七十五話 ラッパ手
地下都市の居住区を進む俺達。
道中、何度か断続的に悲鳴に似た音が響いた。
その度に住民は怯えていた。
ネールはその様子を不思議そうに呟く。
「……そんな怖いですかね、この音」
「怖いですよ! 本当になんなんでしょう、この不気味な音は……ひっ!」
マリナは再び鳴った悲鳴のような音に怯え、ネールに体を寄せた。
ネールはそんなマリナをよしよしと撫でる。
そこにルーンが呟いた。
「もしかしたら……彼らの血が覚えているのかもしれませんね」
血か……
荒唐無稽と言いたいが、確かにかつてこの音を聞いた人間も怯えていた。
ネールは首を傾げ、すぐに訊ねた。
「血が覚えている?」
「この音がどういう音であるか、彼らの先祖は知っているということですよ。これはかつて帝国で使われていた楽器の音……ルディス様の時代に作られた金管楽器です」
「つまり……どういうことです?」
ルーンは今の言葉でネールが理解すると思ったようだが、分かりづらかったようだ。
ため息を吐いて、こう続けた。
「この音が響くという事は、ルディス様が兵を率いて来たという意味です。そしてこれが響いた場所には、帝国の旗が翻る……分かるでしょう?」
「なるほど……つまり、逆立ちしても勝てないような人が来たってことですね」
「まあ、そういうことです」
ルーンが言うように、これは俺が考案した金管楽器だ。
人、魔物問わず、相手を恐れさせるような不気味な音を求め、こういう音になった。
もちろん、ただの楽器ではない。闇属性、聖属性……様々な属性の魔力を宿らせた楽器である。
各属性が融合した微小な魔力が、さらに不気味さを掻き立てるようにできている。
ルーンが不安そうに訊ねてきた。
「マスティマ騎士団の者がいるのでしょうか……」
俺は頷きながら答えた。
「あるいは、その楽器や伝統を受け継いだ者か……」
もしかすると、かつての従魔の可能性がある。
従魔で構成されたマスティマ騎士団。そのラッパ手を主に勤めていたのが、ゴブリンかガーゴイル。
ゴブリンは普通に考えれば亡くなっているはずだが、ガーゴイルは数百年を生きる可能性がある。
俺の従魔にもガーゴイルは六十体程いた。
これを鳴らしているのが、その内の一体である可能性は十分に考えられる。
そしてそれを裏付けるように、進行方向でゆっくりと進む魔力の反応を感じた。
反応は宙に浮いており、翼が生えているようだ。
俺は気を引き締める。
かつての従魔だった場合、俺が言わなきゃいけない言葉はただ一つだ。
ルーンもそれが分かっているのか、俺を心配そうに見つめる。
そんな中、俺達は反応の近くまで来た。
しかし、周りには人がおり、反応の正体は肉眼では捉えられない。
【透明化】の魔法を使っているか、またはその効果のある道具を持っているか。
どちらにしろ、楽器を鳴らしてはいるが、人々を傷つけようとは考えてないようだ。
話しかけるわけにもいかないので、俺は直接言葉をやり取りできる【思念】での接触を試みる。
(……そこの者、俺の言葉が分かるか?)
すると、魔力の反応がその場で止った。
どうやら、俺に振り返ったようだ。
(き、君は僕の声が……分かるのかい?)
反応が返ってきたとき、俺は少しホッとしてしまった。
というのも、俺の従魔に、自分を僕と呼ぶガーゴイルはいなかったからだ。
だが、彼の頭から返ってきたのは帝国語だ。
笛が帝国のものであることからも、帝国と何かしらの関係があるようだ。
(ああ。俺はルディス。この都市を探索してる人間なんだが……お前の名前は?)
(る、ルディス?! すると、お父さんたちが話していたあの賢帝ですか?! ……いや、さすがの賢帝でも、人間が生きてるわけないか)
俺はかつてその賢帝と呼ばれていたルディスなんだ……と明かすかは迷った。
彼の先輩は賢帝を知っているということは、やはり彼自体は俺の従魔ではないようだ。
色々と気になるが、まずは何故かつての帝国の笛を鳴らしているのか、【透明化】しているのかを聞かなければ。
しかし、ガーゴイルの方から、俺に言った。
(そんなことより、僕が分かるんですよね?)
(ああ、そうだ。【探知】でお前の魔力を探り当て、【思念】という魔法で話しかけている)
(ほ、本当ですか?! ああ、良かった!!)
(良かった?)
ガーゴイルは俺まで近寄り、思念でこう伝えた。
(お願いがあるんです! 僕達を助けてください!!)
魔物からの依頼であった。




