですが、あなたがたは魔物! ……ですよね?」


 ベルタは確認するように、俺達を見渡した。

 皆、人間の姿はしてるが、俺以外は正真正銘の魔物。

 雰囲気で魔物であることは分かるのだろう。


 しかし、俺は……


「はい、私とマリナ、ネールは魔物です。ですが、この方は……」


 手を少し上げて俺はルーンの発言を遮る。


 ベルタが俺を魔物と思ったのは、俺の魔物を従える帝印のせいだろう。

 ここで俺が皇帝などと名乗っても話がややこしくなるだけだし、質問を続ける。


「……いや、俺も魔物のようなものだ。それで、人間の入隊が禁じられているのは、ヴィンダーボルトが禁止したからだな」

「はい。ヴィンダーボルト様が保全隊のメンバーは魔物だけとお命じになったようです! それで僕は魔物の新兵を集めていたのです」

「なるほど……スケルトンじゃ駄目なのか?」

「ええ。スケルトンは、ヴィンダーボルト様から別の指示を受けておりますので……どんな指示かは僕にはわかりかねますが」

「そうか……」


 かつて火山であったこのヴェストシュタット……いや、今も火山であるここの噴火は、どうやら魔物達によって抑えられているらしい。


 しかし、どうやって抑えているのだろうか?

 それに、俺のかつての従魔がいる可能性も……


「お願いです……このままだと、多くの帝国人の命が……」


 ベルタは必死に訴える。


 俺はこの地下都市の謎に興味があり、最下層に行ってみたい。

 また、従魔と再会できる可能性やその足跡をたどることが出来るかもしれないのだ。

 何より、この王都の人々が危ないと聞けば、放っておくこともできない。


 そこまで連れて行ってくれ……そう言おうとした。


 だが、今度はルーンが待ったをかける。


「それで、ベルタ。お願いと言うからには、何かしらの報酬があるのでしょうね?」

「報酬? ああ、報酬ですね! お待ちを……」


 ベルタは肩にかけていたカバンから、四つほどの赤さびた小石のようなものを机の上に出した。


「……なにこれ? 錆びた鉄?」


 ネールはそれを一つ手に取ると、不思議そうに見つめた。


 ベルタは自慢するように答える。


「それは、特に帝国に尽くしたと認められた者に与えられる、賢帝六星章です!! 賢帝ルディスの帝印の刻印が為されているのですよ! どうです、格好いいでしょ?!」

「……は?」


 ネールは困惑したような顔で、そう呟いた。

 

 しかしマリナだけは、目を輝かせて、六星が見えない六星章を手にする。


「ルディス様の帝印! 格好いい!」

「い、いや、格好いいとか以前に、これ錆びてるでしょ……」


 ネールがそう言うと、ルーンがこう続けた。


「……こんなものじゃ話になりませんね。何かを頼むなら、それなりの対価がなければ」

「で、でもこれがあれば、帝国への忠誠が示せるんですよ! それってとっても名誉な事だって、父ちゃんたちも」

「はあ…… あなたがいう帝国がどこかは分かりませんが、よく目にしてもいない存在に忠誠を捧げられるものですね。いずれにしても、私達はそんなもの要りません」


 そもそも帝国なんて存在しないと言わないのは、ルーンなりの優しさだろうか。

 

 このベルタ含め、最下層の魔物達の間では、帝国はまだ存在していると信じられているのだろう。

 しかし、この六星章……赤さびてはいるが、魔力の反応があるな……


 俺は一つ手に取って、【状態診断】を掛けてみる。

 これは……【隷従】?!


 【隷従】とは、人や魔物に命令を強制できる、高位の魔族が持つ固有魔法。

 つまりこれを付けた者は、誰かの支配下に置かれるということだ。


 俺はベルタの首元にも同じようなものが二つかかっていることに気が付く。


 一つは【透明化】の魔法効果のあるネックレス。

 そしてもう一つは、【隷従】の六星章……


 ……すると、保全隊はこれで支配されている?

 普通に考えれば、ヴィンダーボルトが作ったのだろうが、彼はすでに死んだはずだ。

 

 今では、火口を抑える命令だけが機能している……そう考えられるな。


 ベルタはルーンの声に、焦り始める。


「ま、待ってください! ここで帰られたら、僕は…… そうだ、食事は三食出ます!」

「私達が食事に困ってると思いますか? そもそも私はいらないし……」

「じゃ、じゃあ……」


 あたふたとするベルタ。

 何かないかと、カバンの中身や詰所の机を探しているようだが、どれもがらくたばかり。


 確かに金も手に入らないし、火口を塞ぐなど危険すぎて、普通は受けるものじゃないだろう。


 しかし、こちらとしては最下層に行きたい。

 保全隊の魔物とも会ってみたいし。

 しかも、この王都の人々に危険が迫ってるなら、見捨てるわけにはいかないだろう。


 俺はルーンに顔を向ける。

 このベルタに付き合ってもいいかと許可を求めたのだ。


 ルーンは少し考えたが、頷いてくれた。


 詰め所をがらくたで散らかすベルタに、こう声を掛ける。


「……ベルタ。まずは、俺達を最下層まで案内してくれないか? 依頼を受けるかはそこで決めちゃダメかな?」

「え? それはつまり、見学という事ですね?! もちろん、検討して下さるのなら、案内します!」


 ベルタは嬉しいのか翼をばたばたとさせ、そう言った。


「では、早速、行きましょう! えっと……」


 外に出ようとするベルタだが、急に体が止まる。


 そんなベルタにルーンが訊ねた。


「まさか……行き方を忘れたとか?」

「い、いえ、そんなことは断じて! しょ、少々お待ちを!」


 ベルタは再び、詰所のあちこちを調べる。

 しかしいくら待っても、地図の類がでることはなかった。

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